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 水曜日の講義は午前中だけなので、ほぼ毎週、学校帰りに古本屋と喫茶店に行くようになった。その時間は、他の客が来ることがまれだった。

 コーヒーの味なんていうものは水上にはわからない。どう美味しいか説明しろと言われても、できないだろう。それよりも、店の雰囲気が気に入った。

 その日は古本屋では何も買わなかった。当初目を付けていた本をあらかた買ってしまい、棚の本が頻繁に入れ替わるわけではないので、欲しい本がないこともある。

 なんとなく、何も買わないと店を出づらい。

 何度かこの店に来て、三匹の猫を見た。茶色と黒白と白の三匹だが、今日は猫が店の方には出てこなかった。

 学校に持って行った本を読もうと思い、喫茶店に入った。

「こんにちは、いつもありがとうございます」

 マスターは水上の姿を認めると、そう言った。何とこたえていいかわからず、「いえ」とだけ言って、本棚の本を見てごまかした。

 マスターとは店員と客の間で交わされる、機械的な会話しかしていない。そもそも、本当にマスターなのかもわからない。

 ああ言われたことに戸惑ったが、嬉しかった。

 いつまでも観光ガイドブックを見ているわけにはいかないので、座ることにした。少し逡巡してから、覚悟を決めてカウンター席に座った。きっかけは向こうが作ってくれた。話しかけようと思った。

「えっと、俺のこと覚えてたんですか?」

 ぎこちない話し方になってしまった。初めて話す相手なので仕方がないが。

「毎週同じ曜日に来てくれる人なんかは自然に顔を覚えるよ」

「そうなんですか」

「店長の芹沢(せりざわ)です。初対面ってわけではないけど」

「水上といいます。大学一年です」

 芹沢は市内に一つだけの大学の名前を挙げ、水上に聞いた。

「はい。そうです」

「うちの姪と同じ学年だ」

 大学生の姪がいる年齢には見えないが、兄か姉と年が離れているのかもしれない。

 聞かれたことに答えたり、この喫茶店について尋ねたりした。水上が出身地を言うと、芹沢も訪れたことがあるそうで、その話で盛り上がった。

 水上はこの町に来てから、出身地を教えると「なぜ、ここに来たのか」と言うことを必ず聞かれた。そのたびに水上は曖昧に答えた。実際、はっきりした理由はなかった。他にも受かった大学はあったが、そちらを選ばなかった理由もはっきりしない。だから、うまく説明ができなかった。

 芹沢はその質問をしなかった。

「今日は本読まないの?」

 水上の出身地の話が一段落してからそう聞かれた。

「今日は買ってないので」

 本を持ってきていることは言わなかった。このまま話していようと思ったからだ。

 水上はいつものコーヒーとパウンドケーキを注文した。本を買わなかった分ういたお金をパウンドケーキに使った。

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