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 雨が降り始めた音で目を覚ました。水上は部屋の窓を閉め、外の駐車場が雨に濡れていくのを見ていた。

 携帯電話のアラームが鳴る前だったので、アラームを切ってから洗面所に行った。朝食をとってから講義まで時間があったので、扇風機を出すことにした。

 ベッドの下にある段ボール箱から扇風機を出し、埃を拭き取ってから組み立てた。窓を閉めると暑いが、エアコンを使うほどでもない。扇風機は問題なく動いた。

 雨の日は歩いて大学に行くので、いつもより早く家を出る。色褪せた赤レンガの敷き詰められた歩道は、濡れていると滑りやすいので注意して歩く。汚れていなかったら雨に濡れてもっと良い色になるのだろうと思うが、仕方がない。

 水上の通学路と高架線が交わるところがあり、その近くに駅がある。その辺りから駅がある左側の歩道は人が多くなり、それを避けるために右側を歩く。高架線の下を過ぎると、町の中央付近を流れる川があり橋が架かっている。この川沿いを下流に向かっていくと、古本屋や喫茶店のある所に着く。

 立ち止まって下流に目を向けてから橋を渡りきった。降り始めなので川の水量はいつもとあまり変わらない。

 信号に何度もつかまったので、学校まで四十分ほどかかった。二号館の入り口で傘を振って水滴を飛ばし、傘用のビニール袋に入れた。

 高校で一度傘を盗まれたことがあり、それ以来はなるべく傘立てを使わないようにしている。ビニール傘のビニール部分に、遠くからでも見えるくらい大きく名前を書けば盗難防止になるだろうと思ったが、恥ずかしいので実行はしていない。

 いつもと同じくらいの時間に来たが、教室にはいつもより人が少ない。窓側の真ん中あたりの席に座って、本を読み始めた。読んでいると、周りがだんだん騒がしくなってきた。

 すると、読んでいた文庫本を取られて、逆さまになって手元に戻ってきた。水上は逆向きのまま読み進めようとした。見づらいが、読めないことはない。

 隣に座った、本を逆さにしたやつのことは、とりあえずほうっておいた。すこししてから本の向きがもどされた。

 水上は左を向いて、

「よう」

 と言った。予想通りの人が隣にいた。こんなことをする知り合いは県内にこいつしかいない。

「おう。今日小テストだよな」

 と立原(たちはら)が言った。

「そうだな」

「余裕そうだな」

「簡単だって言ってたろ」

 水上は大学に歩いてくる間に小テストのことを考えていたので、準備はできている。時計を見ると講義開始まであと五分。教室では問題を出し合って騒ぐ声がいろんな方向から聞こえる。

「なんか問題を出してくれ」

 立原が頼んだ。自信がないのだろうか。

「八代集、全部言ってみ」

 水上は答えの書いてあるプリントを取りだして言った。すらすらと、とはいかなかったが立原はだいたいの問題に答えられた。小テストも大丈夫だろう。

 講義は早めに終わった。窓の外には新緑の葉が茂った銀杏があり、その向こうの空はどんよりとしている。外の広場を行き交う色とりどりの傘を眺めていると、立原が話しかけてきた。

「このあとヒマだろ?」

「暇だな」

「飯食いに行かん?」

「どこに行く?」

「水上の行きつけとかないか」

 そう言われて思いついたのは、芹沢の喫茶店だった。確かごはん物のメニューもあったはずだ。しかし、歩いて行くには少し遠い。水上はいいが、人に勧めるのはどうかと思った。

 それに、なぜか、あの喫茶店を他の人に教えたくないとも思った。

 なので、電車通学の立原に合わせて、駅前の店を提案した。立原も賛成した。くだらない話をしながら駅前まで行き、くだらない話をしながら昼食をとった。その後、店の前で別れた。

 雨は上がっていた。水上は家と反対方向にある古本屋に向かった。

八代集:古今和歌集以下、平安初期から鎌倉初期までの八つの勅撰和歌集の総称。古今和歌集・後撰和歌集・拾遺和歌集・後拾遺和歌集・金葉和歌集・詞花和歌集・千載和歌集・新古今和歌集。(goo辞書より)

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