夜間は静かに
語彙力がないのは分かってる。そんな私を許してくれ。
「ほうほう、ここが君の部屋かね一真君や?」
「そうだよ。ったく、勝手に先に進みやがって……」
勝手に家に上がり込んだギギは、そのままズンズンと中に入っていった。そして今、一真の部屋まで進行していた。
「それにしても男子高校生にしては珍しいんじゃないかい?本棚の中が漫画とかより辞典の方が多いなんて」
「ほっとけ、そこは個人の自由だろ」
「そりゃそうか!!」
ハハハハ!!と夜なので音量を抑えながらギギは笑いを発する。流石に夜間に大声を上げられるのは困るので、自主的に調節してくれたのは助かった。
「なあ、質問いいか?」
「何かな青少年?」
「その言い方、何か腹立つからやめろ」
「はいはい、分かりましたよ~。といっても僕が本当のことを言うとは限らないけどね」
やれやれといった感じの手振りをしながら、ギギは部屋にあったベッドに腰を掛け、いい加減に返事を返す。
(たしかにその通りだ。ギギの正体を言い当てるゲームではあるが、当の本人には真実を語る義務など毛頭ない。しかし別にそれでも構わないのだ。質問をすることによって、それが後々響けば、それで十分だからだ)
「構わない。それじゃあ質問だ。お前の本来の性別はどっちだ?」
「中間で」
(……まともな回答が来ることはないと思っていたが、中間で来るとは)
「次の質問、友人はいるか?」
「いるよ。たくさんね。それはもう数えきれないくらいに」
(これは割とまともな回答が返ってきた。しかしこれが真実とは断定できない。だが、参考にするのはいいかもしれない)
「3つ目、友人では男女どちらが多い?」
(一男子としての見解だが、異性との友好関係で異性に偏るというのはあまりないものだろう)
「割と女子の方が多かったかな?でもままごととかはあまり好きじゃなかったなぁ」
(これが事実なら、女である可能性が高い。いや、後に付けられた言葉から男の可能性も考えられる)
「……あー、駄目だ。質問の仕方が上手くねえ。そもそも嘘かどうかの断定もできない時点で駄目な気がする」
「そもそも尋問が上手い高校生がいる方がおかしいと思うよ?」
笑みを浮かべながら指摘するギギ。そしてため息を漏らす一真。表現しようのない微妙な空間が、そこにはあった。
「さて、そろそろ風呂を借りるよ。僕は綺麗好きだからね。入らないと気が済まない」
「勝手にしろ。タオルは好きなの使っとけ」
「干す場所は?」
「はっ?使ったら洗濯機に放り込んどけばいいだろ?それで明日の朝に回しておく」
タオルの干し場所を聞いてくるギギに疑問の声を上げる一真。
「はっ!?使用後のバスタオルは雑菌が発生しやすいんだよ!?すぐに洗濯しないならとにかく干す!!これ一択!!異論は認めない!!」
使用後のタオルの扱いに声を荒げるギギ。これが、目の前でギギが感情的になった初めての瞬間だった。
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「さて、寝るか」
「いやいや、もう少し話ししない?夜はまだ長いよ?」
風呂上り、歯磨きも済ませ、早々に睡眠に入ろうとする一真に、ギギは話し足りないとばかりに話しかける。
「眠い。もう寝る」
「もうちょっと。もうちょっとだけ」
「もうちょっとっていっても、話すことなんか何もないだろ?」
「あるでしょ?中学時代の黒歴史とか、小学校時代の恥ずかしい思い出とか」
「寝る」
「本当待って。そうだ!今までで一番仲の良かった友達の話とか聞かせてよ。一人くらいいるでしょ、そういうの」
その言葉に、一真は反応を示した。ギギはそれに少々の期待をしつつ、言葉が発されるのを待つ。
「友達……か。それ位なら、いいか。昔、小学校の頃から親しかった奴がいた。辻悠矢っていって、気が弱いけど正義感は強い奴だった。悠矢は喧嘩がてんで弱くて、いつも喧嘩の強い奴に助けてもらってた。その喧嘩が強い奴の名前が僕と同じ読みで、それをきっかけに親しくなったんだ」
「なんか、面白そうな子だね。喧嘩が強い子も気になるけど、正義感が強い方が、僕的には好きだなぁ」
「確かに面白い奴だった。何もないところで転ぶことは珍しくなかったし、時折ボケをかましてくる。誰にでも優しくできるから、嫌われることはなかったけど、喧嘩が強い奴が近くにいたから、僕以外に近寄ってくる奴もいなかった」
「それは難儀だね……」
「あいつはそれでも構わなかったのさ。誰かに手を差し伸べられるなら」
「いい子だなぁ……。ねえ、今度紹介してよ。一度会ってみたいからさ、きっと楽しくなるよ!」
「……無理だな」
話を聞いて件の人物とのコンタクトを取ろうと、少し上機嫌になっているギギ。しかし、一真はどこか寂しさを含んだような声でそれを拒否する。だが、ギギはそれを意に介さず、言葉を続ける。
「どうして?もしかして番号を交換し忘れたとか?それとも、「この二人が絡んだら面倒そうだ」と思ってるとか?」
「死んだからだ」
その一言で、部屋中が静まり返る。盛り上がっていたギギも、沈黙するしかなかった。
「中学で3人共ばらけて、それを知ったのは冬だった。春からずっと、虐めを受けていたらしい。一言くらい、相談してくれてもよかったのにな。それを知ったもう一人が、そいつの中学に単身乗り込んで、主犯格全員を病院送りにしてた。そんなことをしても、悠矢はもう帰って来ないのは、あいつ自身分かってるんだろうけど」
「……ごめん。嫌な事を思い出させて」
辛いことを思い出させたと思い、ギギは素直に謝ろうとする。
「気にするな、僕的にはもう折り合いはつけたつもりだ。主犯のリーダーは帆走中の事故で死んだらしいし、恨みを晴らすとか、そんなことをするつもりもないしな」
「それでも、ごめん……」
再び謝るギギに、一真は何も言うことはなかった。
「お詫びと言っちゃなんだけど、1個だけ本当のことを答えてあげよう!!」
今の空気を払拭しようと、提案を打ち出すギギ。
「……」
しかし、いつの間にか一真は既に眠っていた。
「眠っちゃったか……。それならそれでいいか……」
そういって一真が眠っているのを確認し、ギギは静かに部屋を出る。そして別の部屋の扉を開け、その部屋の窓を開ける。
「さて……、それじゃ、いってきます」
ギギは窓の外の淵に掴まり、窓を閉めた後、その場から音を立てずに飛び去った。