事情聴取三日目
俺が外出先から部屋に戻ると、シュピーが仰向けでソファに寝そべっていた。
「おい。そこで何してるんだ?」
「もちろんノーランさんの帰りを待っていたんですよ」
シュピーは起き上がると、ソファの背もたれ部分に首を掛け、入口で突っ立っていた俺を見上げた。
「どれくらいここで待ってたんだ?」
「三十分くらいですかね。でも、全然退屈じゃなかったですよ。その間、部屋の捜索をさせてもらいましたから」
「ちょっと待て。そんなこと許可してないぞ」
「許可は所長さんからもらいました」
「いやいや、どう考えてもプライバシーの直接の侵害主体である俺の許可を得る必要があるだろ」
「だって、ノーランさんに許可もらおうとしても、きっと許可してくれないですよね?」
「それはつまり、君は俺の部屋の捜索をしてはいけないという意味だ」
シュピーは苛立つ俺の姿を見て楽しんでいるようだった。
「まあ、それはさておき、捜索の結果、重大な証拠を見つけてしまいました」
俺は焦った。
俺も今回の殺人事件の容疑者の一人である以上、抜き打ちで部屋が捜索されることは想定済みだった。ゆえに犯行と結びつきそうなものはこの部屋には一切置いていないはずだ。何か見落としがあったということか。
「事件に使われたものと同じ毒薬、chdX1が見つかりました」
「は?そんなのあるはずないだろ」
毒薬は既に全て処分してある。俺の部屋に残っているはずがない。
「うーん、カマをかけてみたんですが、やはりダメですか……」
シュピーはうなだれて、今度はソファにうつ伏せになった。
「もしかして、部屋を捜索したというのも嘘か?」
「はい。本当は激昴するノーランさんを見たかったのですが、ノーランさんは相変わらず冷静で、少し拍子抜けでした」
「性格悪いな。だから友達が一人もいないんだよ」
「小学校の先生は、個性的な性格だ、と褒めてくれたんですけどね。というか、なんで僕に友達が一人もいないことを知ってるんですか?」
「カマかけたんだよ。まさか図星だったとはな」
「これは一本取られましたね。ノーランさんには敵いません」
シュピーはソファに正しく座ると、俺に目の前の椅子に座るように催促した。
これでは主人と客人の立場が逆ではないか。俺は苛立ちつつも、シュピーの指示に従った。
「で、三日連続で俺を訪ねてきて、何か話でもあるのか?」
「もちろんありますよ。単にこのフカフカのソファが気に入って通いつめているわけじゃありません」
「じゃあ、早く本題に入ってくれ。今日はこれからまたすぐに外出しなきゃならないんだ」
「あ、だから今日は少しイライラしてるんですね。僕のことを嫌いになったのかと勘違いすることでした」
「君が嫌いだ、と昨日告げたはずだが。というか、こういう無駄話をやめてくれないか」
「あ、それは失礼しました」
シュピーは軽く舌を出した。俺はすかさず舌打ちで返した。
「さて、本日ノーランさんに伺いたいのは、宇宙人と人間との違いについてです」
「それが事件と関係あるのか?」
「あるかもしれません。たとえば、宇宙人は念じれば人を殺せる、ということが判明すれば、事件の解決に一歩前進するかもしれません」
「仮にその能力が俺にあったら、君はとっくに亡き者になってるだろうな。俺は今日君に会った瞬間から君が死ぬことを念じている」
「さっき僕がこの部屋に入っていくところを所員の人が目撃してましたから、死因が不明だとしても、きっとノーランさんが疑われますよ」
「とにかく、俺は普通の人間と何ら変わりがないんだ。君らと同じように風邪を引けば、君らと同じ風邪薬を飲んで風邪を治すこともできる」
「たしかに、見た目は普通の人間ですもんね。でも、超能力は措いておくとしても、何かの能力が秀でているということはありませんか?たとえば、犬並みの嗅覚があるとか?」
「いや、嗅覚は普通だ。むしろ鼻炎持ちだから、一般人よりも弱ってるかもしれない」
「じゃあ、視力はどうですか?」
「普通だ。身体能力についてはこのセンターで幾度となく検査を受けさせられた。検査結果を見たいか?おそらく保管してあるぞ」
「それは興味ありますね。あとで所長さんに掛け合ってみます」
センターに保管してある検査結果を見たところで、俺が持ってる特殊能力については分からない。俺の特殊能力については検査項目がないのだから。
「あと、はじめてノーランさんと会ったときから気になっていたのですが、ノーランさんの惑星と僕たちの惑星とでは言語も同じなのですか?」
「もちろん違う。この惑星の内部でだって、住む地域や国によって言語は全く違うだろ」
「ですよね。あまりにノーランさんが流暢に話すので、使用言語まで同じなのかと訝しんでしまいました」
「ここの言語を覚えるのに相当苦労したよ。今のレベルまで話せるようになるのに六年くらいは掛かったかな」
「すごいですね。ノーランさんは二つの惑星の言語を操るバイリンガルということですね」
「まあな。残念ながら俺以外に元の惑星の言語を使う人間がいないから、同時通訳として活躍する場はないのだが」
「同時通訳としては活躍できなくても、翻訳家としての舞台はあるんじゃないんですか?ノーランさんが宇宙船に乗ってこの惑星に来たとき、大量の書物を元の惑星から持ってきたんですよね?」
シュピーがこのことを質問してくるとは思ってもみなかった。このことについてはできれば話したくはない。
しかし、俺が話さなくても、シュピーが国際宇宙開発センターの別の人間に訊けば、彼らはきっと話すだろう。だとすれば、俺がここで嘘をついてごまかすのは得策ではない。
「ああ。書物、というよりも電子書籍だな。俺の惑星の様々な分野の本のデータが何億冊分も入ってる」
「どうしてそんなものをこの惑星に持ってきたんですか?」
「俺が勉強するためだ。先人の知恵から、未知の惑星の未知なるものと出会ったときの対処法を学ぼうと思った。たかがタブレット端末一台だから大した荷物にもならないしな」
「立派ですね。僕、その異惑星の本を読んでみたいんですが、ノーランさん、翻訳してくれませんか?」
「もう既に全ての本が翻訳されてるよ。自動翻訳装置を使ってな。俺がこの惑星でした一番の仕事がその自動翻訳装置の作成への関与だ。完成したのはつい二ヶ月前だが」
シュピーの目が輝いた。彼の知的好奇心を満たしてくれるものは、彼にとって最高のデザートなのかもしれない。
「おお、それは便利ですね。ノーランさんの故郷についての研究が急速で進むでしょうね。僕も翻訳された本のデータを手に入れることは可能でしょうか?」
「さあ。所長さんに訊いてみたらどうか」
「はい。訊いてみます」
シュピーはソファから立ち上がり、踵を返した。このまま所長さんに会いに行くつもりだろうか。
「あ、最後に一つ、言わなきゃいけないことがあるのを忘れていました」
シュピーは首を捻り、顔だけこちらに向けた。
「何だ?」
「ノーランさん、僕に一つ隠していたことがありますよね?」
「え?何のことだ?」
「事件当日の席順です。ノーランさんは僕に言いました。片方の側の奥から、ジョブさん、ゾーイさん、ノーランさん。逆側が奥から、ローガさん、カイリーさん、マシューさんの順で座っていたと」
「ああ、その通りだ。ジョブやカイリーも同じように言っていなかったか?」
「はい。三人が苦しみだしたときの席順はこれで間違いないみたいです。しかし、紅茶がエマさんから配膳されたときの席順は違う、とカイリーさんが教えてくれました」
「ん?そうだったかな?」
「はい。紅茶が出されたときには、ノーランさんとマシューさんの席が逆だったと。しかし、ノーランさんが、ゾーイさんと隣で話したいことがある、と言って、正面にいたマシューさんと席を交換してもらっていた、とカイリーさんは話していました」
「ああ、そんなことがあったな。完全に失念していた。で、それが何か事件と関係があるのか?」
「その席替えによって、ノーランさんは命拾いをしたわけですよね。その席替えをする前にノーランさんの目の前にあったのは毒入りの紅茶だったわけですから。逆にマシューさんは運の悪いことに、席替えをしたことによって毒に苦しめられた」
「単なる偶然だ。マシューにとってはとんでもない不幸だったがな」
「はい。僕も単なる偶然だと思っています。どの紅茶が毒入りかは口を付けるまでは分からなかったわけですから」
では、また会いましょう、と言って、シュピーは小走りで部屋を出て行った。