"宝"西田浩樹目線
矛盾があるかも知れません。
俺にとって娘は宝だ。
施設で育った俺には家族と言える人なんて居なかった。
彼女が子供ができたと言った時もどうしたら良いのか解らなかった。
兎に角籍を入れて俺にとって初めてと言って良いかもしれない家族が出来た。
娘が産まれた時、小さなオモチャみたいな手で泣きながら俺の指を握ってくれた。
あの時本当に家族が出来たんだと感じて涙が止まらなかった。
俺は家族のために仕事を頑張った。
なに不自由なく家族が暮らせるならと、必死で仕事をした。
ある時妻が昔のように仕事をしたいと言い出した。
楓に寂しい思いをさせたくなくて反対したが、彼女はヒステリックに叫んで泣いた。
楓は笑顔で言った。
「お留守番できたら偉い?」
妻は楓の頭を撫でて偉いと言った。
楓は小さな体に我慢を詰め込んで笑顔を浮かべた。
「お留守番頑張る!」
楓は本当に頑張っていた。
そんな妻が別れたいと言った。
たぶん他に男が出来たのだろうと思いながらも一筋の不安に縛られた。
「楓はお前が連れて行くんだろ?」
お前は俺から大事なものを全て奪っていくつもりなんだろ。
皮肉をこめて言った言葉に、あの女はヒステリックに叫んで否定した。
あの時、俺の口角は上がっていたに違いない。
馬鹿な女でよかった。
楓を連れて行かないなら、お前がどこの誰とどうなろうと関係無い。
どうか幸せになってくれ。
俺から楓を取り上げようなんて思わないぐらいに幸せになってくれ。
妻と別れてからしばらくして、仕事場である大学から教授としてではなく、考古学者として学会に出てほしいと頼まれた。
だが、学会に出るには海外に行かなければならなくて、かなり悩んだ。
「お父さん?どうしたの?元気ない?」
「お父さんが毎日帰ってこないと嫌だよな!」
楓は少し考えて言った。
「…………帰ってくる?」
「それは勿論、お父さんが帰ってくるのは楓の所って決まってるからね。」
楓は少し安心したように笑うと俺に抱きついてきた。
「帰ってきてくれるなら、良いよ!良い子にお留守番出来るよ!」
学会に出る事になったら楓を守るすべをなくしてしまう。
だから知り合いにいざと言う時頼めるように家を買った。
大学の同じ教員、生徒、友人達が多く住む土地に家を買った。
「そんな大好きな娘が彼氏なんて連れてきたら教授はどうします?」
その日俺は俺の留守中に何かあったら困るので数人の生徒を呼び出して飲みながら、いざと言う時たのむとお願いしていた。
「吐く。そして泣く。」
生徒の中でも一番俺になついている三神の言葉に酒の力もあわさって本気で泣けた。
三神が凄く慌てていたのを覚えてる。
楓に彼氏がなんて考えたくもない。
新しい家に楓を一人ぼっちにしてしまって正直辛くて何度も辞めようと思った。
そのたびに楓は笑顔でお父さんが帰ってくるのは私の所だと、だからお父さんが帰ってくるまで良い子に出来ると言ってくれた。
そんな生活が一年ほど続いたある日、俺が家に入ろうとした時だった。
「あんたが、楓の父親か?」
突然俺の目の前にあらわれ、俺を睨み付けながら楓の名前を呼び捨てにする男。
「君は?」
楓の彼氏か?
喉につかえて言葉を続けられなかった。
「隣に住んでる。一条柊って言います。」
最後敬語を使ったのは、少し彼が冷静になったからだと後できいた。
楓より少し年上で黒い髪の毛を爽やかに短くまとめ意思の強そうな黒い瞳が印象的な少年。
「お宅の楓さん…寂しい想いをしています。もう少し帰ってきてあげてくれませんか?」
彼は自分の方が辛そうに言った。
「…楓の彼氏かな?」
「違います。楓の一番は貴方です。」
彼は少し呆れたように言った。
「楓は貴方の事を話している時が一番可愛い顔をするんです。だから、口には出さないけど寂しいに決まってる。」
彼は楓の事を想ってくれている。
「楓が好きか?」
「………好きですよ。妹みたいに思ってます。」
彼はさらに呆れたようにそう言った。
「俺は楓が笑顔で居てくれれば満足です。それが出来るのは貴方だけだ。」
この未熟なナイトは楓を守ろうと必死に俺に訴えて来た。
だからこそ、彼に俺の考えを話そうと思えた。
「俺も楓の側に居たいんだ。でも、俺ができる仕事は限られている。楓を養うためには金があればあるだけ良いだろ?可愛い格好だってしてほしいしからね。」
俺は苦笑いを浮かべて、彼の頭を撫でた。
「楓の側に居てくれてありがとう。」
俺の言葉に彼は驚いた顔をした。
「本当は楓の回りにいる男なんて、顔の形変わるまで殴り付けてやりたい。」
彼の顔がひきつった。
「でも君は俺が側に居れない間、楓を支えてくれてたみたいだし俺は今すぐ仕事は辞められないから君には楓の側にいてほしいかな?」
「………俺はフルボッコにされても、楓の側に居ます。」
それは愛だよ。
口が避けても言えないが、未熟なナイト君は楓が好きだ。
いつ奪いとられるか解らないが、彼になら仕方がないのかもしれないとすんなり受け入れてしまいそうだった。
それから彼とは凄く仲良くなった。
彼は俺を浩ちゃんと呼ぶ。
楓に虫が付かないように楓から浩ちゃんと呼ばせる計画をたてたのが彼である。
「楓はおじさんと電話してる時が一番可愛い顔をするから虫除けになると思う。お父さんじゃなくて浩ちゃんと呼ばせよう。そしたら離れててもおじさんが楓を守れるだろ?」
上手く操られてる感があるが彼の言葉はすんなり俺を動かす力がある。
「楓を動かすなら君も俺の事をそう呼ぶと良いよ。自分より君が俺と仲良くなってたら、きっと躊躇わずに呼ぶようになるよ。そうだ、俺も君の事をひぃ君と呼ぼう。」
そしたら彼は何だか照れたようにはにかんだ。
こうして、俺には年の若い親友が出来たのだ。
お父さんは人付き合いが少し下手です。
楓ちゃんが大好きです。
何だかんだで柊君も好きみたい。