事情聴取一日目(3)
「じゃあ、質問の対象を紅茶の方に移します。今回の事件のメインディッシュはサンドイッチじゃなくて紅茶なのです。紅茶はどのようにして出されたのですか?」
「エマが既に紅茶の注がれたティーカップをお盆に載せて持ってきた。そして、六人の前に置いていった」
「エマとは誰でしょうか?」
「この国際宇宙センターの家政婦みたいなものだな。所員や俺の洋服を洗濯したり、部屋の掃除をしたり、雑務一般を担当してた」
「エマさんは、紅茶を奥の席から置いていきましたか?それとも手前の席から?」
「そんなの覚えてない」
「あ、さすがのノーランさんでも覚えてないんですか。さっきから僕の質問に全て明瞭に答えて下さっていたので、何でも覚えているのかと思っていました」
「悪いな。君ほどの記憶力はない」
「僕は人が話してくれたことは全部覚えてますが、自分で直接見たことはあまり覚えてないんですよ。頭の作りが偏ってまして」
たしかにシュピーは特殊な脳の持ち主なのかもしれない。
先ほどから落ち着きが全くない。長い髪をクシャクシャと手で握っては離すという動作を繰り返しているし、未だにソファ土台部分に脚をバンバンぶつけている。
生まれつき脳の構造が常人と違うがために常識から外れたり、風変わりな振る舞いを見せたりするものの、ある一定の分野には絶大な能力を発揮する人種、いわゆるギフテッドなのかもしれない。
とすれば、シュピーが才能を発揮する分野、それは推理なのだろう。彼が彼の言う通りの優秀な探偵なのだとすれば。
「では、質問を変えます。エマさんが紅茶を運んできたタイミングを教えてください。サンドイッチを食べる前ですか?それとも後ですか?」
「サンドイッチを食べる前だ」
「いただきます、を言う前ということですか。エマさんが紅茶を運んでくるまでサンドイッチを食べずに待っていたんですか?」
「いや、そんなことはない。ただ、なんとなく六人で無駄話をしていただけだ。サンドイッチを食べるのを忘れて夢中になって話していた」
「どんな話をしてたんですか?」
「無駄話だ」
「どんな無駄話ですか?」
「そんなの事件と関係ないだろ」
「はい。関係ありません」
「それでも訊きたいのか?」
「いや、別に」
「じゃあ、別の質問をしてくれ」
「あれ、もしかして僕の扱いに慣れてきました?」
シュピーは悲しそうな顔をした。俺はそれを無視して繰り返した。
「別の質問をしてくれ」
「はい。では、ノーランさんが紅茶を口にしたタイミングを教えて下さい」
「全員の前に紅茶が配られてからしばらくして、ジョブが、そろそろサンドイッチを食べないか、と声を掛けた。それを受けて、みんながサンドイッチを摘み始めた。最初のサンドイッチを食べたとき、喉に詰まりそうになったから、俺は自分の目の前にあった紅茶を一口飲んだ」
「他の五人も似たようなタイミングでしょうか?」
「それは分からない。だが、おそらく同じようなタイミングだろうな」
「紅茶の味はどうでしたか?」
「いつも通りだった」
「匂いは?」
「いつも通りだった」
「見た目は?」
「いつも通りだった」
「他の人はどうでしたか。紅茶の見た目や味について何か言ってませんでしたか?」
「特に何も言ってなかった。三人が苦しみ出すまでは、誰も異変に気付かなかった」
「なるほど。では、申し訳ありませんが、惨劇の場面について深く掘り下げさせてもらいます。三人が苦しみだしたのはいつくらいでしたか」
「俺が紅茶に口を付けてからしばらく経っていたはずだ。多分十分くらい経っていた。まず、ゾーイが苦しみだした。それからすぐにローガも苦しみだした。マシューが苦しみだしたもそのすぐ後だったと思う」
「そのとき、ノーランさんはどうしていましたか?彼ら三人を助けようとしましたか?」
「いや、恥ずかしながら、俺は何もできなかった。その場でただ座って目の前の信じられないような光景を眺めていたよ。ジョブもカイリーもすぐに三人に駆け寄り、三人に必死で声を掛けていたのにな。俺は他人を心配して動く心の余裕がなかった。三人と同じ苦しみがいつ自分に襲ってくるんじゃないかと怖くて、その場から動けなかった」
これは大嘘だ。
椅子に座ったまま動かなかったのは本当だったが、それは自分にも毒が回るかもしれないという恐怖心ゆえではない。
俺は俺の紅茶には毒が入っていないことが分かっていた。
だから、俺が椅子から動かなかったのは、三人が地獄の苦しみの中で息絶えていくのを高みの見物をするためだった。
「そうですよね。僕も同じ立場だったらその場から動けません。もしかしたら、ショックで気絶しちゃうかもしれません」
シュピーは自らの首を手で抑えていた。被害者の苦しみに共感しているということだろうか。
「事件について俺が知っていることは以上だ」
「ご協力ありがとうございました」
シュピーはソファから立ち上がると、俺にお辞儀をした。
やはり帽子は外さない。ハンチング帽は探偵の体の一部だということだろうか。
「ところで、俺を犯人と疑ってるのか?」
「疑ってませんよ。今のところダントツで怪しいのはエマさんです」
シュピーは自分の心証をあっけなく開示した。
普通、探偵というのは、自己の推理の過程を最後の披露の場まで隠し通すのではないのか。
「なんでエマが怪しいと思うんだ」
「だって、エマさんしか殺す相手を選べないじゃないですか。六人に紅茶を配膳したのはエマさんですから。六つの紅茶の内、毒入りの三つの紅茶を誰に配るのかを決められたのはエマさんだけです」
「たしかにそれもそうだな」
「しかし、犯人がとてつもなく狂っていて、六人の内誰でも良いから三人殺してしまおう、としたのだとすれば話は別です」
「それはイカれてるな」
「さらに、犯人があの日会議スペースにいた六人の内の誰かだと仮定すると、犯人はさらにクレイジーです。自分を含めた誰か三人が死ねば良い、と考えてるわけですからね。さしずめロシアンルーレット殺人といったところでしょうか。犯人は余程スリルに飢えていたのでしょう」
「そんなことありえるのか?」
「ありえないと思います。ということで、犯人大本命はエマさんです」
「エマがそんなことをするようには見えないんだけどな……」
「僕も同感です。エマさんと話した感じ、僕はエマさんが犯人ではないと確信しました」
「は?さっき自分が言ったことと矛盾してないか?」
「僕は競馬では穴にしか賭けないんですよ」
シュピーはニヤリと笑った。