事情聴取二日目(2)
「まず、推理その一。ティーバッグはダミーだという説。この説によれば、犯人は、実は紅茶に直接毒を入れた。もちろん、ゾーイさん、ローガさん、マシューさんのティーカップを選んで。その上で、毒の混入経路をごまかすために、事後的に給仕室に忍び込み、使用済みのティーバッグの内の三つに毒を注入した。では、賢いノーランさん、この説を論駁してみて下さい」
「犯人が三人のティーカップに毒を入れる隙なんてなかったはずだ。六人とも紅茶が運ばれてきてから、三人が苦しみ出すまで一度も席を立っていない。犯人以外の五人の面前、一人のティーカップに毒を紛れ込ませるのすら困難だっただろうに、三人のティーカップに毒を紛れ込ませるのなんて非現実的だ」
「さすがノーランさん。模範解答です。一つ付け加えると、紅茶が出されてから三人が苦しむまでの間、ゾーイさんの方にフラフラ、ローガさんの方にフラフラ、マシューさんの方にフラフラ、と近付いていった人がいた、という証言は誰からも出ていません」
「ああ、そんな奴はいなかったな」
自分で欠陥だらけの推理だと分かっていながら、なぜ披露したのだ?
シュピーは論理的なようで、全く論理的じゃない。彼の言動の全てに何らかの思惑があるはずだ、と訝しむのはもうやめよう。キリがない。
「次に推理その二。ティーバッグどころかティーカップまでがダミーだという説。犯人はティーバッグでもティーカップでもない別の何かに毒を仕込んでいた。たとえばサンドイッチ。たとえばコンビーフのサンドイッチなんてどうでしょう。犯人はゾーイさんとローガさんとマシューさんがコンビーフに目がないことを知っていた。だからコンビーフのサンドイッチに毒を混入させれば、ゾーイさんとローガさんとマシューさんが首尾よく死んでくれる。サンドイッチは一口サイズで全て三人の胃の中に消えてしまうので、証拠が残らない。では、反論をどうぞ」
「まず、三人がコンビーフに目がないなんていう話は聞いたことがないな。仮に三人がコンビーフ好きだとしても、三人が毒の潜伏期間である七分から八分の間にコンビーフのサンドイッチを完食するとは限らない。ゾーイは好きなものから最初に食べるタイプで、マシューは好きなものを最後まで取っておくタイプかも知れない。それに、三人が苦しみ出してから、異常事態を聞きつけた他の所員も多く会議スペースにやってきたんだ。そんな大勢の監視の目がある中で三人のティーカップに毒を入れるなんて不可能だ」
「ご名答。ノーランさんが僕の同業者じゃなくて良かったです」
「そうだな。あと人生を十回やり直せるとしても、探偵になることはないだろうな」
「僕のこと嫌いですか?」
「嫌いだ」
「え?そんな……。僕はノーランさんのこと好きなんですけどね……」
シュピーは悲しそうな目でこちらを見つめている。前言撤回を求めているのであろうか。
「で、推理はそれだけか?」
俺はわざと冷たいトーンで吐き捨てた。
「いいえ。とっておきの推理がまだ一つ残ってます」
シュピーの表情が急に明るくなった。この推理に余程の自信があるのだろうか。
「推理その三。犯人はエマさんでもなければ、その日会議室にいた誰かでもないという説。部外者説、とでも名付けましょうか。犯人は、給仕室に忍び込んでティーバッグに毒を仕込んだ。狙いは、エマさんを利用して会議スペースにいる六人の内の三人を誰でもいいから殺すため」
「ちょっと待て。誰でも良いから殺すっていうのはどういうことだ?テロか?愉快犯か?」
「そうかもしれません。でも、もしかしたらこういう動機が考えられるかもしれません。犯人は、ノーランさんを被験者とした実験を中止したかった。そのために実験の関係者を殺そうと考えたが、仮に一人を殺したところで実験プロジェクトが頓挫するとも限らない。もしかしたら、死んだメンバーを一人替えて、実験は予定通り行われるかもしれない。そこで、犯人は実験の関係者の内の半数を殺そうとした。半数が死ねば、さすがに実験は中止とせざるを得ないだろう。犯人はそう考えた。その半数は誰でも良かった。ノーランさん、この説にも何か異議はありますか?」
「そうだな。部外者が犯人という考えは決して悪くないが、動機が不明過ぎる。仮に君が言うように実験を阻止することが動機だとすれば、何も三人殺す必要はない。俺一人を殺せば、宇宙人は俺一人しかいないんだから、実験は確実に止まる。それに、あんなしょうもない人体実験をやめさせたところで何のメリットがあるんだ?」
「やはり、この説もダメですか……」
シュピーは下を向いた。
考えてみると、この説を論駁する必要性は俺にはなかった。この説は、俺が犯人であるという結論からは程遠い。
それでも、俺はシュピーの論理の欠陥を突くことに躍起になってしまった。自分よりも一回り以上歳の離れている青年にムキになるなんて大人げない。
「でも、ノーランさん、動機が不明確、と言いましたけど、仮にエマさんが犯人だとしても動機は不明確なんですよ。ゾーイさん、ローガさん、マシューさんとエマさんとの関係をいくら調べても、人殺しの動機となるようなものは何一つ見つからないんです」
「家政婦として普段こき使われた、とか、そんなんじゃないのか?」
「そんな事実も確認できません。しかも、ローガさんはさておき、ゾーイさんもマシューさんも普段は病院に勤務していますので、この宇宙センターの雑務を担当しているエマさんとはほとんど接点がないはずなんですよ」
「探せば何かあるんじゃないか?」
「ですかね……。あ、実を言うと、動機という面でいうと、誰一人として三人を一気に殺めてしまいたいというような動機を持ってる者はいないんですよ。もちろん、ノーランさんだって。ノーランさんだって三人が死んだところで何も良いことないですよね」
「ああ、何も無い。ただただ悲しいだけだ」
本当は俺には明確な動機がある。
しかし、これは絶対にバレない。バレるはずがない。
シュピーが何時間考えようが何万時間考えようが、俺の動機には辿り着けないのである。高笑いが出るところをグッとこらえる。
「うーん、このままだと事件は迷宮入りしてしまいそうです」
「名探偵の名が廃るな」
「僕は名探偵、なんて名乗ったことありません。それに、事件は迷宮入りしかけてからが勝負です。まあ、また近い内に来ますから、またそのときは僕と楽しくお話しましょう」
シュピーは膝丈よりも長いコートを靡かせてソファから立ち上がった。