推理(3)
「では、ここで楽しい雑談を一旦打ち切り、事件の推理に入りましょう。今回の事件に使われた毒は、chdX1です。この毒薬は僕たちの惑星では、透明な液体であり、見た目は水と同様である、とされています。しかし、この国際宇宙開発センターにある最新鋭の装置を使って、chdX1に当てた光の反射と水に当てた光の反射を比べてみたところ、反射光の波長が異なることが判明しました。このことはつまり、chdX1の色と水のイロとが異なっていることを意味します。無論、その違いを僕らは認識できないのですが」
シュピーの言う通り、chdX1はただの水とは大きく見た目が異なっており、黄緑色をしている。俺の目から見れば、この二つの液体を混同するなんてことはありえない。
「だから、当然、chdX1を入れた紅茶はイロが変わる。この事件の最大のミステリーは、毒入り紅茶とそうでない紅茶が見分けられないことに起因します。エマさん以外が犯人だとすると、犯人は誰に毒入り紅茶を提供するかどうかをコントロールできない。犯人自身もどれが毒入り紅茶でどれが毒入り紅茶じゃないかが分からないから。仮に犯人が紅茶を提供された六人の中の一人だとすれば、さらに事件は奇々怪々です。犯人は二分の一の確率で自分が毒入り紅茶を飲むリスクを負うことになるからです。しかし、犯人に毒入り紅茶とそうでない紅茶を見分ける能力があるのだとすれば、事情は大きく変わります。犯人は誰に毒入り紅茶が給仕されたのかを認識でき、かつ、自分がその紅茶を飲まないための回避措置がとれるからです。犯人は……」
もはやシュピーが犯人を名指しする必要はなかった。
ジョブとカイリーは俺の方をジッと見つめていたし、俺の隣に座っていたエマは、俺から遠ざかるように椅子を引いた。
「犯人はノーランさん。あなたです」
シュピーの右手の人差し指の先にいた俺は不敵な笑みを浮かべた。
諦めるのにはまだ早い。言い逃れの余地は十分ある。
「シュピー、君の推理はたしかに素晴らしい。しかし、それはあくまでも一つの仮説に過ぎないんじゃないか。俺に犯行が可能だったということが示せたとしても、エマも同様に犯行が可能だったんだから、一義的に俺を犯人と名指しすることはできないんじゃないか?」
「そうですかね?ノーランさんは、自分が毒入り紅茶とそうでない紅茶を見分ける能力を有しながらも、それを僕らに黙っていた。紅茶の色に異変があることに気付きながらも、それを黙って見過ごし、三人が死にゆくのを眺めていた。これは他でもないノーランさんが犯人であることを示していると思います。それに、ノーランさんは、最初自分の席に毒入り紅茶が回ってきたときに、マシューさんと席をチェンジした。これはイロがオカシイ紅茶は毒入りである、と知っていたからできた芸当ではないでしょうか」
「いや、でも、君の推理ではまだ立証できてないことがある。君が言う通り俺が毒入り紅茶を回避する能力があったとしても、俺には具体的に俺以外の六人の内のどの三人を殺するのかをコントロールすることはできない。マシューはさておき、俺はどうやってゾーイとローガに毒入り紅茶が行き渡るように仕組んだというんだ?それにそもそも俺にはマシュー、ゾーイ、ローガの三人を殺す動機はない。君の推理は机上の空論に過ぎない」
シュピーは頷きながら俺の反論に耳を傾けていた。
そして、俺が話し終えるとシュピーは拍手をした。俺の反論に及第点を与えたということだろうか。
「ノーランさんの動機、実はこれが一番説明が難しい部分なのです。しかし、説明が難しいだけでノーランさんにはしっかりとした動機があります。ノーランさんの動機、それは……」
まさかシュピーは俺の動機まで言い当てられるというのか?
―ありえない。第二地球の人間には俺の動機は分かるはずがない。
この地球の人間からすれば、俺の動機は不存在なのだから。
しかし、探偵は俺の想像を超えた。
「ノーランさんの動機、それは、フクシュウです」