事情聴取一日目(2)
「じゃあ、そろそろ僕の仕事を始めても良いですか?」
「事件の関係者の事情聴取か?」
「まあ、そういったところです」
「メモを取ったり、録音したりするのか?どちらも所長に特別の許可を取る必要があると思うが」
「そんなことしませんよ。僕は一度聞いた話は忘れませんから」
シュピーは自分の頭脳に余程自信があるらしい。若さゆえの過信でなければ良いが。
「ではでは、事件があった日のノーランさんの行動について教えてください」
「朝起きて、顔を洗って、歯を磨いて、とか逐一全部話すのか?」
「それは宇宙人の生態を知る上では興味深いですが、そこまで話してもらわなくて大丈夫です。事件に関係がある、とノーランさんが思うことだけを話してください」
「分かった。じゃあ、夕食の場面から話すぜ。その日はこの上の階にある会議スペースで夕食を摂った」
「普段からその会議スペースでご飯を食べるんですか?」
「いや、そんなことは滅多にない。いつもは地下の食堂で食べるか、この俺の部屋で外で買ってきたものを食べることが多い」
「じゃあ、なんでその日は会議スペースだったんですか?」
「ちょっと待て。君が事情聴取をする関係者は俺が最初か?」
「いいえ。もうジョブさんにもカイリーさんにもエマさんにも話を聞きました」
「じゃあ、夕食が会議室で開かれた経緯を俺から聞く必要はないんじゃないか?別の誰かがとっくに話してるだろ?」
「もしかしたら当事者間で認識に食い違いがあるかもしれないですし、記憶喚起のためにも一から全部訊きたいんです。ご理解いただけるでしょうか?」
シュピーは平手を合わせて上目遣いでこちらを覗き込んだ。
「まあ、大して長い話にならないだろうから構わない。たしか質問はなぜ会議スペースを使ったかだったな?」
「はい。そうです。お願いします」
「その日の夕食は新たな実験についての打ち合わせも兼ねていたんだ」
「実験?どういう実験ですか?」
実験の中身についてもシュピーは既に誰かから聞いているはずである。
それなのにシュピーの反応は新鮮だった。目をキラキラと輝かせていた。演技上手と褒めておこうか。
「俺の身体を使った人体実験だ。君らが使っている薬が宇宙人の俺にも同じように効くのかを確かめるのが目的だ」
「薬というと、風邪薬とか頭痛薬とかそういうやつですか?」
「少し違うな。風邪薬や頭痛薬の効果を知るためには、前提として、俺が風邪を引いたり頭に痛みを感じていたりしなければならないだろう?その状態を人為的に作り出すような実験はさすがに俺が拒む」
「ですよね」
「だから、実験で俺に投与される薬は、血圧を下げる薬とか心拍数を少しあげる薬とかそんなところだ」
「なるほど。実験はどれくらいの期間を行われる予定だったんですか?」
「たしか一週間くらい掛かると聞いたな。少しずつ薬を投与して、その結果をフィードバックして、さらにまた少しずつ薬を投与するという形だから、俺の健康面を考えるとそれくらいの期間を見る必要があるそうだ」
「なるほど。あ、これは事件に関係ない質問なんですが、興味が湧いたので良いですか?」
「構わない」
「ノーランさんって風邪を引くんですか?」
「ああ、引くよ」
「そのときはどうするんですか?薬は一切飲まない?」
「普通に飲むよ」
「効くんですか?」
「普通に効く」
「それじゃあ、ノーランさんも我々人間と変わらないんですね」
「見ての通りだ」
「じゃあ、なんでそんな実験するんでしょうか?」
「さあ、科学者たちは細かいところが気になるんだろ。その辺は俺じゃなくてジョブかカイリーに訊いてくれ」
「もう訊きました」
「じゃあ、なんで俺に改めて訊く?」
「先ほど話した通りです。当事者間の認識の違いを確かめると同時に記憶喚起をさせるためです」
本当にそういう目的なのだろうか。
シュピーの無邪気な様子を見ていると、単に他人をからかって遊んでいるだけなのではないのかとも思えてくる。
「で、実験の打ち合わせ込みの会食だったからある程度広さがあり、かつ、部外者から盗み聞きをされる心配もない会議室で行ったと。そんな感じで合ってますか?」
「ああ、そういうことだ」
「その日、会議室にいた人数を教えてください」
「会食に参加していたのは俺含めて六人だ」
「その六人のお名前は?」
「ジョブ、カイリー、ゾーイ、ローガ、マシュー、そして俺だ」
その内の半数が既にこの世を去っている。
「六人の関係は?」
「俺以外の五人は今回の実験を企画、実行する人間だ。ジョブとローガが実験の動機となる基礎理論を提供する科学者、カイリーとマシューはその理論に従って薬を調合する薬剤師、ゾーイは調合された薬を投与する看護婦といった役割分担だったはずだ」
「で、ノーランさんは被験者ですね」
「まあな」
「会食は楽しかったですか?」
「楽しむも何もない。食べ物に手を付けるか付けないかの内に事件が起きたからな」
「あ、そうでしたか。それは失礼しました。では、事件について詳しく教えてください」
ビッショリ手汗をかいているのが分かる。
事件の話は慎重にしなければならない。ここで下らないことを言って、シュピーに尻尾を掴ませるようなことがあってはならない。
「何から話せばいい?」
「じゃあ、まずは六人の座った位置について教えてください」
「了解。大きな長方形の机を挟むようにして三対三に分かれて座った。片方の側の奥から、ジョブ、ゾーイ、俺。逆側が奥から、ローガ、カイリー、マシューだ」
「つまり、ノーランさんは一番入口側の席に座り、隣にゾーイさん、正面にマシューさんがいたということですね」
「ああ、そういうことだ」
「席は予め決まってたんですか?」
「いや、ランダムだ。来た順に奥に詰めて座っていた。俺は五番目に来たから、空いていた入口側の席に座った。そして、最後に来たマシューが俺の正面に座った」
「なるほど。料理は何だったんですか?」
「サンドイッチだ」
「サンドイッチはどのように出されたんですか?」
「長机の中央にあった大皿に一口サイズのサンドイッチがいくつも置いてあった、それを各自が好きな分だけ摘むという形式だ」
「サンドイッチの種類はどれくらいありましたか?」
「そんなことを訊いてどうするんだ?毒が発見されたのは紅茶の方からだということくらいは知ってるだろう?」
「はい。それもそうですね。じゃあ、サンドイッチについての質問はここまでにしましょう」
掴めない男だ。
もちろん探偵である以上は、俺から事件の解決に繋がる情報を引き出そうとしているのであろう。
しかし、今のサンドイッチの話はどう考えても事件と関係がない。俺に注意されて質問をやめたことからしても、シュピー自身もサンドイッチは事件に無関係だと考えていることが明らかだ。
この男は一体何を考えているんだ。