七
梅雨が終わると、外を歩くだけで汗をかくような陽気が続いた。日陰を選んで歩いていたら、通ったことのない路地にたどり着いた。古本屋と喫茶店のある場所の近くだが、こんな道があるとは知らなかった。
細い路地の途中、家と家の間にあまり広くない庭があった。そこには小さな木や何種類もの花々が植えられていて、彩りが豊かだった。水上には端の方で咲いている大きなひまわりの他は名前もわからない。
不思議な一画だった。庭の三方向は無機質な家の壁で、その庭にだけ色が与えられているようだった。どの家の庭かはわからない。あるいは手入れをしている人が他の所にいるのだろうか。
路地道を挟んだ反対側は地面が土の駐車場らしき空き地で、車はなくちょうど日陰ができていたので、そこから小さな庭を眺めていた。
芹沢に触発されて、水上はちょっと出かける時にもデジタルカメラを持っていくようになった。カメラを鞄から取りだして、日陰から庭の写真を撮った。
路地を進んでいくと、古本屋の近くに出た。
入るときに、入り口の左の棚の上で茶色い猫が丸まって寝ていた。起こさないように静かに戸を開けたが、茶猫は目を開けてちらっと水上の方を見た。そしてまた眠り始めた。
時代・歴史小説の並ぶ棚の前で本の背を見ていると、鈴の音と共に、白猫が足下を通り過ぎていった。白猫は棚の上の茶猫の姿を見て、棚に飛び乗るのをやめ、その場で毛づくろいを始めた。
文庫本の時代小説を買って店を出ようとすると、入り口の両脇の棚に猫が寝ていた。この配置を見たのは初めてだった。
気持ちよさそうに寝ているのを起こすつもりはないが、せめて写真に撮りたいと思った。勝手に撮るわけにもいかず、店主に一言声をかければいいのだが、それが何となく気恥ずかしく、写真を撮らずに店を出た。
喫茶店の前のベンチに立てかけられている看板の後ろに白っぽい猫がいた。今日はよく猫を見る日だ。看板の裏は日陰になっていて、風通しもよさそうだ。彼(彼女?)にとっての避暑地といったところか。
近付いても水上を一瞥しただけで逃げなかったので、写真を撮らせてもらった。シャッター音がしたときに、耳がピクッと動いた。感謝の会釈をして、喫茶店に入った。
店内は冷房がが効いていて涼しかったが、今日はアイスコーヒーの気分だ。注文して出されたアイスコーヒーの氷は黒かった。
「芹沢さん、この氷は?」
以前芹沢に「マスターと呼んでくれ」と言われ、「マスター芹沢」と呼んだら「なんか違う」ということになり、呼び方は「芹沢さん」に落ち着いた。マスターと呼ばれたいらしいが、自分で言ってしまうのはなんだかなあと思い、しばらくはそう呼ぶつもりはない。
「コーヒーを凍らせてつくった氷だよ」
「へえ」
「こうすると、氷が溶けても薄くならないんだ」
ストローで氷を回してから一口飲んだ。