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自白(1)

 会議スペースが水を打ったように静まり返った。


 俺とシュピー以外の関係者が「復讐」という言葉の重みに打ちのめされているわけではないことは、彼らが口をポカンと開けているところを見れば明らかだった。



 最初に口の筋肉に力を入れることができたのはジョブだった。


 「フクシュウっていうのは一体何だ?」


 ジョブの疑問は、復讐の内実ではなく、「復讐」という言葉の意味に向けられていた。


 シュピーは苦笑いした。別にジョブを嘲っているのではない。



 「実は僕も昨日今日知った概念なので、フクシュウとは何なのか完全に把握しているわけではありません。なので、ノーランさんに僕に代わって説明を願おうとも思ったのですが、おそらくノーランさんは気乗りしないと思うので、やはり僕が説明します」



 シュピーが「復讐」という言葉を口にしたとき、唖然としたのは俺も同じだった。


 もっとも、第二地球の人間とは違い、俺は「復讐」という言葉の意味を知っている。


 しかし、シュピーがどうやって「復讐」という言葉に到達したのかがさっぱり分からないのである。



 「フクシュウとは、相手に何か嫌なことをされた後に、自分もその相手に嫌なことをやり返すことです。たとえば、自分の肉親が殺されたことを承け、その殺人者を自らの手で殺めること。これをフクシュウといいます」


 「解せないわ。そんなことして何の意味があるの?フクシュウによってその人は何を得るの?」


 シュピーはカイリーの発言に大きく頷いた。


 「カイリーさんの疑問はごもっともです。フクシュウをしたところで、死んだ自分の肉親は戻ってくるわけじゃありません。むしろ、自分が殺人罪で牢屋に入れられることになってしまう。復讐には合理性がありません」


 「じゃあ、どういうことなんだ?話の流れからするとノーランの惑星にはフクシュウという概念が存在してるんだよな。さっきの色の識別能力同様に、ノーランの惑星では生物進化によって人間がフクシュウをするようになったということじゃないのか?」


 ジョブの問いかけにシュピーは暫く考え込んだ。



 「それについては二通りの説明が考えられるかもしれません。一つは、フクシュウをする個体の方がフクシュウをしない個体よりも生存に有利だった、という説明です。フクシュウそれ自体には何の意味もありません。しかし、フクシュウをする個体は他の個体からすると厄介です。そいつに嫌なことをすると、同じく嫌なことで返してくるわけですから。そいつには嫌なことはしないでおこう、となるかもしれません。すると、周りから嫌なことをされにくい分、フクシュウをしない個体よりもフクシュウをする個体の方が生存に有利になる。こうして自然淘汰の結果、人間はフクシュウするように進化していった。これが一つの説明です。」


 シュピーはここまで話すと一呼吸置いた。表情が少し歪む。


 「もう一つの説明は、フクシュウをするノーランさんの惑星の人たちよりも、フクシュウをしない僕たちの方が、より進化をしているという説明です。フクシュウは何も生み出しません。それどころか、人類がフクシュウをするようになれば無益な争いが起きる。フクシュウのために人を殺した人が、さらに殺された人の親族にフクシュウされて殺されてしまうかもしれません。さらにその殺した人が、殺された親族の人に殺されて……というループで殺し合いが永続的に起きてしまうかもしれません。フクシュウ目的の国家間の戦争だって考えられます。同じ人類同士で殺し合うことが人類にとっての進化の賜物といえるでしょうか。むしろ、フクシュウという概念がない僕たちの方が、不必要な能力を淘汰した進化形なのではないでしょうか」



 俺はシュピーの二つ目の説明の方によりシンパシーを覚えた。


 復讐は無益である。


 それどころか復讐に取り憑かれた人間は、やがては自らの身を滅ぼすことになる。復讐心はその人の人生をダメにするまで、一生その人に付き纏う。


 俺はそのことが分かっていたが、それでも復讐心が俺を支配するのを食い止めることができなかった。これは俺ら地球人の弱さゆえである。


 そうなるのは、俺ら地球人が、生物としてこの第二地球の人間に劣っているからだとしか思えなかった。



 俺はシュピーに最後の抵抗をした。


 「俺はなんで復讐をしなきゃいけないんだ?マシューやゾーイやローガは俺に何か嫌なことをしたのか?」


 「ええ。正確に言うと、マシューさんやゾーイさんやローガさんだけではなく、あの日会議スペースで食事をしていたノーランさんを除く五人に対して、ノーランさんにはフクシュウの契機がありました」


 俺はジョブとカイリーに目を配った。彼らは今度は口を開けてとぼけてなどいない。眉間に皺を寄せ、頭を抱えている。心当たりがあるのだろう。


 まさかそれが俺の殺人の動機になるとは思いもしなかっただろうが。



 「ノーランさんが自らの惑星から連れてきた奥さん、メグさんが五人によって殺されました。ノーランさんはメグさんのフクシュウのために、マシューさん、ゾーイさん、ローガさんを殺害したんです」




 俺がメグと出会ったとき、メグはまだ十代だった。


 メグは大学の一つ後輩で、俺が青春を捧げたラクロス部のマネージャーだった。


 メグの専攻は国文学で、俺の専攻していた宇宙工学の分野には疎いはずだった。


 しかし、俺の宇宙への野望を一番熱心に聞いてくれたのはメグだった。話し手である俺に負けないくらいに目をキラキラと輝かせ、俺の夢をあたかも自分の夢でもあるかのように胸を焦がしてくれた。



 「私も一緒に宇宙に行きたい」


 メグのこの言葉を告白と捉えてしまったのは、俺がメグに対して特別な感情を抱いていたからに違いなかった。



 メグは俺の彼女となり、やがて妻になった。



 俺が第二地球への片道旅行に行くと決心したことは、メグにだけはひた隠しにしていた。


 メグが俺の計画を知ったら、反対するに違いなかった。俺と今生の別れをするのが嫌だから、彼女は俺に地球に残るように懇願するだろう、そう思っていた。


 しかし、どこで知ったのか、俺の第二地球への渡航計画について知ったメグは、俺に信じられないような頼み事をしてきた。


 「私も一緒に宇宙船に乗りたい。荷物置き場でもいいから、私も乗せてって」



 メグの決意は断固として揺らぐことがなかった。


 説得を諦めた俺は、同僚のエンジニアに、コックピットにメグの分のスペースを作るように要求した。



 地球を出発する日、宇宙船の隣の席に座ったメグは、俺の手をギュッと握り締めた。


 「私が大学時代にあなたに言ったことを覚えてる?」


 「ん?なんだっけ?」


 「一緒に宇宙に行きたい、って言ったんだよ。夢が叶っちゃったね」


 あのときのメグの笑顔を俺は一生忘れないだろう。




 「シュピーの言う通りだ。俺はお前らに殺されたメグの復讐のために毒入りの紅茶を仕込んだ」


 俺はついに犯行を自供した。


 もう隠し通すことはできない。


 シュピーは全てを知っている。


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