事情聴取二日目(1)
次の日もまた俺は探偵を部屋に通した。
「二日連続で押しかけるのは気が引けますね。申し訳ありません」
そう言いつつも、シュピーは俺がまだ勧めていないにも関わらず、ソファの真ん中にドンと腰掛けた。
「帽子は一張羅じゃなかったのか?」
「え?この帽子ですか?昨日と同じやつですよ」
シュピーはハンチング帽のつばを、まるで子猫でも撫でるかのように優しく触った。
「どこか違って見えました?」
「いや、柄のチェックの間隔が少し違って見えた気がしたんだが……」
「そんなことないはずですよ」
「そうか。俺の見間違いみたいだ。忘れてくれ。そういえば、昨日は飲み物も何も出さなくて済まなかったな。何か飲みたいものはあるか?」
「紅茶以外で。毒が入ってたら困りますから」
「ん?俺のことを犯人だと疑ってるのか?」
「いいえ。疑ってませんよ。まあ、しかし、疑ってないのに疑ってみるのも探偵の仕事です」
「じゃあ、紅茶でいいか?」
「いじわるですね。ただの水を下さい」
俺は透明なグラスに水を汲んだ。
いっそのことこの生意気な青年に毒を盛ってやりたいところだったが、生憎この部屋には毒はない。
「昨日は僕がノーランさんから話を聞いてばかりだったので、今日は僕がノーランさんにお話をしようと思います」
「何の話だ?まさか自分の今までの探偵としての功績を自慢しにでも来たか?」
「知りたいですか?」
「いや、興味はない」
「なら良かったです。探偵には守秘義務があるので、仮に土下座をして懇願されても話せないところでした」
「じゃあ、何の話をするんだ?」
「もちろん、今回の毒殺事件の話です。現時点で僕が知っている情報をノーランさんと共有したいと思います。その上でノーランさんにいくつか確認したいことがありますので」
「なるほど」
「じゃあ、始めますね。まず、使われた毒の種類からいきましょう。僕の知り合いに鑑識のスペシャリストがいまして、彼が調べてくれました。今回使用された毒は、chdX1という種類の毒です」
「なんかのパスワードみたいな名前だな」
「この毒、殺人に使うにはなかなかの優れものなんですよ」
「どうしてだ?」
「殺傷能力が高く、一滴で鯨を五頭殺せます。にもかかわらず、無味無臭。見た目も透明です」
「それは怖いな」
「さらに今回の犯人は、この毒薬のもう一つの特性である遅効性にも目を付けたはずです。この毒は体内に入れてすぐには効果が表れず、七、八分経ってからようやく人を苦しめ始めます。紅茶を飲むタイミングはみんなバラバラですから。紅茶を飲んだ途端に苦しみ出すような毒を使ってしまえば、最初に毒紅茶を口にした一人だけしか殺せないかもしれません。その段階で他の人が異常に気付いてしまいますから。犯人的には、全員が紅茶に口をつけるまで、毒に暴れて欲しくはなかったでしょう」
シュピーの言う通りだった。俺はわざわざ遅効性の毒をネットで探した。
しかし、シュピーはこの毒のもっとも大切な特性を見落としている。
「で、次にそのchdX1ですが、被害者である三人が口を付けたティーカップの紅茶の中以外からも見つかりました」
「どこだ?まさか、それ以外の三人の紅茶の中からも見つかったとかか?」
「それはないです。だとしたら、生き残ったノーランさんやジョブさんやカイリーさんは鯨よりもタフなことになってしまう。毒の入った紅茶は被害者三人のものだけでした。その代わり、今回新たに毒が見つかったのは、ティーバッグの中でした」
「ティーバッグ?」
「ティーバッグは給仕室にあったものです。このティーバッグを使って紅茶を入れたことをエマさんは証言しています。あの日、紅茶は六杯出されたわけですから、ティーバッグは六つ使われたことになります。その使用済みのティーバッグの内、三つからchdX1が発見されました」
「それは何を意味するんだ?」
「毒は元々ティーバッグに仕掛けてあったと考えるのが自然でしょう。毒入りのティーバッグを使って紅茶を入れたから、毒紅茶が出来上がったということです。となると、犯人は、予め給仕室に忍び込んでティーバッグに毒を仕込んだ。何も知らないエマさんは、それを使って紅茶を淹れてしまい、毒入り紅茶が完成してしまった、というストーリーが成り立ちます」
「ちょっと待て。それは論理が飛躍してる。エマ自身がティーバッグに毒を入れた可能性だって考えられるし、エマがティーバッグを入れたままの紅茶に毒を混入させ、そのときにティーバッグに毒が付着したことだって考えられるじゃないか?」
「さすが、ノーランさん、鋭いですね。僕も、ティーバッグから毒が見つかったという事実だけでエマさんを犯人候補から除外するつもりはありません。むしろ、未だにエマさんが最有力犯人候補です」
俺が今回の犯行で心残りがあるとすれば、それはエマに濡れ衣を着せることだった。彼女は何も悪くない。俺の日常の世話も本当に良くしてくれた。
しかし、今回の犯行計画を遂行するためにはこうするしかなかった。エマを犠牲にするしかなかった。
「もっとも、ティーバッグから毒が見つかったことによって、毒を仕掛けることができた機会があった、という点では各候補が横並びになりました。給仕室には鍵が掛かっていないから、誰でも忍び込める。しかも、事件の日、給仕室にあったティーバッグは、エマさんが使った六つだけでした。誰かがエマさんが毒入りのティーバッグを使わざるを得ないように、ティーバッグの個数をコントロールしたように思えます」
「その不名誉な選挙に誰が立候補しているのか知らないが、少なくとも、あの会議室にいた六人ではないよな?六人全員が等しく二分の一の確率で命を落とす危険があったんだからな。仮にエマが毒紅茶に気付かないまま適当に配膳したんだとしたら」
「新手の心中かもしれませんよ」
「心中だったらティーバッグ全部に毒を入れるべきだろ。なんでそんなギャンブルみたいなことをしなければならないんだ?」
「ごもっともです。ということで、エマさんが犯人じゃない、という仮定の下、いくつかの推理を考えてみました」
「は?」
自然に考えて、もはや犯人はエマしかいないはずだ。
なのに、シュピーはなぜかエマを是が非でも犯人から除外しようとしている。
もしかして、俺の犯行に気付いているのか?
そういえば、グラスの水には一切口が付けられていない。
シュピーは何を根拠に俺を疑っているんだ?それとも、関係者全員に対してこのような態度を執るのか?