"御主人様を好きな訳"七宮春人目線
彼女との出会いは、俺が中2の終わりごろだったと思う。
部活の休憩時間に家庭科室から良い匂いがして窓から覗いたら、彼女が居た。
真っ黒な肩までの髪の毛を横向きに束ねて、真っ黒な瞳を此方に向けた少女。
いや、他の生徒も居たんだけどね。
同じクラスの女の子が家庭科部に居たからお菓子を分けてもらった。
もらったお菓子の中に彼女のお菓子は無かった。
次に家庭科部に顔を出した時、俺は彼女に声をかけた。
「お菓子下さい!」
彼女は驚いた顔をして言った。
「嫌です!」
ショックをうける俺に回りが大爆笑だった。
その次に家庭科部に行った時、俺はもう一度言った。
「お菓子下さい!お願いします!」
彼女は少し困った顔をして言った。
「お手!」
俺は思わず彼女の手の上に手をのせた。
ヒンヤリとした彼女の柔らかい手の感触にドキッとした。
彼女は俺の手を掴んでひっくり返してマドレーヌをのせた。
「ご褒美です。」
彼女の声にドキドキした。
もらったマドレーヌはめちゃくちゃ美味しかった。
それから、度々お邪魔して彼女のお菓子を分けてもらった。
「ワンコ先輩、また来たんですか?三回まわってワンって言ってください!」
最後の方は扱いが雑だった気がする。
結局、俺は高校に進学して彼女に会わなくなって気がついた。
彼女の事が好きだったんだって。
次に彼女に会ったのは、俺が高2になってすぐ。
生徒会長になったことで、忙しくて従弟の八尾慶吾に手伝いをたのみに行った時だった。
慶ちゃんは、女の子と二人きりで見詰めあっていた。
邪魔しちゃったと思った。
そして、その女の子が彼女だと気が付いて息をのんだ。
真っ黒な髪の毛は少しのびている気がした。
真っ黒な瞳が俺をうつしている。
「ワンコ先輩、お久しぶりです。」
前と何も変わらない彼女。
いや、綺麗になった彼女。
変わらないヒンヤリとして柔らかい手の感触。
俺は浮かれていたのかも知れない。
あの日、一条と親しげに話して腕にしがみつく彼女に俺は何を言ったのか覚えていない。
一条はかなり良い男だ。
俺に勝ち目があるとは思えない。
だけど………彼女が好きなんだ………
すぐに諦められるほど簡単な気持ちじゃ無い。
あの日から、俺の世界は灰色だ。
食堂に向かいながら、俺は今日何度目かの溜め息をついた。
「ワンコ先輩、溜め息つくと幸せが逃げますよ!」
彼女に話しかけられたと気付くまでに時間がかかった。
「わー!ニッシー!」
「そんなに驚かなくても…」
彼女の顔がくもる。
「ご、ごめん…今ニッシーの事を考えてたから…………一条と付き合ってるなんて知らなくてさ………」
彼女は眉間にシワを寄せた。
「何言ってるんですか?柊君と付き合ってる訳無いでしょ!」
彼女の言葉が理解できなかった。
彼女は食堂のオバチャンにカレーうどんをたのんで受けとり、すぐに日の当たらない一番奥の席についてしまった。
俺はA定食をたのんで、彼女を追いかけた。
「………ワンコ先輩、あっちで食べてください!私がイジメの標的にされちゃうじゃないですか!ワザワザこんな寒い席選んだってのに………」
俺は苦笑いを浮かべて彼女の前の席に座った。
「す~わ~る~な~。」
彼女の怨めしそうな声を無視して俺は言った。
「で?一条と付き合ってないの?」
彼女はさらに深いシワを眉間に刻んだ。
「当たり前でしょう?柊君は……近所に住んでる優しいお兄ちゃんみたいな感じですかね?兎に角柊君に悪いので付き合ってるとか言わないで下さいね!」
俺は苦笑いを浮かべた。
早とちりだった。
よかった~。
思わず安堵の息がもれた。
「春ちゃん、僕も相席して良いかな?」
「おい、西田スペース開けろ。」
慶ちゃんと二階堂が俺らの居るテーブルに座り始めた。
「何で?何でここに座るの?」
彼女が動揺している。
「………二度と食堂で、昼食べない…」
彼女の呟きに苦笑いが浮かぶ。
「カレーうどん綺麗に食べるやつはじめて見たぞ!」
そこに、三神先生が表れた瞬間彼女は席を立った。
「ニッシー?」
彼女は顔をひきつらせて叫んだ。
「うわ~何だ?嫌がらせか?イケメンの前でカレーうどん食べるって罰ゲームか?誰か変わってくれー!」
そこで、初めて気がついた。
回りのテーブルに居た女子の集団が固まって居ることに。
「ニッシー、落ち着いて……カレーうどん食べよ!」
彼女はゆっくり座ると、一言も喋らずカレーうどんを食べ始めた。
しかも、カレーうどんを食べ終わると俺達にむかって食べた気がしないと言い残して去っていった。
回りのテーブルの女の子達が彼女を男らしいと褒めていたが、俺達は彼女を怒らせた事を反省せずにはいられなかった。
かなりイライラしたんでしょうね…
八尾は午後の授業………可哀想です……