独白
俺が三人を殺した。
しかし、この地球の人間には俺が三人を殺した方法も、俺の動機も、何一つ分からないだろう。
奴らは俺らの種族とは異なっている。奴らが奴らである限り、犯人が俺であることを見破ることはできない。
俺の目から見れば大胆過ぎるこの犯行も、奴らからすれば、決して真相に迫ることのできない完全犯罪となる。
俺がこの地球に来たのは、今から十三年も前になる。
当時、俺の住んでいた惑星では、宇宙開発が熾烈化していた。
というのも、俺の惑星には、この地球ほどの豊かな資源はなく、その限られた資源がもはや枯渇寸前だったために、俺らの種族が生存するためには宇宙に進出し、他の惑星の資源を利用する他になかったからである。
その危機感があったためか、俺の惑星の宇宙技術は目まぐるしく進歩した。
高度な観測技術により、俺の惑星の属する銀河系以外にも銀河系が無数に存在していることを突き止め、その中には生命体の存在する惑星も少なからずあることを発見した。
それだけではない。俺の惑星のある宇宙以外にも別宇宙が多数存在していることも明らかになった。
そして、これらの別宇宙にも、それぞれ俺の惑星のある宇宙同様に銀河系が無数に存在し、その中には生命体を有する惑星もあることが確認された。
つまり、俺の住んでいた惑星は、たくさんの銀河系の中の一つの星に過ぎず、その銀河系は宇宙の中のたくさんの銀河系の一つに過ぎず、その宇宙はたくさんの多元宇宙の中の一つの宇宙に過ぎないということであり、その途方もないスケールの中では、俺の惑星同様に生き物が暮らしている惑星などごまんと存在しているということである。
観測技術に追いつくようにして、宇宙船の技術もまさしく日進月歩の勢いで進化を遂げた。
俺の惑星の属する宇宙を自由自在に移動する宇宙船を開発することにはそれほどの苦労はなかった。従来の宇宙船の技術を応用すれば済んだからである。
しかし、問題はどうやって別宇宙へと移動するかであった。
俺は別宇宙への移動方法を突き止めるプロジェクトに科学者として参加していた。
プロジェクト立ち上げから三年後、俺らは目から鱗の方法によって、別宇宙へ到達できる可能性があることを発見した。
それは、強力な電磁波を飛ばすことによって、意図的に時空の歪みを作出するという方法だった。
日夜の研究が報われ、この方法を発見したとき、俺は同僚とハイタッチをして喜んだ。
俺はこの方法での別宇宙への移動が絶対に上手くいくと確信していた。
しかし、この方法には大きな欠点があった。
それは、技術的に電磁波を飛ばす装置は宇宙船と分離するしかなく、宇宙船を別宇宙へとワープさせた後であっても、電磁波を飛ばす装置の方は、元の宇宙に取り残さざるをえない点である。
このことはつまり、別宇宙に移動することはできても、再び元の宇宙に戻ることはできないことを意味する。
俺が死ぬ前にこの技術的欠点が埋まるという保証はなかった。仮に俺が生きている間に別宇宙へ往復する方法が発見されうるとしても、俺の知的好奇心はそれを待てなかった。
そこで、俺は、自らが宇宙飛行士になり、片道限りの別宇宙旅行に行くことを志願した。
最初は反対していた俺の同僚も、やがて俺の熱意に負け、せめて俺が別宇宙で無事であるように、とサポートし、万全の準備を整えてくれた。
別宇宙内の最終目的地は、プロジェクトの立ち上げの時点から既に決まっていた。
惑星の質量、恒星との距離、水分保有量、火山活動の有無、化学物質の比率等々を検討し、もっとも生命体の生存に有利な環境が揃っている惑星を我々は観測段階で発見していた。
俺らが今まで観測した数え切れないほどの惑星の中でも、その惑星は一番魅力的だった。目的地はそこしか考えられなかった。
円形に近い小型の宇宙船に乗り込もうとする俺に、三年間研究所で苦楽を共にした同僚の一人が声を掛けた。
「元気でな。いつか必ず迎えに行くからな」
俺はその同僚とハグをすると、特殊な金属で何重にも覆われたコックピットへと乗り込んだ。
時空の歪みを発生させる電磁波を出す装置は、俺らの惑星の施設内に設置されている。
そのスイッチを押すのは、俺がもっとも信頼する同僚たちである。
俺は同僚たちにならば自分の命を安心して委ねることができた。
電磁波が作り出す巨大な渦に飛び込むことにも何ら躊躇はなかった。
俺は無事別宇宙に、そして、目的地である惑星にたどり着くことに成功した。
その惑星が、今俺が住んでいるこの地球だ。
この惑星は俺らの惑星と驚くべきほど類似していた。
まず、生態系が俺らの惑星とほとんど変わりない。
俺らの惑星と同様に、海や川には魚や貝がいて、森や林には昆虫や爬虫類がいた。
そして何より、高度に知的能力が発達した哺乳類、すなわち人間が生態系の頂点に立っているところが俺らの惑星と全く同じだった。
そして、人類の作り出した文明のレベルも、俺らの惑星とほとんど変わりがなかった。
俺らの惑星と比べて潤沢な資源がある点で、宇宙開発へのインセンティブが弱く、宇宙技術が俺らの惑星ほどは進歩していないところを除けば、ほぼ同じである。
人々は都市を形成して、そこに集まって生活し、重要な仕事は機械やコンピューターに任せていた。若者が携帯電話に依存し、人間同士の接触が希薄化しているところまでもが我々の惑星とそっくりだった。
この地球は、まるで我々の惑星のコピーのようだった。
惑星の物質的な環境さえ整えば、生命の営みは予定調和的に形成されていくということだろうか。
しかし、この惑星で暮らし始めると、徐々に俺らの惑星との違いも浮き彫りになっていった。
特に俺が気になったのは、この地球の人間と俺らの種族との違いである。
見た目は何も変わらない。どちらも同じ人間だ。
しかし、俺らは奴らにはない何かを持っている。
俺はこの何かを今までこの地球の連中には内緒にしてきた。特殊能力がバレて見世物にされるのも嫌だったし、秘密にしておけばいつか重要な場面で使える、とも思っていたからである。
そして、俺の予想通り、この特殊能力を発揮できる日がやってきた。
俺はこの地球の人間を三人殺害した。どうしても殺しておかねばならなかった。俺が俺の惑星の人間である限り、彼らを生かしておくことはできなかった。
この地球の人間は俺の特殊能力に気付いていない。
だから、俺がこの事件の犯人であるだなんて思いも至らない。
それどころか、俺の動機だって、奴らには皆目検討がつかないのである。
実に滑稽である。
実に愚かである。
俺は目の前で三人の男女が首を掻きむしり苦しんでいるのを、椅子に座りながら、冷めた目で眺めていた。