月明かりの散歩
月明かりの中、柊君と手を繋いで歩いている。
合宿所から走って逃げて追いかけて来ないことを確認してからこんなことになっている。
手をはなしてくれないし、無言がなんだか気まずい。
「十河兄とは中学が一緒だった。」
突然柊君が喋り出して驚いた。
「お前が引っ越してくるまで、俺は陸上をやってたんだ。だから十河兄とも仲がよかったと思う。」
当時を思い出すように柊君は言った。
「なんで辞めちゃったの?」
私の言葉に柊君は笑った。
「親父が海外に行くようになって、帰ってこなくなったから。」
柊君の答えは意外すぎた。
「ほら俺、親父が居るとイライラ半端ないからさ部活やって、帰る時間遅くして親父と顔合わせないようにした方が良いってキミちゃんに言われて。」
キミちゃん。
「陸上部が一番遅くまで部活してたし、足が早くなれば親父を物理的に逃がすことは無くなると思ったからな。」
柊君、理由が不純だよ。
口には出せないが私はそう思った。
「県大会とかも出たけど親父が帰ってこなくなったから、もう良いかな~って辞めた。家に帰ればキミちゃんと楓が居たから家に帰りたかったってのもある。」
私も理由のひとつ?仲良くなってからは、かなり遊んでもらった覚えがある。いや、今もだけど。
「十河兄は俺が一身上の都合で辞めたのが、気に入らないみたいでよくからまれたし、妹の方は県大会出たときに付き合ってくれって言われて断った。兎に角面倒臭い。」
柊君は私の方を見た。
「俺は今スッゲー毎日が楽しいから陸上する気もないし、十河妹と付き合う気もないからな。」
柊君はニコリ笑った。
月明かりに照らされる柊君はなんだか様になっていて、格好よかった。
私は手を繋いだままの柊君の腕にしがみついた。
「ひぃ様が良いなら、何にも言わないよ。」
「………ありがとな。」
「十河さんはひぃ様の事そんなに前から好きだったんだね。」
「俺はあの頃から楓が好きだよ。」
波の音と月明かり、爽やかな風。
あまりにロマンチックなシュチュエーションに、なんだか本気で告白されたような気持ちになってしまった。
気まずい。
いつもみたいに私を安心させようと言ってくれただけなのに。
「楓?」
「あ~、はいはい!ありがとう。」
私はわざわざ笑顔を作ってから柊君の方を見た。
柊君は私にホールドされていない方の左手で私の頭を撫でてくれた。
「ひぃ様は私を甘やかし過ぎると思う。このままじゃダメ人間になっちゃうよ。」
「ダメ人間になったら俺が嫁にもらってやるから安心しろ。」
「………はいはい。」
いつものやり取りが少しだけ居心地の悪いものになってしまった。
「ただいま~!」
二階堂君の別荘に戻ってくると、良い匂いがただよってきた。
「お帰りなさい。あの、西田さんほどじゃないですけど夕飯作ったんでどうぞ。」
リビングの方から顔を出した京矢君が少しだけ照れたように言った。
リビングに入るとすでに皆がオムライスを食べていた。
「京矢、お前良い奴だな。」
柊君は感極まったように京矢君を抱き締めていた。
「えっ?な、ななななななな何がですか?」
動揺している京矢君が可愛い。
自分が腐女子ならキャーキャーしているだろう。
「ひぃ様、オムライス好物だから。」
勢いよく離れた柊君は素知らぬ顔でオムライスを取りにキッチンに向かった。
「あぁ言うところが嫌がるだろうけど要君の血だろうな。」
「要君って?」
数井さんが首を傾げる。
「ひぃ様のお父さん。抱き付き癖があるんだよね、要君。」
数井さんは柊君を目でおう私にオムライスをひとすくいして、私に向けた。
「うちの弟のオムライスは絶品だから食べてみて!アーン」
私は言われるがままそれを食べた。
「?私のオムライスに味が似てる!」
そのあと京矢君が柊君に再度抱き締められていたが、私達は見てみぬふりをした。
柊君なんだかテンション高めですね。
少しだけ柊君を甘やかしてみました。




