二
喫茶店の入り口は土間で、正面に石でできた段差があった。外から見ると店内は薄暗く感じたが、入ってみると明かりが少ないのではなく、壁や柱の色が黒っぽいのでそう見えただけだとわかった。
「こんにちは。一名様ですか?」
右側の奥にカウンターがあり、そこにいる人にそう聞かれた。白いワイシャツに黒のベストという、いかにも喫茶店らしい格好をした男性だった。マスターに違いない。
「はい、一人です」
「お好きな席へどうぞ」
水上は、一人だが、五席しかないカウンター席には座ろうとは思えなかった。他に客もいないので、四人席と思われるテーブル席に座った。混んできたら、移動するか帰るつもりだ。
彼はこうして、古本屋で買った本を喫茶店で読むことにほのかな憧れを抱いていた。彼の故郷には、古本屋に当たる店がチェーン店のリサイクルショップしかなく、高校時代は実践できずにいた。
入り口から見て左奥の席に座ると、マスターらしき男性がおしぼりと水を持ってきてくれた。
「ご注文が決まりましたら、お声かけください」
水上は軽く会釈をしてこたえた。
本を読む前に何か注文しなくてはと思い、テーブルに置かれているメニューを見た。が、名前だけではよくわからない。コーヒーの種類だということはわかるが、どんな違いがあるのか見当もつかない。
聞くのもためらわれたので、とりあえず、無難そうなオリジナルブレンドに決めた。
「すみません」
と、水上はマスターらしき人に声をかけた。
「ただいま伺います」
男性はカウンターから出て、テーブルの方に落ち着いた動作で近付いた。
「この、オリジナルブレンドを一つ、お願いします」
メニューを指さして言った。
「以上でよろしいですか」
「はい」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
マスターはカウンターに戻っていった。水上はゆっくりと店内を見回した。入り口の所に「江戸時代につくられた蔵を改装して喫茶店にしました」とあったが、店内は和風というわけではない。立派な柱や梁、それになぜか水上の近くにある大きな火鉢以外は普通の喫茶店と同じだ。この火鉢は冬になると使うのだろうか。
壁には何枚か写真が飾られている。近くの写真を見ると、人が写っていて、この喫茶店で撮られたものだとわかった。
古い町並みが保存されている地区なので観光客も多いのか、本棚にはこの辺りの観光ガイドブックばかりが並んでいた。特に興味はないので、さっき買った本を開いて読み始めた。
店内に流れている歌のないゆったりとした音楽は、やがて気にならなくなった。
何ページか読み進めたところで声をかけられた。
「失礼します。当店のオリジナルブレンドです」
水上の前にほとんど音も立てず、ソーサーにのったコーヒーカップと小さなガラスの容器に入ったガムシロップと牛乳が置かれた。
「あ、どうも」
本に集中していたせいで、ついそんなことを言ってしまった。
「ごゆっくりどうぞ」
マスターは一礼して、カウンターに歩いて行った。
水上は本を置いて、おしぼりで手を拭いた。まずは、何も入れないでコーヒーを一口飲んでみた。熱くて、苦かった。