表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

推理(1)

 次にシュピーから連絡があったのは、二週間後だった。


 国際宇宙開発センターの内線でシュピーは俺を呼び出した。シュピーが会合場所に指定したのは、例の事件のあった会議スペースだった。



 少し嫌な予感がした。


 会議スペースのドアを開けた俺は、その嫌な予感が的中していたことに即座に気が付いた。


 正方形の窓一つ無い部屋の中央に設置された大きな長机には、事件当日同様に両長辺に椅子が三脚ずつ置かれており、その椅子にジョブ、カイリー、エマがバラバラに座っていた。



 「席は自由です。紅茶が給仕される予定はないので、あまり考えずに適当な場所に座ってください」


 シュピーはドアの向かい側の壁に寄りかかっていた。俺と目が合うと、ハンチング帽を手で押さえながら軽く会釈した。


 「まさか、関係者を集めて推理を披露するわけじゃないよな?」


 「それ以外に探偵が事件現場に関係者を集めるシチュエーションがありますか?」


 俺はわざとらしく大きな溜息をつくと、エマの隣の席に腰を掛けた。


 シュピーはこの事件の真相が分かったということなのだろうか。俺の犯行に気付いたということなのだろうか。


 ―ありえない。今から披露する推理も単なるハッタリに過ぎないはずだ。



 「皆さんお揃いということで、僕の推理を披露したいと思います。まず、何から話し始めましょうか……では、少し雑談から入りましょう」


 「ふざけるな。早く犯人が誰か教えろ」


 ジョブがシュピーを睨みつけた。ジョブは相当苛立っている様子だ。厳格な合理主義者である彼が、シュピーと馬が合わないことは自明だった。


 「まあ、そう焦らないでください。ジョブさんみたいな科学者にも興味を持ってもらえるような楽しい雑談です」


 シュピーの大人を弄ぶ態度は相変わらずだった。


 ジョブは机を両手でバンと叩いて抗議の意を示したが、席を立つことはなかった。少なくとも探偵としての手腕に関してはシュピーのことを信頼しているのかもしれない。



 「僕が皆さんにしたいのは生物の進化についてのお話です。皆さん、自然淘汰、という言葉はご存じですよね?生物の長い長い歴史の中で、激しい生存競争が行われ、生存に有利な個体が生き残り、そうでない個体は滅びていく。その過程の中で、生存に有利な特徴は次の世代に受け継がれ、不利な特長は退化してしまう。キリンを例に挙げましょう。大昔のキリンはみんな首が長かったわけではなかった。首が短いキリンと、首が中くらいの長さのキリンと、首が長いキリンがいて、それらが生存競争をしていた。その結果、首の長いキリンだけが生き残った。高い木にある葉っぱを食べられるという点で生存に有利ですからね。ゆえに今生き残っているキリンは長い首という特徴を有しているわけです。これが自然淘汰。生存に適した個体が生き残り、生存に適した能力が受け継がれる生物進化の大原則です。エマさん、分かりましたか?」


 「え?……あ、はい……」


 エマは突然話を振られて戸惑った、というよりも、自分が犯人として名指しされるのではないかという恐怖に侵され、心ここにあらずという様子だった。



 「では、話を続けます。自然淘汰という観点から見れば、生物の進化は必然のようにも思えます。今の生態系はなるべくしてなっている。長い時間の経過の中で無駄なものだけが削ぎ落とされた完全体である、とも思えてきます。しかし、必ずしもそうではない。生物の進化は偶然の影響も大きく受けている。本来死滅すべき種が偶然生き残ったり、本来生き残るべき種が偶然絶滅してしまうこともある。だから、仮に時間を大昔まで巻き戻しても進化の歴史をやり直せば、もしかしたら今とは違う生態系ができあがるかもしれない。哺乳類が絶滅していて、恐竜が生き残っている、というシナリオだって十分に考えられます。もちろん時間を巻き戻すことは今の科学技術ではできませんが、今の科学技術はこの別のシナリオを知る方法を提供しつつある。この方法が何か分かりますか?ジョブさん」


 「宇宙探索技術を使って、我々の惑星と環境の似通った別の惑星を調査すれば良い」


 ジョブの捲し立てるような早口は、早く本題に入れ、とシュピーに圧力を掛けているかのように思えた。


 「さすがジョブさん、正解です。海があって火山があって酸素があって四季もある惑星を見つけて、そこの生態系を観察すればいいんです。宇宙にはそれこそ天文学的な数の惑星があるわけですから、そのような条件の揃った惑星だって幾つもあるはずです。で、これらの惑星を調べたら、もしかしたら恐竜が絶滅していない惑星もあるかもしれない。ノーランさんの故郷はどうですか?恐竜は生き残っていましたか?」


 「いや、とっくに絶滅してる。ここと一緒だ」


 「そうですね。十メートルも二十メートルもある大型の恐竜は、火山活動や気温の急激な変動に耐えられなくなって絶滅しているでしょうね。その点はノーランさんの惑星も僕らの惑星も同じです。しかし、小型の恐竜は生き残っていませんか?少し形を変えて」


 「生き残っていない。トカゲを恐竜というならば話は別だがな」


 「翼竜は生き残っていませんか?小型の翼竜」


 なぜシュピーがそのことを知っている?このことは俺がこの地球に来てから誰にも話していない。


 「うーん、君がどの種を指しているのかよく分からないな……」


 俺はお茶を濁すことにした。


 「ノーランさん、とぼけても無駄ですよ。ノーランさんがこの惑星に持ち込んでくれた本で読みましたから」



 ―そうか。シュピーはこの二週間、俺が宇宙船に積み込んだ電子書籍を読み漁っていたのか。


 とすれば、シュピーはある程度俺の故郷の惑星のことが分かっている。


 とはいえ、二週間で知れる情報は限られているだろうし、翻訳装置も万全ではない。シュピーの知識は断片的なものだろう。


 シュピーが本当に事件の真相に気付いているのかどうかは、今までのシュピーの話を聞いている限りでは、まだ分からない。


 とりあえず、少し様子を見よう。


 「申し訳ないが、俺には君が何を言いたいのかが本当に分からない」


 「トリ、という生き物がいませんか」


 「ああ、鳥か。いるよ。たしかに言われてみればこの惑星では見かけないな。この惑星にはいないのか?」


 「はい。いません。僕たちの惑星では恐竜はトリも含めて絶滅しました。しかし、ノーランさんの惑星では、トリという恐竜の子孫が生き残っている。大抵のトリは小型で、人間を襲うこともない平和な生き物らしいですけどね」



 俺の故郷の惑星、「地球」には鳥という種が繁栄している。


 鳥は地球上の至る所に生息している。ジャングルや森だけでなく、人の居住域にも侵入している。家畜として飼われ、その肉は広く食に供されている。


 俺が今いる惑星、俺たちが地球で宇宙研究を進めていたときに、地球と瓜二つの環境を有していることから「第二地球」と呼んでいたこの惑星に、鳥がいないことに気付いたとき、俺は驚いた。


 空中の広大なスペースがどの生物にも支配されていなかった。鳥という種族の有無が、俺らの地球と「この地球」との最大の違いの一つであることは間違いない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ