四話
「や、槍だ」
「は……?」
「槍を寄越すんだ!」
「は、はい!」
握り締めた拳をわなわなと震わせながら、カドケゥスは横にいる兵士に怒鳴った。その目は死んだように見える生き物に釘付けである。
「カドケゥス?」
「ご安心ください、パヴェッタ様。これはおそらく死んだフリでございましょう。知能が高ければそれくらいの演技をしても不思議ではありませぬ」
「そ、そう? ……確かに金貨千五百枚ですものね。それくらいのことはしてもおかしくないかもしれないわ」
「そうですとも!」
カドケゥスは切羽詰まった人間に特有のカン高い声で叫んだ。
「今すぐ私が起こしてご覧にいれましょう!」
もし本当に死んでいたら職を辞し、まずは碌でもない差配人を殺した後、隣の国主を暗殺にいこう、と思った。それしか責任を取る方法はない。心残りはツァーリの花嫁姿を見れないことだが、代わりに奴等の死装束を拝むのだ。
「さ、お嬢様。ここは危険です。下に降りていてください」
槍を受け取って箱の中に乗り込んだカドケゥスは、先に中に入っていたツァーリにそう言った。
「槍で刺すなんてかわいそう。もう死んでるのに」
「め、滅多なことを言わないでください。まだそうと決まったわけではありませぬ。それを今から確かめるのです」
「もう死んでるのに……」
「………」
「ツァーリ。こっちにいらっしゃい」
動かない娘をパヴェッタは呼んだ。刺した途端起き上がる可能性がある以上、箱の中に置いておくわけにはいかない。
後方を確認したカドケゥスは、兵士に手渡された槍を真っ直ぐに構えた。
「それではいきます。――っふ!」
鼻から呼気を吐き、加減して槍を突き出す。
槍は人間である部分の肩に、ぐさっと食い込んだ。傷口から粘性のある白い液体が溢れ出て、穂先をつたって滴り落ちる。
「……どうだ?」
「……う」
刺さった瞬間生き物の体が微かに跳ね、その口から確かな呻きが漏れたのをカドケゥスは見逃さない。
「――生きてる! 生きていますぞ、パヴェッタ様!」
カドケゥスはとても嬉しそうだ。これほどまでに感情を表に出す彼を見たのは、皆初めてだった。
「……そのようですね。でもどうして動かないのでしょう?」
「どうやらかなり弱っているようです」
「餌をやらなかったからだよ! 餌をやらないと死ぬんだから!」
「どちらかと言うと渇きのせいでは? 人間であっても水さえあればそう簡単には死にません。ましてや運動できない箱の中です」
カドケゥスはファッツに向かって頷く。そして兵士に命じた。
「桶に水を汲んでこい」
「はっ」
パヴェッタとファッツ、そしてツァーリは再度箱を覗き込み、傷の具合を確かめると、
「手当てをしたほうがよさそうです」
「いえ。それは止めておいたほうがよろしいでしょう」
「何故です?」
「いつ死ぬかわかりませぬゆえまず水を与えますが、そうすると暴れだすかもしれません。それに人ではないのですから、この程度の傷はすぐに治るでしょう」
「……その自信はいったいどこからくるのでしょうかね」
パヴェッタは呆れたように言った。つい最前もタカを括っていたばかりに死なせそうになったというのに……。
「正しくはこれくらいで参ってもらっては困るということです。これから先のことを考えますと、この程度でいちいち手当てをしていてはいくら薬があっても足りません」
カドケゥスは兵士が持ってきた桶を受け取ると、半分程を買ってきた生き物の顔にかけた。そして桶を顔の横において様子を見る。
下半身は蠍、上半身は人間の男は、口元から赤い舌をちろりと覗かせ、唇を舐めたかと思うと瞳を見開いた。
カドケゥスは素早く距離をとる。おかしな動きをしたらいつでも刺せるように槍の穂先を向けて警戒する。
皆が見ている前で、生き物は桶に震える手を伸ばし、顔ごと突っ込んで水を飲んだ。人が飲むには多すぎる位の量が残っていたにも関わらず全て飲み干し、口から水気を含んだ息を吐く。そして、枯れていた花が生命を取り戻すかのように脚に活力が漲り、硬い脚先がしっかりと床を捉える。尾は芯が通ったように重力に逆らって高々と掲げられ、鋏は獲物を望んでいるかの如く大きく開かれた。
「………」
誰に言われるでもなく、皆、後ろにさがる。
しかしながら、その生き物が急に襲いかかってくることはなかった。持っていた桶を放り出すと何を考えているかわからない瞳で周りの人間達を眺める。頭髪は下半身と同じで黒く、濡れて垂れ下がっている。身体は大きかったが、太っていたり鍛えられて大きいという感じではない。獣の頭部を持つタイプがそうであるように、下半身とバランスを取ったという風であった。
カドケゥスはその生き物の瞳から知性を読み取ろうとしたが、その目は茫洋としており、どこを注視しているかも定かではない。わざとやっているのか、それとも頭は単なる飾りなのか、はたまた弱っていて思考がまとまらないのか――
どちらにせよ、今この場で結論を出すのは早計だ。
「パヴェッタ様、大広間で今後のことについて話し合いの場を設けたいと思うのですが」
「わかりました。それと、その前に何か食べさせておいたほうがいいのではないかしら?」
「……そうですね。念の為に少し与えておきましょう」
「わたしがやりたい!」
ツァーリが大声で立候補したが、カドケゥスはパヴェッタは顔を見合わせ、首を横に振った。そして、
「お嬢様の手を汚すわけにはいきません。――おい」
と兵士を呼び、厨房から残飯を持ってくるよう命じる。
断られたツァーリは頬を膨らませた。
「残飯なんか食べないと思う。この生き物はきっとお肉が好きなはず」
「あら。どうしてそんなことがわかるの?」
「見ればわかるよ。凶暴そうだもん」
「そう? 私には優しそうなお顔に見えるけれど……」
「お母様。こういう時は体を見ないとだめなんだよ。あのはさみとか、尻尾とか、相手をつかまえるためにあるんだから」
その言葉を耳にした周りの大人達は思わず唸った。なるほど一理ある。当たっているかはともかく、主張に根拠を添えるのは相手を説得する正しいやり方だ。
「お嬢様は頭が良いですね。将来が楽しみです」
賞賛の瞳で凝められ、少女ははにかむ。
「しかしそれならば大丈夫でしょう。残飯には肉も入っている筈ですから」
「なら大丈夫だと思う」
ツァーリは得意気な顔でカドケゥスを保証した。
しばらく待つと残飯を取りに行った兵士が桶を片手に走ってくる。
「カドケゥス様。家畜の餌にしてしまって残飯はもう残ってないそうです」
「ならばその手に持っているのは何だ?」
「ちょうど捌き終わっていた豚があったので、内臓を少し分けてもらいました」
「ふむ。どれどれ」
桶の中を覗き込んだカドケゥスはうっ、と鼻白んだ。白と赤が入り混じった中に垣間見えるどす黒さ。凄まじく生臭いうえ、蝿が集っている。
「食べたら死んでしまうのではないのか、これは?」
「野生では腐肉を食う生き物は少なくありません。おそらく問題ないと思われます」
「ふぅむ……」
迷ったカドケゥスはツァーリに目を向けた。先達としての経験はあまり役に立たないと思い、子供の素直な感性を信じることにしたのだ。
「お肉なら大丈夫だよ!」
ちゃっかりと母親の後ろに退散していた少女が鼻を摘みながら力強く答えたので、用心しいしい桶を手に近づく。片手でなるべく顔から離すように持ち、自分と相手の中間よりも少し向こう側に置いた。
「………」
皆固唾を飲んで見守るが、生き物ががっつくことはなかった。それどころか、距離を取ろうとしているように見える。
自然、大人達の目はツァーリに向けられる。
「みんながじっと見てるからかな。恥ずかしがり屋さんなんだね」
――なるほど一理ある。またしても大人達は思った。
「ではしばらくこのまま放っておきましょう」
カドケゥスが外に出て言うと、兵士達が箱の扉を閉め、しっかりと錠をおろした。
兵士を見張りに残し、解散する。パヴェッタ、カドケゥス、ファッツの三人は館へと向かった。
残されたツァーリは箱と母親の背中を見比べる。
「……うーん」
生き物が心配だったが、これからどうするかの会議へは出ておいたほうがいい気がした。初めて飼う生き物なので誰もが未経験者だ。きっと役に立てるだろう。それに箱の中身は逃げないし、何をしているのかもわからない。
ツァーリは我慢強さを発揮して箱に背中を見せた。後ろ髪が引かれる思いだったが、これが大人というものだ。
「お母様! 会議へは私も出たい!」
「あら。――いいですよ。そのかわり条件があります」
「なに?」
「明日からは胡瓜も残さないで食べること、です」
「えぇ…」
「食べないならあなたは新しくきた生き物へは餌やり禁止ということで」
「えぇ!? なんで!?」
「あたりまえでしょう? 餌をやる人が好き嫌いしていて、それが伝染ったら大変ですからね」
「ば、ばれなきゃ大丈夫だよ! わたし食べるとこ見せないもん!」
「ばれますよ」
「なんで!?」
「だって私が教えますもの」
「そんな……。で、でも! きゅうりは栄養がないんだよ!? その分他のものを食べたほうが体にいいと思うの! きゅうりを買うのはお金がもったいないし!」
パヴェッタはファッツとカドケゥスをぎろりと睨んだ。余計な知識を教えたのはどっちだろう。
ファッツはどこ吹く風と平然としているが、カドケゥスがそれとなく目を逸らした。――彼だ。
カドケゥスには後で注意をすると決めて、とりあえず娘の相手に戻る。
「胡瓜には栄養があります。誰から聞いたかは知りませんが、それは間違った知識ですね」
「えっ。でもカド――じゃなくて、大人の人がそう教えてくれたもの。きゅうりだけを食べさせてると死ぬんだよ。水でできてるから」
「間違った知識を教えるとは、その大人の人は悪い人です。その人とは今度からは話をしてはいけませんよ」
「………」
ツァーリは目だけを悪い大人のほうへ動かした。カドケゥスは頼りになる大人だが、母親と彼、どちらを信じるかと問われれば、勿論母親である。
「……明日からきゅうりも食べる」
ツァーリは渋々了承した。しかしこれで会議に出ることができる。すぐに抑えきれない笑顔がこぼれる。
ツァーリが会議に出るのは初めてであった。他の隷獣がきた時にはまだ小さくて選択の余地はなかったし、最近はお金を貯めていたので購入されなかったからだ。しかも金貨千五百枚の生き物である。責任は重大だ。
大広間に場所を移した四人は、使用人に大きな木の板を持ってこさせ架台の上に設置させた。そして清潔な白いテーブルクロスを敷かせてベンチに腰掛ける。ファッツが年をとった女性の給仕に、飲み物とお菓子を持ってくるよう言った。
この家の構成はパヴェッタを頂点に、内をファッツが、外をカドケゥスが担っていた。それぞれの下には補佐をする人間はいるが、会議はほぼこの面子で行われていた。元々はパヴェッタの夫である前の国主が、下の者の意見を気軽に聞くために設けた場であり、本人が死んだ今もそれがまだ続いているのだ。今日はそれにツァーリもいる。
カドケゥスが聞く準備が整った三人に口を開く。
「まずやるべきことは、あの生き物の名前を決めることと、知能レベルの把握です」
これは造る小屋の強度に関わってくるうえに、狩猟組合に登録する時の費用の目安となるからだった。
組合は全ての国が唯一共同で作った組織で、本来この大陸にいない生き物に住みにくい世の中を提供することと、問題が起きた場合の責任追及を逃れることを目的としている。これはつまり、生き物の知能が高ければ事実を述べるだけで逃亡を未然に防ぐことができることを意味していた。
登録していて逃げ出した隷獣は、所有権が組合に移動し、組合はそれに懸賞金をかける。そしてそれを猟士が狩るのだ。その組合は情報の売買と狩られてきた生き物を転売することで運営費用を賄っている。
一見登録しないほうがいいように思えるが、そうしなければ逃げ出した隷獣が国境を越えて暴れ回り、それが戦争の火種になることもあるし、適切に管理していて盗まれた場合でも地力で取り戻すしかなくなるのだ。
「はい!」
ツァーリが勢いよく手をあげた。
「わたしはあれは霊獣だと思います!」
「ほう。お嬢様、何故そう思われますか?」
「強そうだし、頭が人だからです!」
「頭が人だからといって知能が高いとは限りませんぞ。もしかするとあれは飾りかもしれません」
「じ、じゃあ本物の頭は……?」
「体の中にあるかもしれませんね」
ツァーリは目を丸くして驚く。そんな生き物が果たしているのだろうか。
「本当のところは調べねばわかりませんので、こちらは明日にでも私が他の隷獣とともに調べておきます」
「私も参加したい!」
「……いいでしょう」
カドケゥスはパヴェッタに目でお伺いを立ててから返事をした。
「それで、これは私見なのですが、知能が低かった場合は魔獣のランクで、高かった場合は霊獣の下位辺りに食い込むのではないかと思っています」
「なんと! 賢獣ではないのですか!?」
「四足の獣ならそう推測したかもしれません」
意外そうに質問したファッツに答える。
「しかし人と同じ二本の腕がありますから。これは大きい。武具の扱いに習熟させればただの獣とは一線を画した戦闘力になるでしょう。逆にいえば知能が高くなければ腕は意味がありませんから、その場合は幻獣ではなく魔獣止まりでしょうな」
「し、しかし霊獣の登録料は高いですぞ! なんとか賢獣の範囲内で収まりませんか!?」
「……いったいどうすればそのようなことができるのか、わかりかねるが」
「頭を少し殴るのはどうかね? それで調整できないのかね?」
「できるわけないだろう。もし加減を間違って死んだらあなたが弁償するのか?」
「そ、それは無理だが、同じように霊獣の登録料も出せないぞ。それどころか魔獣の登録料だって出せるか怪しいものだ」
「――ごめんなさい、ファッツ。貴方にはいつも苦労をかけます」
ファッツの台詞を聞いたパヴェッタは申し訳なさそうに顔を伏せた。
「お母様をいじめないで!」
「――は? い、いえいえ、私は別にそのような意味で言ったわけでは――」
「愚痴を言ったところで金が湧いて出るわけもなし。今は金のことは忘れましょう」
カドケゥスは手を叩いて注目を集め、
「私はすぐに登録に行くといったわけではありません。組合が実際どう判断するかはその時になるまでわからないのですから、あくまでの目安として用意しておけばいい金額を言っているのです」
「では登録を後回しにするつもりなのですか?」
パヴェッタは心配そうな顔つきになる。逃がさないようにするのは当然だが、それをやっていても起こる問題があるのだ。
「麓の町に人をやって旅人の出入りを監視させましょう」
「それだけで大丈夫でしょうか」
「確実とは言えませんが、まさか組合に頼むわけにもいきませんから。しばらくはここへの出入りも厳しくし、警備の数を増やします」
「……そうですね。ない袖は振れませんもの。――ごめんなさい、ファッツ」
「お母様をいじめないで!」
「パパパ、パヴェッタ様! 絶対にわざと言ってますでしょう、それ!?」
カドケゥスは気付かれぬよう溜め息をついた。ツァーリはともかくとして、パヴェッタとファッツもまるでわかっていない。笑い話ではないのだ。カドケゥスは昔は猟士だった。だから闇猟士の汚さを知っている。奴等は獲物を手に入れるためならどのような卑怯な真似も行うのだ。そしてパヴェッタが高額な買い物をしたことは既に隣の国主の知るところで、あの男は今頃闇猟士に依頼している可能性が高い。このことは後で釘を差しておかねばならないだろう。
「それではお茶でも飲みながら名前を考えましょう」
これはいい考えだと手を打ち合わせ、パヴェッタが提案する。
「賛成します!」
「……まぁ、とりあえずはできることからやっておきましょうか」
「今日のお菓子はナッツケーキですぞ!」
召使いが香辛料入りのワインを注ぎ、ツァーリの前にはぶどうジュースを置いた。ファッツが嬉々としてケーキを切り分ける。
「あ! それわたしの!」
ツァーリが大きな声で主張し、大きめに切られたケーキを指さした。
にこにこと微笑んでいたファッツの瞳が、氷の冷たさを帯びる。
「いけません、お嬢様。小さい時から甘い物ばかり食べてると私のようになってしまいます。これは私のでしょう」
そう言ったファッツは二番目に大きいのを少女の前に置き、
「パヴェッタ様も健康のために控えたがよろしかろうと思います。それにカドケゥスも職務柄、贅肉がついてはいけませんからな」
小さいのをパヴェッタとカドケゥスの前に置く。
「一家の健康を考えるのが家令の務めです」
「――お母様! 家臣なのにファッツが!」
「………」
母は嘆く娘に対し、諦めたように首を横に振った。少女は悔しげにぎりぎりと歯を食いしばり、テーブルの向こうの太った男を睨みつける。
「それではいただきましょう」
ファッツは平然とした態度でスプーンを刺した。そして一心不乱に口へと運ぶ。
パヴェッタは娘の気を逸らすため、話を振った。
「ツァーリ、あなたはどんな名前がいいと思う?」
「え? そうね……。強そうで格好いい名前がいい」
「例えば?」
「ファックとか」
「――ブホォッ」
ファッツとカドケゥスが口の中のものを吹き出した。
「ツァーリ! いったどこでそんな言葉を覚えたんです!」
「……カドケゥスがお庭で叫んでた」
珍しく本気で怒った風の母親に、少女は正直に答える。
「いいですか! 二度とそのような言葉を話してはいけませんよ! 今度言ったら家を出て行ってもらいますからね!」
「……ごめんなさい」
「……わかればいいのです。私も強く言い過ぎました。悪いのはあなたではないというのに」
――そう。悪いのは全てカドケゥスだ。彼とは話すことがだいぶありそうだと、パヴェッタは思った。
「強そうで格好いい名前というと、マッスルとかどうでしょうか」
雰囲気を変えるため、パヴェッタは自ら提案する。
「いい名前です」
カドケゥスが一も二もなく賛成を表明した。
「さすがはパヴェッタ様。素晴らしい感性をお持ちだ」
「あなたは後で部屋に来るように。話があります」
「……はい」
カドケゥスは叱られた子供のように項垂れ、ファッツとツァーリは必死で笑いを堪えた。
「しかしこれで決まりましたね。あの生き物の名前はマッスルということでよろしいかしら?」
「だめだめ! そんなヘンな名前!」
「あら? 私に逆らう気ですか、ツァーリ」
「マッスルなんて絶対だめだから! そんな名前呼びたくない!」
「でもカドケゥスは褒めましたよ?」
「じゃあカドケゥスの名前をマッスルにすればいい!」
「それはいい考えです。じゃあそうしましょう」
「お待ちください!」
カドケゥスは慌てて親子の会話に割り込んだ。
「よくお考えを! 町中や他の国主の前で私を呼ぶ時を想像してみてください! 笑わない自信がおありですか!?」
「……あなたが私の感性をどう思っているかよくわかりましたよ、カドケゥス」
「い、いや! 私はパヴェッタ様のことを思って心を鬼にしているのです! 公の場で名前を呼ばれ、最終的に恥ずかしい思いをするのは主人であるあなたなのですから! 私個人としてはマッスルはとてもいい名前だと思っていますが!」
「まあ、そういうことにしておいてあげましょう。でも後で部屋にはくるのですよ」
「……はい」
この後もいろいろな案が出るが、結局四人の意見が一致することはなく、時間だけが過ぎていった。
やがて、仕事があるのでファッツが去り、次にはカドケゥスも去る。残された二人は対照的だった。
「仕方ありませんね。今日はこのくらいにしておきましょうか」
「えぇ。まだ決まってないのに……」
「急がなくても逃げたりしませんよ。それに時間をかけたほうがいい結果が出ることもあるものです」
「でも今日決めたいんだもん……」
「なら夕食までに決めておいて。食事の時に聞くわ。それでいい?」
「うーん……」
諦めてそうしようと思ったツァーリ。しかし不意に素晴らしい閃きが舞い降りてくる。自分達でいくら決めようとも、本人が嫌がっては意味がない。つまり、あの生き物は頭が良さそうなので直接聞きに行くのだ!
「お母様! 発表するのは明日でもいいかな!?」
「勿論構いませんよ。でも夜更かしして考えるのは駄目ですよ?」
「わかってる!」
勢いよく返事をし、椅子を蹴るように立ち上がると自分の部屋に走った。
――夜のための準備をするのだ。




