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Our bloody longing  作者: 餅角ケイ
My bizarre entry
1/4

#1


※主人公が同性愛嫌悪者であるため序盤において一部差別的な表現が含まれますが、そのような方々を中傷する意図は一切ありません。以上のことを踏まえて読んでくだされば幸いです。

 大変なものを見た。

 雲ひとつない爽やかな空の下でまさか死体と対面するなんて、思ってもいなかった。



 事の発端は昼休みである。野外グラウンドで行われる五限目の体育に向けて大間正義(おおませいぎ)は一足先に外へ出た。

 生徒玄関を出て三歩。張り詰めた悲鳴が大間の鼓膜を突き破っていく……。


 今、思う。その悲鳴を聴いていなければ、何も狂わずに済んだのか。果たして奇怪な世界に迷わずに済んだのか。しかし下劣な好奇心には勝てなかった。

 決して入ってはいけない世界に、踏みこんでしまったのだった。



「あ、あそこ。あそこに人が」

 悲鳴の発信源はすぐに見つかった。女子生徒が華奢な体を震わせながら、自分に言い聞かせるように譫言(うわごと)を繰り返している。一体何事かと、既に周りには大間と同じ類の野次馬が群がり始めていた。

「ああ……」

 遠方を見るなり無意識に哀愁の声が漏れる。同じ野次馬の中でもいち早く駆けつけた身分であった為に、大間は最前列でそれを目にすることができていた。



 大木で生徒が首を括って死んでいる。

 太い幹の隣、紐から宙にだらりと浮かぶ死体は間違いなくこの学校の男子制服を纏っていた。靴もそのまま履いてある。しかし青でも緑でもなく赤いラインが入った学校指定の上靴は、ほぼ大間と歳が違わないことを意味している。


 同学年か……。

 目の前で浮いているのが誰なのかは分からないが、彼も同じ受験生なのだと分かった途端、ますます胸に来るものがあった。

 まず自分のクラスにはいないし、面識こそなかったがどこかで見たような気もした。知らないうちに廊下ですれ違っていたのかもしれない。


「ほら、下がって下がって」

 異質な大声に気を取られて背後を向くと、どよめく群衆の塊から大人たちが隙間を縫うようにしてやって来た。大間に声をかけたのは担任だが、他学年の教師たちまで揃っている。総動員のようだった。

「大間! 大丈夫だから、大丈夫だからな? だから下がろう」

 何が大丈夫なのかさっぱり分からなかったが、担任に腕を捕まれていそいそと退場させられた。


 最前列から強制連行される中で、色々な声を聞いた。パニックを起こして泣き出す生徒の声。受験のせいじゃないかという勝手な推測。可哀相だと嘆く同情。

「授業できる状態じゃないから、とりあえず教室に戻れ」

 適当に外野まで放り出された後、担任は再び輪の中に入っていった。教師陣による喚起のせいか、固められた群衆もだんだんと溶けていった。もうすぐ警察が来るのだろうか。



 見てはいけないものを見てしまうのは人間の性だ。それも視力が冴える大間にとっては尚更の事。


 振り返って、少し遠くなった大木を見た。

 首に紐を食いこませ、少年はまだ宙に浮かんでいる。外国人を思わせる黄金色の髪が太陽光を眩しく反射し、風になびいた。


 こんなにも天気のいい日にーー。

 澄み渡る青空の下、彼は一体何を抱え自殺に至ったのだろう。



 一拍置いた直後、恐怖の釘が全身を突き刺し、瞬く間に激情が流れ出した。


 ほとばしる執着で見開かれた死人の黒目が、凍りつく大間の瞳をしっかりと捕らえていた。







 寝そべったままの状態で右を見れば花が咲いていたし、左を見れば蝶が飛んでいた。

 それでも好きで仰向けになっているのではない。上手く伝わるか分からないが最初からこうなっていたのである。知らないうちに眠っていたらしく、目覚めると今の体勢だったのでそのまま地に身を委ねていた。


 適度に茂る草の絨毯が心地よいと感じるものの、大間にまとわりつく違和感は消えなかった。

 草木に花、それに蝶。どこにでもありそうな風景……いや、空だけは違う。パステルカラーのようなぼんやりとした黄緑が大気を包みこんでいた。黄緑の空なんて大間は見たことがない。というより、全体的に淡い印象を受ける。

 半身だけを起こすと、溢れる自然の中に一本道を見つけた。その一方で人や人工物の気配はない。



 まったくもって知らない場所だったので、大間は困惑した。自分はどのようにしてこの場所にやって来たのだろう。一体いつのまに眠ってしまったのだろう。



「少し歩いてみるか」

 知らない土地でいつまでもぼうっとしているのは怖い。動けば何か見つかるかもしれないじゃないか。そう思うと、先へと続く一本道が自分に対する(いざな)いに見えてくる。

 ようやく二本の足で立ち上がり、唯一草が生えていない土の道を大間は歩きはじめた。現在地不明という一抹の不安を背負いながら。

 だがそんな思いはものの三分で吹き飛ばされることとなる。



 人だ、それも一人じゃない!

 自然一色だった景色が足を進めるごとに街らしくなっていき、ついには人影を見つけることに成功したのである。

 見慣れない学生服らしきものに身を包んだ男二人が、物陰で何かを話しているようだった。つかず離れずの距離だが、他の二人はまだ気づいていないようだ。木陰にいる大間のほうに彼らの視線はやって来ない。


 とにかく人がいてよかった。

 憂えていた心が、少しだけ軽くなった気がする。

「あの……!」

 緊張交じりに駆け出した、その時だった。



 持ち前の視力の良さで、大間は目に映してしまったのだ。目の前で見てしまったのだ。



 男と男が、互いの唇を繋ぎ合わせる瞬間を。



「おえええぇええええッ!」

 大間は吐いた。思わずその場に崩れ落ちて、盛大に吐いた。


 ここで唇を離した二人が第三の存在に気づく。



 心が軽くなったなんて嘘だ。逆だった。目の前の奴らのせいで、再び奈落の底に落とされた気分だ。気持ち悪い、不快以外の何物でもない。

 威嚇のつもりで大間は二人を睨みつけたが、相手方は怒る素振りも怯える姿勢も見せなかった。むしろ何をそんなに熱くなっているんだと呟くような戸惑いの目で、背中を向け無言で去っていく。




「何なんだよマジで気持ちわりい……」

 吐瀉物のせいで口腔にも酸味が残って不愉快だったし、それ以上に精神衛生がひどく汚染された。

 一つだけ良かった点を搾り出すのなら、俺が本格的に話しかける前にあいつらがホモだと判明したことが救い、という点だ。もし、そうと知らず奴らとつるんでしまっていたら、肉体的に何をされるか分からなかったであろう。


 いくら社会がテレビなどでオカマの存在を容認しようとも、昔からそういった類のものは生理的に駄目だった。なんでそんなこと思うの? とクラスの女子に訳を聞かれることもあったが、そもそも本能に向かって理由を問いただすこと自体が間違っている。

 気持ち悪いものは気持ち悪いのだから仕方がない。



 そんなことより、ここは一体どこなのかを理解しなければいけないと大間は悟った。口の中を吐瀉に翻弄されている場合ではない。

 どうにかして他の住人を見つけなければ……。


 一度は崩れ落ちた膝を立て直したとき、首元に冷感を感じて大間は振り返った。

「つめた……っ」


 これまた別の男が前に立っている。

 犯人は間違いなくこれだ。男はミネラルウォーターが入ったペットボトルを手に持ち、見せつけてくるのだった。


「ねえ、さっき吐いてたみたいだけど大丈夫? とりあえずこれで口ゆすぐといいよ。ほら」



 子犬のような屈託のない笑顔だった。

 西洋を想起させる黄金色の髪が風になびいて、大間はこの世界の始まりを迎える。


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