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Our bloody longing  作者: 餅角ケイ
Flight and sentiment
4/4

#4




「きゃはははっ」




 真っ白な背景の中で二人の子どもたちが笑いあっている。

 たまに見る夢だ。一人はまだ黒髪だった頃の自分で、もう一人は親友。6~7才頃の記憶を辿っているのだろうか、二人の顔にはあどけなさが光っている。



 そう、あどけなさ。

 キラキラでいっぱいで、それは下手したら太陽よりも眩しくて、怖いもの知らずって面をして笑い飛ばす。それがあの頃の自分と彼。……いや、本当は二人とも一日中怯えていて、もしかしたら死んでしまうんじゃないかってくらい俺も彼も怖かったはずなのに。馬鹿な悪戯でも仕掛けるときのように笑いあえば、そんなことも見えなくなっちゃうから不思議だね。



 何も見たくない子どもたちは、小鳥のようにはにかんで。輝き続けていたその顔が、やがて少し寂しそうな微笑みに変わって……。そして、黙って身を寄せ合う。


 互いに傷つけ合った、脆い身体で。








 寮の自室、平たい床の上でサグラは目覚めた。

 緩やかな覚醒が彼の瞼を上げていく。頭にずっしりとした不快感があった。真夜中に外出した後、部屋に戻るのが遅くなってしまったからだと思った。寝不足だ。あの木の前で、ついついぼーっとしてしまったから。

 天井と目が合って確信する。やっぱりさっきのは夢。きらきら記憶の夜行列車……。



「いったあ……。背中痛い」

 頭部以外にも軽い鈍痛がやってきて、サグラは夢の世界に思いを馳せている場合ではなくなった。

雑魚寝した代償が帰ってきたのだろう。痛みに歪んだ声を漏らしながらそっとうつ伏せになる。


 昨日、自分と同じ世界から飛ばされてきたという少年を半ば強引に部屋へと案内し、泊まってもらうことにした。その際、いつも自分が使っているシングルベッドを彼に貸したのだ。中々ベッドへ移ろうとしない彼に苛立ちを覚えたが、無理やり連れて行って寝かせたのだった。



(オーセ、まだ起きてないのかな)

 寝不足の身体でサグラはおもむろに立ち上がる。若干の頭痛が響くものの、相手に悟られると一々説明するのが面倒臭い。努めて平気なふりをしようと思った。




 窓のほうを見やれば、オーセがすやすやと寝息を立ててベッドに収まっていた。

 寝る直前までギャーギャー騒いでいたような気もするが、何て言っていたのかはよく分からない。何か一人でヒートアップして、いつのまにか一人で爆発していたようなイメージだ。はしゃいだ反動でぐっすり眠れているのかな。


 それにしても、高校で会ったときと印象がかなり違うとサグラは感じていた。

 もう少し控えめというか、落ち着いていた気がするんだけど、オーセってあんな無駄に騒ぎ立てるような人だったっけ? だとしたらちょっと意外だ。


 だけど俺がミネラルウォーターで彼を助けたとき、彼は特に何も言ってこなかった。

 ……覚えてないんだろうな、高校の廊下ですれ違ったこと。



 まあ、どうでもいいけど。




 まだ時間には余裕がある。眠りにつくオーセを無理やり起こすこともせず、サグラはそんな彼の顔をただただ遠くから見つめていた。

 その目に特別な感情は一切含まれていない。方や相手を見つめたまま、方や眠ったまま二人の時間が過ぎていった。




 それからオーセの瞼がやや眠たげに開いて、既に視線を投げていたサグラとばっちり目が合った。

 朝一番から強烈な絶望感と不快感がオーセを沈めていくのだった。昨日のこと全てを思い出したからに決まっている。


「あ、おはよう。」

 作り置きのような笑顔をサグラに向けられる。無駄にキラキラしていて太陽みたいに頼もしく見えたこの明るさも、今となっては恐怖に感じるだけだった。

「どう? ちゃんと眠れた?」

 そっと顔を覗きこまれるも、オーセは俯いて無視を決め込む。てめーのせいで全く眠れなかったよと悪態をついてやりたいところだったが、自分でも驚くほどに寝ざめは良かった。


「あれ、せっかく昨日着替え渡しといたのに学ランのままで寝ちゃったの?」

 黙っていると困惑気味の声が降って来て、顔を上げて反論せずにはいられなくなる。

「お前がいきなり変なことしたからだろ……」

「変なことって。そんな大げさな」

 うるさい。俺にとっては大げさじゃない。オーセは胸中で悪態をついた。



 ……でもまあ、お前がそう思うならそれでもいいさ。


 オーセは一種の思考放棄に辿り着いていた。

 心地よく眠ることができたのはベッドを貸してくれたおかげだし、俺の認識する限りでは寝ている間に何かされたわけでもないし。単なる善意で一晩泊めてくれたことには感謝しなければ。


 だが俺とこいつは違う人種だ。俺は普通の人間で、サグラ(こいつ)はそうじゃない。違う人種なら、お互いが平和に暮らせるよう離れていればいい。ついあからさまに拒み、非難するために何か言いたくなるが、それを押し殺して金輪際避け続ければいい。余計なことは言わないに限る。気持ちの悪い異常者ということに変わりはないが、腫物には触らないようにするのだ。


 とにかく俺はこの部屋を出ていく。昨日心にそう誓ったのだ。これからどうするかは、出ていってからまた考えればいい。



「泊めてくれてありがとう。助かったよ」

 寝起き特有の整わない声で顔を合わせないようにして呟き、オーセは早々と起き上がった。よし、早く去ろう。身体一つでこの世界に来ていたのだから、まとめるような手荷物は一切ない。

 借りていたベッドを最低限整えてから、オーセは改めてサグラのほうに向き直った。


「じゃあそろそろ帰るわ。本当ありがとな」

 無駄に愛想を作るようなことはしない。礼だけを伝えて去る。ぽかんとしている金髪を尻目に、オーセはためらいなくドアへ向かった。



 ……だがそう簡単には帰してくれないようだった。


「ちょおーーーーーーっと待ったあ!」

「あ?」

 寝起きに出せる声量とは思えないくらいの声が響いて、サグラが目の前まで回りこんでくる。

 すぐさま自分の眉間に皺が寄るのを感じた。前を見れば、両手を精一杯広げつつブンブンと上下に振り続けている金髪の姿がある。

 何だ? ここは通さないぞっていうガードのつもりか?



「トイレは、洗顔は、歯磨きは!? お風呂は入んないの!?」

「え……」

 めちゃくちゃ必死になって叫ぶ内容がそれかよ、と拍子抜けしてしまって動けない。




 結局、全て案内されるがままだった。遠慮なく洗面台を使えと言われ「昨日は入る余裕なかったもんね。先に入っていいから」と慈悲深い顔(顔に似合わず背中を押す手の力は強い)で浴室まで通されて、オーセは今一人でシャワーに当たっている。

 途中で故意に戸が開けられてしまうハプニングを想定しながら怯えていたが、そんなことは起こらなかった。少し考えすぎだったのだろうか。


(どこいったんだよ、俺の固い決意は……)

 何だかんだ言って最初から彼に流されているような気がする。




 しかし、さっぱりして早々あの制服を見せられたときには、いくらなんでも抗議せざるを得なかった。


「はい、ちゅうもーーーーく」

 貸してくれたスウェットに着替え終わって脱衣場を出ると、満面の笑みでサグラが待っていたのだ。イチゴミルクのブレザーを持った手が近づき、そのまま肩にあてがわれる。

 昨日寮の廊下で見たものと全く同じやつだ。


「サイズぴったり! よかったあ」

「え、ちょいどういうこと」

 勝手に一人で納得しないでほしい。彼の言動の意図が分からない。


 置いてきぼりのオーセをからかうように、サグラが弾んだ口ぶりで宣言するのだった。


「注目ちゅうもーーーーく。オーセくんにはっ? 今日から俺と一緒に。毎日学校にいってもらいまあああああああぁ……っす! あ、もちろんウチの制服を着て登校だよ。今俺が持ってるのがオーセの分で」

「はあ!? いかねーよ!」

 もう最後まで話を聞いてる場合じゃない。反論すべき時にきちんと反論しなければ、またさっきのように流されてしまう。


「何言ってるの、勉強は学生の本分でしょ。オーセ俺と同い年なんだから」

 はあ……。

 オーセは頭を抱えて溜息をついた。

 ここでそんな正論を持ち出されても困る。俺は元の世界に帰る方法を考えなくてはいけないのであって、のんびり学生をやっている余裕なんてない。


 それにサグラは言っていた。なぜか男しか存在しないこの世界において同性愛は普通のことであり、彼もまたその一員であると。

 こんな世界に建つ学校の生徒なんて絶対ロクな奴いないだろうし、今目の前にいるこの同性愛者とも行動を共にしたくはない。いつ何をされるか分かったもんじゃない。



 こんな世界があること自体おかしすぎる!

 そう非難したくなった口を一旦閉店させ、オーセは頭の中でなんとか上手いこと言葉をまとめようとした。落ち着け。余計なことは言わないってさっき自分に提案しただろう。


 よし、まとまったぞとオーセは再びサグラに目を合わせる。

「学生の本分つったって、今そんなことに従ってる場合じゃないんだよ。お前はどう思ってるのか分からないけど、俺は1秒でも早く元の世界に戻りたいって思ってるから。だから、その為のこととか、それまでここで一人で生きていく術を考えたりしなきゃいけないからさ。学校なんかいってる場合じゃないんだ。……それに、もっと初歩的な問題だってあるだろ」

「初歩的な問題って?」

 サグラは首を傾げるも、のんびりとしていた。


「編入の手続きとか、それにかかるお金のこととか、勉強に必要な道具とか。俺、金も勉強道具も何も持ってないし。……だから、とにかく無理」

 まあこれくらい言っておけば大丈夫だろう。




 サグラは顎に手を添えてしばらく固まったままでいたが、


「ん、なーーるほど!」

 返ってきたのは想像もつかない一言だった。

「そこが気になっちゃうとは、さすがオーセ。やっぱりクール! 俺も気づかなかったなあ」

「はあ?」

 随分的外れな褒め方だとオーセは感じた。どこがクールなのか全くもって意味が分からない。



「でも安心して。この制服含め、必要な勉強道具、お金、それから部屋。とにかくオーセの学生生活に必要なものは、全部無償で借りられるようにしとくからさ」

「は? それどういう……」



 途端に距離を詰められオーセは言葉を失った。

「何が起きたって大丈夫だよ。ね、オーセ」

 柔らかそうに見せかけた両目の奥底から、一切の有無を言わせない権威の眼光が漏れ出している。

 この感じ、どこかで――。



 しかし本格的な恐怖を感じる前に、サグラはまた元のすっからかんとした調子に戻っているのだった。

「まずは7時25分までに食堂だからねっ! はいはい、じゃあオーセもこれ着て、ぱっぱっと準備しちゃってーー!」

「いや、だから俺ムリ……」

「もうオーセったら。そんなに着替えが嫌なの?」


 当初サグラは呆れていたが、やがて目元に影を浮かべながら、指先をウネウネさせて不吉な笑みを見せ始めた。

「そ〜うだ。だったら今すぐ俺が脱がせてあげようか? なあんて……」

「アッイイデスジブンデヤリマスカラ」

 途端に無感情モードになってしまったオーセは、床に置かれていた制服をもぎ取るように奪い取って背を向けた。


「冗談なのにぃ〜〜」

 サグラが遠くで頬をぷくぷくさせながら立腹しているが、オーセにとっては知ったこっちゃない。何より本物の人が言うと一切冗談には聞こえない。



 ーー本当、昨日からこの得体の知れない金髪に振り回されっぱなしだ。

 オーセはこの状況に心底絶望していた。まさかあれだけドン引きさせられたイチゴミルクのブレザーに、自ら率先して袖を通すことになるなんて。心の中にある大事な何かを止むなくへし折ってしまった気分だった。


「うん、似合ってる似合ってる」

 本当にそう思っているのか疑問に思うほどの口調だったが、オーセにとって今そんなことはどうでもいい。

「じゃあ行こっか。朝ごはん楽しみだね!」

 相変わらず元気の無駄遣いをしているサグラの隣で、すっかり無抵抗になったオーセは腑抜けた顔で寮内を歩いていた。



 これからどうなるんだ、俺………………。


 終わりの見えない絶望感の中を漂流している今のオーセでは、この世界の全体像が解明されることなど到底ないのだった。




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