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推理(2)

 「生態系というのは微妙なバランスによって成り立っています。相互依存の糸が網のように張り巡らされています。とすれば、トリという種族がいるかいないかは、当然、生態系全体に大きな違いをもたらします。ノーランさん、この違いが何か分かりますか?」


 「何も思い当たらないな。むしろ細かい違いがあり過ぎて、どれが鳥によってもたらされた生態系の変化なのか分からない」


 これは本音だった。


 ゆえに、シュピーが一体どういう経路を辿って事件の真相に近づこうとしているのかもよく分からない。


 もっとも、シュピーが言ったことを真に受けるとすれば、この進化論の話は単なる雑談で、事件の解決とは無関係ということになるのだが。



 「じゃあ、僕が代わりに答えてしまいます。その違いとは、カジツの有無です。ノーランさんの故郷ではリンゴとかミカンとか甘い食べ物があるんじゃないですか?自然のデザートとでもいえるものでしょうか」


 「ああ、よく知ってるな」


 「ちょっと待て」


 口を挟んだのはジョブだった。



 「ノーラン、君はなぜそのことを我々に黙っていた?君の住んでた惑星と我々の惑星とではめぼしい違いは何も無いと言っていたじゃないか」


 「別に隠してたわけじゃない。ただ、どの違いを取り立てて言うべきか分からなかっただけだ。どれが些細な違いでどれが大きな違いなのかを俺は判断できなかった」


 「そんな言い訳は通じないぞ。我々は君を信頼していたのに、君は我々を信頼していなかったということじゃないのか?」


 ジョブは椅子から立ち上がり、俺の方に歩み寄ってきた。応じて俺も立ち上がる。


 「ジョブ、落ち着いて。ノーランは、たった一人の異星人として、実験対象として、この建物に軟禁されてたのよ。ノーランの立場になれば、私たちを信頼できなかったとしてもしょうがないと思うの」


 カイリーが二人の間に割って入った。


 カイリーは常に冷静だ。先程からのシュピーの話も表情を変えることなく、ゆっくりと頷きながら聞いていた。


 「それにおそらくノーランさんはもっと大きな隠し事をしています。それを明らかにするために話を続けましょう」


 シュピーは更に冷静だった。 


 ジョブは蛇のような目で俺を睨んだまま、自分の席に戻った。俺は肩をすくめて、ジョブに対して敵意がないことを示そうとした。



 「カジツは植物のタネの一形態だと考えてください。甘くて美味しい植物のタネの一種です。カジツは動物に食べられることによって、タネを広い範囲へと拡散させる植物の種の繁栄のための工夫です。そして、カジツという方式において、植物のタネをもっとも広くまで分散してくれる動物がトリなのです。トリには翼があって、遠くまで飛んでいくことができますからね。しかし、我々の惑星にはトリがいない。だから、カジツという方式が流行らなかった。その代わりに、風の力でタネを飛ばすタンポポみたいな種が広く繁栄している。トリという最良の運び屋がいない我々の惑星では、カジツを作るタイプの植物が生存競争に負けてしまったのです」


 俺はシュピーの推論に舌を巻いた。


 俺はこの第二地球での鳥の不在と果実の不在を因果で結びつけることができなかった。にも関わらず、シュピーは俺たちの地球の書物をわずか二週間読んだだけで、そこで得た断片的な知識を結びつけて一枚の絵を描いたのである。彼の推論には十分な説得力があった。



 「で、カジツがないことは僕たち人類にも大きな影響を与えました。僕たちはカジツを食べる習慣がないことによって、ある能力を手に入れ損ねたのです。その能力とは……」


 俺は自分が崖っぷちにまで追い詰められていることにようやく気が付いた。


 シュピーは全部分かっている。この生物進化論についての話は単なる雑談ではない。


 俺を犯人として糾弾するまでのカウントダウンはとっくに始まっていたのだ。



 「僕たちが手に入れ損なった能力、それはイロを見分ける能力です」



 「イロ?イロって何?」


 カイリーが真顔で質問した。これは俺の住んでいた地球では滑稽過ぎる質問だが、この第二地球の人間からすれば大真面目な質問なのである。


 「僕たちの目は、光を感じることができます。そのため、明るいとか暗いということは認識できます。光と影の組み合わせによって目の前にある物体の存在を感じることができます。しかし、実は光には種類があります。波長の長さが違うんです。その波長の長さをイロ、といいます。ノーランさんの惑星の人間は、この波長の長さの違いを目で感じ取ることができるんです。僕たちからすれば一種類しかない光なのに、ノーランさんの惑星の人間から見れば光は何種類もあるんです。僕たちが見てるモノクロの世界とは違って、ノーランさんが見てる世界はイロで溢れているんです。ノーランさん、そうですよね?」


 俺は何も答えなかった。


 いや、答えられなかった。ここで首を縦に振ることは犯行を自供することに等しい。



 「答えてくれませんか。じゃあ、説明を続けますね。ノーランさんの惑星の人間は、カジツを食べるためにイロを認識する目を手に入れました。カジツは食べ頃になると色が変わるんです。カジツを食べる世界ならば、食べ頃のカジツを見分けられる人間の方がそうじゃない人間よりも生存に有利ですよね。だから、カジツのある惑星では、人間はイロを認識できるように進化した。他方、カジツのない惑星に住む僕らに果実のイロを認識する必要性はない。だから、僕たちの目はイロを認識できるようには進化をしなかった」



 人間が色を識別できないということは、人間社会に色が用いられないことを意味する。


 ゆえに第二地球の人々の洋服は、紋様や形状に凝っている反面、配色は生地の色そのままであり地味だった。髪を染めている者なども当然いない。都市の建物も素材の色が剥き出しだったし、看板もすべて白黒だった。



 俺は最初、第二地球の人間社会に色がない理由が分からなかったが、やがてこの地球の人間の目は俺らとは違うんじゃないかということに思い当たった。


 たしか、俺が住んでいた地球においても、たとえば犬や猫は人間と物の見え方が違う。色を識別する能力が人間よりも劣っていて、彼らの世界はモノクロに近い。


 おそらく第二地球の人間も、犬や猫のように色を識別する能力が劣っているのだろう、と俺は結論づけた。まさかその理由が果実の不存在と結び付けられるとは考えもしなかったのだが。


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