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 喫茶店の中、壁や棚の上には写真立てに入った写真が飾られている。

「飾られてる写真って、芹沢さんが撮ったんですか?」

 アイスコーヒーを半分ほど飲んでから、カウンターの横の壁に掛けられている写真を見て聞いた。芹沢と同年代と思われる女性の写真だった。女性はカウンター席に座っていて、カメラに向けて少し照れたように笑っていた。

「そうだよ。この前見せたカメラで撮ったものだね」

「奥さんですか?」

 一瞬だけ静かな間があった。

「独身ですよ」

 これは、やってしまったのだろうか、と水上は思った。

「彼女さんですか?」

「違いますよ」

「娘さん?」

「いないし、年齢から見てありえないだろう」

「誰なんですか? この人」

「お客さんだよ。名前は知らない」

「常連さんでもないんですか?」

「うん。観光で来た人で、もう何回か来てくれているけどね」

 それを聞いて、意外な気がした。仲がいいというわけではない人が、こんなふうに笑って写真に写っていることが意外だった。カメラを向けられたら、人は笑顔になるのだろうか。

 いや、違うか。水上は、以前芹沢に写真を撮られたときのことを思いだした。カメラを向けながら、撮る人が嬉しそうに笑っていて、撮られる方もつられるようにして笑顔になった。

 きっとこの写真を撮ったとき、芹沢も笑っていたのだろう。だから、この女性も笑っているのだろう。

「他の写真も、そういう人のものなんですか?」

「そうだよ。常連さんはなかなか飾っていいって言ってくれないからね。水上君みたいに」

「飾らないでくださいよ」

「わかってるよ」

 水上の写真のことを今更蒸し返す気はないので、飾られている写真のことに話を戻した。

「店に来た人の全員を写真に撮ってるんですか?」

「いや、さすがに全員はムリだよ。そうだなあ、例えばこういうお客さんが少ないときに来た人とは色々話すから、そのときに写真を撮らせてくださいって言うね」

「断られることはありましたか?」

「うん。あったよ。でもこうして写真を飾ってもいいって人もいるからね」

 芹沢は店内にいくつかある写真立てを見回した。

「この人なんかは、この写真を撮った一年後くらいにまた来て、そのときに写真を渡したし。約束したわけじゃなかったけど、嬉しかったな」

 すぐ近くの壁に掛けてある写真を見ながら、女性のことを思い出しているようだった。

「人の写真を撮る時って、緊張しませんか?」

 思い出に水を差すようでためらったが、水上が一番聞きたかったのはそのことだった。

「撮らせてくださいって言うとき緊張するかな。気分を害してしまったらどうしようかと思って」

 写真に撮られることを嫌がる人もいるだろう。水上自身、撮られるのは苦手だ。それでも撮りたいと思うのは、そうさせるだけの何かがあるからだろう。

 水上は鞄の中にあるカメラのことを思った。そして、以前芹沢のカメラで写真を撮り、プリントされたその写真を見たとき、特別な感じがしたことを思いだした。

「あの」

「なに、水上君?」

「写真を撮らせてもらってもいいですか? 喫茶店の中とそれから芹沢さんのを」

 デジタルカメラを鞄から出して、芹沢に示して言った。

「いいよ、そのかわり」

 写真を飾らせてくれ、と言われるのではないかと思い、身構えた。

「超かっこよく撮ってくれたまえ」

 芹沢は注文も入っていないのに、コーヒーを淹れる準備を始めた。


 数ヶ月後、バイトをはじめて懐に余裕ができた水上は、ネットで中古カメラを探していた。すると、大手のウェブサイトで、芹沢のカメラと同じシリーズで状態のいいカメラを見つけた。

 迷わず、買った。説明書はメーカーのホームページからダウンロードできるらしい。

 バイトの話はまた今度。

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