六
梅雨明けも近くなったが、喫茶店に来たときは小雨が降っていた。いつも通り、この時間に客はいない。
「雨の日は客が少ないんですか?」
「そうだね。平日だとなおさら少ない」
「休日は?」
「多いよ。朝はそうでもないけど、昼からは多くなるね。だから休日だけバイトに入ってもらってるんだ」
水上は芹沢以外の店員を見たことがなかった。一人で大丈夫なのだろうかと思っていたが、どうやら問題はないらしい。
会話が一段落して、古本屋で買った本を読み始めた。冷房の効いた静かな店内で熱いコーヒーを飲みながら本を読む。至福である。
閉じられた入り口に日の光が差し込んでいることに気付いた。雨が止んだのだろうか。
少しすると、三人組の女性客が入ってきた。背の低い女性の後ろに二人がついてきたような感じだ。水上は入ってきたところを見ただけで、すぐに読書に戻った。
「いらっしゃい、久しぶりだな。そちらは友達?」
という芹沢の声が聞こえた。
「うん、そう。友達」
「友達?」
おそらく、後ろの二人が同時に聞き返した。
「部長はともかく、古泉は友達でしょ。あ、親友か。そうだよね、ごめんね」
「じゃあ、友達ってことでいいや」
「わかった。明後日には親友にランクアップだね」
「天水の行いによる」
「と、いうわけで、部長の鷹見先輩と、大親友の古泉です。で、こっちがこの喫茶店の店長。自称マスター」
「世間的にもマスターだよ」
芹沢が反論した。一拍おいて、
「いつもこの騒がしいのがお世話になっています。店長の芹沢と言います」
「これはご丁寧に。写真部部長の鷹見です」
「古泉です。天水とは友達らしいです」
三人はテーブル席に座ったようだ。芹沢がカウンターに戻ってきたので、水上はコーヒーのおかわりを注文した。女性三人はなにやらおしゃべりをしているが、うるさいとも思わないので気にならなかった。
「では、オーバーホールを経て生まれ変わったシックスさんをご覧に入れよう」
一人がそう言って、残りの二人は「わー」とはやし立てた。オーバーホールという単語を聞いたことがあるが、なんだったかは思い出せない。
水上の耳には、「ご降臨」、「どこがどうなったんですか」、「思ったより軽い」など会話の断片が入ってきた。その中で突然、
「露出はどうするんですか?」
と言う声が聞こえ、水上はコーヒーに伸ばしかけた手を止めてしまった。
その後、「露出計」、「デジカメを使う」などの言葉が聞こえて、写真用語の露出のことだとわかった。
コーヒーを一口飲んで落ち着かせた。これを飲み終わったら帰ろうと思った。
顔をあげると、カウンター越しに温かい眼差しを向ける芹沢と目が合った。
「青春かな?」
そう言われてもわからないが、露出という単語に気を取られたのは確かだった。不覚。
オーバーホール:機械などを分解して点検や修理を行うこと。
露出:1 あらわれでること。また、あらわしだすこと。
2 マスメディア、特にテレビに取り上げられること。
3 カメラで、レンズのシャッターを開閉して、乾板・フィルムの感光 膜や、CCDなどのイメージセンサーに光を当てること。露光。(goo辞書より)
オーバーホールはカメラを分解して掃除をしたり、不具合のある部品を交換したりすることです。けっこうお高い。機械式のカメラだと交換部品がありますが、電子制御のカメラだと部品自体がないものが多く、修理できないこともあるそうです。
鷹見の二眼レフカメラは機械式なので大丈夫だったようです。