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一話

 彼はいつも酒を飲み、同じ時間に布団に入る。そして同じ時間に起床して、同じ場所に向かい、同じ仕事をする。

 ――前日もそうした筈である。

 しかし目覚めは最悪だった。

 始め、彼は自室で目覚めたと思っていた。しかし、視界がはっきりする前に彼の周りから叫びがあがる。――彼の知らない言葉で。

 じゃらじゃらという金属同士が擦れる音が聞こえ、彼が頭の中に周囲の情報を取り込もうとするのを邪魔するように手や足に衝撃が走る。

 彼はパニックになった。寝起きに水をかけられたに等しく、衝撃の強さ、回数、視界の高さ、人の数、あらゆる物事が理解の外にあったのだ。


「止せ! 止めろ!」


 彼は思わず叫んでいた。反射的に腕で頭を庇い、顔を伏せる。そこに的を外れたか、鎖がごつごつとぶつかり口から悲鳴が漏れた。

 とにもかくにも自分の置かれた状況を把握しようとした彼は、鎖がとんでこなくなったのを見計らい伏せていた顔をあげる。

 ――その瞬間、手や足が横に引っ張られた。

 それは有無を言わせぬ力と勢いで、自由が奪われようとしていることを知った彼が腕に力を込めると、周囲の人間が喚き立てる声が大きくなった。

 そうやって抵抗しながら彼は周囲に目を向けた。そして驚きに口をポカンと開け放つ。

 いったい何がどうなっているのか。周りに大勢いる人間達は彼の眼下だ。そして数が多かった。数人から十数人くらいだと考えていた彼は驚く。下手をしたら三桁になろうかという数であった。

 しかも彼等は物々しい鎧を身につけている。そして数人がかりで何本もの鎖を引いているのだ。鎖は全部彼の方に伸びていた。

 周囲の様子が少しなりともわかった彼は閉塞感を感じた。天井は遥か頭上にあって室内はかなりの広さがあるものの、四方を灰色の壁に囲まれており簡単には逃げ出せそうにない。出入り口と思しき扉は大きかったが落とし格子でしっかりと床に突き立っていた。窓は一つもなく、壁の窪みにズラリと置かれたランプが唯一の光源だ。

 彼が身動きするとそれに合わせて大勢の人間が動く。大声で喚き立て、鎖に取り付く人間の数が増えると手足が引かれる力が強くなっていった。

 彼は背中の一部が引っ張られるのに似た感覚を覚えた。咄嗟に首を回し背後を振り向いた彼の視界に入ったのは、黒褐色をした長い胴体とその末端から長く伸びた、節くれだらけの尾――としか形容できないものである。その先端は、仮に上に向かって伸びていれば彼の目線よりも高かったかもしれないが、今はほぼ彼の腰と同じくらいの高さだ。

 人はあまりにも予想外の光景を目にすると、驚くよりもまず放心する。彼もその例に漏れなかった。

 ――一時、彼は状況を忘れた。そして屈強な男達が声を合わせて引っ張ると、彼の足は石畳の床に線を引きながら外側に開いた。

 彼の心が胸のうちに戻ってくる。だがそれは、荒れ狂う海に小船を浮かべたようなものだった。なんと引き摺られた足の数が八本だったのだ! どうしてそんなことがわかるのかと自問しても、自分の足だからとしか答えようがないほどに確信がある。それになんといっても足のつけ根が痛かった。  

 目線が一段低くなり、彼は腹に冷たく硬い感触を覚える。男達が掛け声とともに背中にズカズカと乗り込んできて、容赦なく身体を踏み躙りながら――言い方はおかしいが――彼の方へ近寄ってくる。

 彼は恐怖を抱いた。男達の剥き出しにされた黄ばんだ歯や、兜の隙間から見える釣り上がった瞳が恐ろしいし、なにより手に持った棍棒は、どう見ても肩たたきに使うとは思えない。

 彼が命の危機を感じるのとほぼ同時に後ろのほうで鋭い叫び声があがり、彼に迫ろうとしていた棍棒を持った男が顔を後ろに向けた。

 鎖とそれを掴んだ人諸共に跳ね上がった尾が、驚きに身を硬くした男の背にぶすりと突き刺さる。

 男は顔を前に戻したが、その表情には彼と同じく驚愕が張り付いていた。

 しばし、彼と男は凝めあった。――が、男の大きく開いた口から泡混じりの赤いものが吹き出し、その身体ががくがくと痙攣する。

 尾が再度引っ張られると、刺さったままの男も一緒に消えた。

 彼には尾の行き先を気にしている余裕はない。いなくなった者の代わりとばかりに別の男が棍棒を振り上げて迫っていたのだ。仲間がやられたからか、その男の顔は怒りに歪んでいたが、それは彼にとってはどう考えても理不尽なものだった。

 どうにかしなければ――と思った彼。尾が身動ぎしようとするのを感じたが、今度は助けにきてくれることはない。反射的に腕で頭を庇おうとするが、両腕も動いてはくれなかった。

 ――今や彼は完全に動きを封じられていた。男の棍棒が視界の中をゆっくりと迫ってくる。それはまるで泥の中を進んでいるようで、彼は十分な余裕を持ってそれに対処出来た筈であるが、文字通り手も足もでない状態では如何ともし難い。

 棍棒は彼の左側頭部に当たった。殴られた場所から闇が広がり、彼は意識が己の手の中から逃げようとするのを感じたが、伸ばすための手はない。突っ張っていた手足から力が抜け、彼は今度起きたら自室であることを願いながらその身を横たえた。












 

 彼は殆ど夢を見ない。

 昔は見ていたが、いつの頃からかあまり見なくなった。そしてたまに見る夢は大抵いい夢ではなかった。

 ――だからだろうか、目覚めた時、彼はきちんと自室にいると思っていた。暗いのはまだ夜中だからで、悪夢のせいで目が覚めてしまったのだと。

 しかし頭に走った激痛が彼の現実逃避を微塵に粉砕する。

 彼は頬に冷たい感触を感じながら、痛い――と心のなかで呟き、そっと頭に手をやる。

 殴られた箇所には大きな瘤ができていた。

 彼は命があったことに胸を撫で下ろし、床に手をついて身体を起こす。

 不思議な感覚だった。彼の頭は常よりも高くあがったのだ。下半身は大きく、それに比して足は短かったがそれでも前よりは高さがある。

 足がバランスを取るために勝手に動き、硬い先端が床に当たると波紋のように周囲の光景が頭に浮かび上がった。

 その映像は足の先端に近いほど鮮明で、離れるにしたがって劣化している。色はないが濃淡はあり、彼はその濃い部分が重さ、堅さを表しているとなんとなく悟る。そして二つのことが同時にわかった。

 一つ、彼の下半身は異物である。

 二つ、彼は閉じ込められている。

 彼はまず自分の状態を確認することにした。といっても目は見えない。彼は大きな箱のようなものに入れられているのだ。それは彼の身体に少しの幅を足したくらいの長さで、冷たい金属でできている。光源は一つもなく真っ暗闇だった。

 彼は移動することにする。前へ少しだ。

 

「――おっ」


 思う傍からわさわさと足が動く。続けざまに足が床板を叩く音が聞こえ、彼は咄嗟に腕を伸ばした。


「うおっ!?」


 衝撃に腕が痺れ、叩かれたところに激痛が走る。足が勝手に身体を後退させ、今度は尻の部分がぶつかった。

 まるでゲームのコントローラだ――彼は思った。感覚はあるし思うように動くが、できる動きを自動でやる感じで精細さに欠ける。そしてその感覚も真綿に包まれたように鈍かった。

 しかしそれ以外は概ね満足のいく性能である。反応速度、動きの速度共に申し分なく、彼は広い場所で思う存分動き回りたい気分に駆られる。

 それを十分に堪能した後、彼は残りを試すことにした。残りとは、尾と腰の下に感じる二本の腕だ。感覚では確かに存在している。しかし尾は動かせる気がしなかったし、実際に動かなかった。彼はそれを元々存在しなかった部分だからだろうと結論づける。そして尾は当然のことであるが、腕も動かそうと念じてみても元来ある腕が動くのみ。こちらは動かせる気はするのだが、足と同じく感覚が鈍く、実際にそうなる前に元の腕が動いて命令は終わったという感じであった。

 最後に、彼は上体を折り曲げて腰から下の部分を手で触る。ザラザラしており、人間の皮膚とは思えない硬さだ。しかし金属的な硬さではない。微かな弾力性も感じた。

 彼は溜め息をついた。これでは敵の攻撃を防げるかどうかは厚み次第になるだろう。


「――敵? 敵だって?」


 乾いた笑いが虚ろに響く。

 敵とはあの鎧を着たコスプレ集団だろうか――彼は半ば呆れを伴ってさっきの男達を思い浮かべた。あの男達がなんであるかはここがどこであるかということと同じくらいには重要だ。

 しかしこれはどう頭を捻っても答えを出せそうにない。彼は閉じ込められているし、下半身は変になってしまっている。これらの異変は全て繋がっている気がしたが、彼にできるのはおぼつかないタップダンスを踊ることだけであった。

 彼は考えることを放棄して休むことにする。こういう時はじっとして動かない方がいい。ここは山の中ではないが、逃げ出す機会はあるかもしれない。そしてその時にはこの八本の足――いや、脚は存分にその性能を発揮してくれる筈である。

 しかし、眠ろうとした彼は横になれないことに気がつき、初めて今の身体に苛立ちを覚える。気を失っていた時のように足を折り曲げて体勢を低くし、うつ伏せになろうかとも考えたが、冷たい床に上半身をつけるのは嫌だったしそれ以前に下半身が動かなかった。おそらく意識してあの体勢になるのは無理だろうと思われた。

 彼は仕方なく隅に寄って頭の痛くない側を箱の壁によりかからせる。

 そうして目を瞑ると、あっという間に眠りについた。今度は、起きても夢を見ていたとは思わないだろうと考えながら――












 ――またしても、目覚めは最悪だった。三度続けて繰り返されたそれに、ただでさえ短い彼の堪忍袋の緒は切れそうになる。

 目が覚めた原因は振動だった。箱の外にやってきた何か――おそらくは誰か――が、箱を動かし始めたのだ。

 彼の頭がある方の隙間から明かりが差し込み、ゴトゴトと震えていた箱が次は斜めに傾ぐ。彼の脚は倒れまいと蠢くが、それによって箱が振り子のように揺れた。

 彼の脚は内側に力を込めることによってその場にしがみつく。それで身体は固定されたが、彼の頭は強烈な酔いに襲われた。

 吐き気を堪えていると、接地したらしく揺れが収まり、再びの振動。彼は箱が移動しているのだろうと思った。

 しばらくして、目的地に着いたのか振動が消え、代わりに周りで走り回る足音を感じる。そして彼の前面でガチャリという重たい音が響いた。

 彼は後ろにぎりぎりまで寄ると警戒心を持って前を眺める。

 しかし何も起こらない。しばらく待った彼は恐る恐る前へ進み、そっと壁を押した。

 ――開く。力を込めると、箱の一方を構成する壁は軋みながらゆっくり倒れる。

 強い日差しと共に爆発的な歓声が彼を強く打ち据えた。日差しから庇うように掲げられた腕の下で、彼の目が追い詰められた鼠のようにきょろきょろと動く。

 一歩外に出た彼は我が目を疑った。

 大勢の人間が周囲を取り巻き、腕と声を張り上げている。彼がいるのはすり鉢状になった建物の底に当たる部分で、地面は土。広さは運動場ほどもある。

 ――闘技場だ。彼の頭にそんな言葉が浮かぶ。

 彼の出てきた箱は大きな台車に載せられており、その周りには誰もいない。ずっと後ろの方にはそれを運んできたと思われる出入口があった。底と客席を遮る壁は、並の人間ならば飛び上がっても届かないだろう高さで、そのうえ弓を持って鎧を着た男達がズラリと並んでいた。

 上空を遮るものは何もなく、強い太陽が囃し立てる人間達を灼けよとばかりに炙っている。地面からは陽炎が立ち昇っているが、そんな中にあっても人間達の服装は布が多目に使われた暑そうなものだった。

 彼はここは映画のセットではないのか――と自問した。もしそうなら幾ばくかの金を請求して笑って許しただろう。

 だが目に入る彼の下半身がそれを否定する。彼はこの時初めて、変わってしまった己の身体を観察する時間を得たのだ。


「………」


 真実は時に残酷である。彼は腕が粟立つような感覚に襲われた。

 黒褐色の肌に八本の脚。二本の触肢。そして節のある尾。――有り体に言うならば、彼の下半身は蠍になっていたのであった。鋏角と吻部は存在せず、そこと本来ならば複数の眼があるべき部分を潰して彼の上体は生えていたのだ。

 彼は昆虫は嫌いではなかったが蜘蛛は苦手だった。甲殻類は嫌いではなかったが蜘蛛は苦手だった。多足類は嫌いではなかったが蜘蛛は苦手だった。そして蠍はクモ網である。

 勘違いしてはいけないのは、彼は別に蜘蛛が嫌いなわけではないということであった。生物としては好きだがビジュアルや動きのバランスが苦手なだけなのだ。そして蠍は蜘蛛に比べたらまだマシな方であり、彼はそのことに強い安堵を覚えた。もし下半身が蜘蛛であったなら、彼はそれから逃げようとして前に向かって走り続け、死ぬ羽目になっていたかも知れなかったのだ。

 彼は醜くなって怒ればいいのか、人ではなくなって嘆けばいいのか、それとも大きくなれて喜べばいいのかわからなかった。わかっているのはこの見える狭い大地の上に、彼以外の生物が複数存在しているということである。短い毛の密集した彼の脚の先端がそれを教えてくれていた。

 見ると、野太い雄叫びをあげながら男達が走ってくる。汗と埃で汚れたシャツにズボン、足は裸足で首に首輪を嵌めていて、手には木の柄の槍や剣、盾を持っていた。

 もしかしたらあの男達は彼の境遇に同情し、上半身と下半身を切り離そうとしてくれているのかもしれないが、彼は男達の表情から余裕のなさと嫌悪を感じとった。脚が動き始める。


「おっ、おおっ――」


 ドスドスと重そうな音を立てながら、彼の身体は滑るように後退した。その数にも関わらず脚の動きは滑らかで、彼は男達との距離を自在に保てる自分を発見して嬉しくなる。

 男達は彼に向かって走り続けたが、彼はあくまで距離を取った。後ろが行き詰まらないように角度をつけて後退する。

 そうしているうち、男達の息はあがり始め、とうとう立ち止まってしまう。そして思い通りにならない彼を憎々しげに睨みつける。その強い光に彼の心臓が跳ねた。

 ここへ来る前、彼は何の変哲もない普通のサラリーマンであった。もしかしたらここでもそうであるのかもしれないが、その経歴は殺意を弾き返す盾とはなってくれない。

 しかし彼にも誇りはある。サラリーマンは客と上司にしか頭を下げないのだ。それ以外ではむしろ居丈高である。

 その誇りが彼に活力を与えた。自由にならない触肢と尾が上にあがったのだ。尾は丸くなって先端を前に向け、鋏状の触肢は大きく振りかざされる。彼は威嚇のポーズとなった。

 男達はやる気になったように見える彼に対し、目配せで合図を送るとバラけて包囲にかかる。じわじわと距離を詰め、彼を壁際に追い込む算段だ。

 下半身とは裏腹に、彼の上半身は冷たい汗をかく。重厚な下半身はともかく、彼の腰から上は裸であったのだ。男達が上に向かって剣を突き出せば彼の柔らかい腹部からは中身が溢れること請け合いだ。

 そして下半身は彼の気持ちに敏感だった。先程までのやる気はどこへやら、逃げ道を探して迷ったように足踏みをする。その動きはお世辞にも優雅とは言えず、彼は脚が得意とするのは前進後退のみであることを知った。

 それでもそれは得手に対する比較であって彼が上手く動けないということを指してはいない。

 壁際に近づいて、背中で観客の投げたゴミを受け止めていた彼。その彼が、五人の男達の間の距離でどこが一番離れているかを結論づけた時、脚は超信地旋回で向きを変えるや雄牛のように突進した。

 ――上半身が柳のようにしなる。彼は表情が引き攣るのを感じたが、それは彼の行く手を防ごうとした男も同じだった。


「ぐぎゃっ」


 男の身体が宙を舞う。剣を振り下ろす余裕もなかったようだった。彼の下半身の速さは男の予想を遥かに越えていたのだ!


「――出てくるからっ」


 これはまるで交通事故のようなもので、加害者は彼だが、被害者である男にも非がないとは言えなかった。

 ――いや、むしろ横断歩道もないのに飛び出してきた男に全ての非がある。彼は地上に墜落した男を置き去りにしながらそう思う。その証拠に、観客席からは大きな歓声が湧き起こり彼を讃えているではないか。

 一気に闘技場の壁の反対側まで爆走した彼の視界に、木枠に入った武器の山が目に入った。長い木の柄が空に向かって突き出ており、その根本には短い武器や盾が乱雑に詰め込まれている。

 彼はあれが欲しいと思ったが、彼の下半身は闘技場の壁をよじ登ろうとした。


「おい! あっちだ! あっちに動け!」


 腰の下を叩きながら言う。

 壁の上には武器を持った男達が集まり始めており、彼を冷たく見据えている。

 彼はこれまでのことを必死に思い出した。下半身は紛うことなき彼の一部だが、自由に動く時と動かない時がある。尾が最も自由になりそうにないが、かといって動かないわけではない。勝手に動く。

 だが感覚はあるのだ。そして彼の身を守った。

 彼ははっとなった。


「………」


 彼は木枠に入った武器を睨みつける。そして強く思う。

 あれを壊したい! あれは敵――いや餌だ! あれを食べないと死んでしまう!

 ――直後、彼の身体は武器に向かって突進した。彼は嬉しい笑いをあげて風を身体で受ける。彼の下半身は上半身よりも本能に忠実だったのだ!

 彼がどんなに武器が欲しいと思っても、心の底に恐怖があれば下半身は逃げようとする。本音と建前のベクトルが揃わなければ動かないのであった。


「よくやったぞ」


 彼は下半身を労うと武器を取ろうと手を伸ばす。しかし――


「――ああっ!?」


 先に伸びたのは鋏の形をした触肢であった。木枠を両側から挟むやバキバキと破壊する。そして折れたそれを彼の口元に運んだ。


「………」


 彼は昔、ままごとで泥団子を食べろと言われた時のような顔でそれを受け取った。はっきりいって、この棒を使う彼と剣を使う男達ではどちらがリーチが長いかは微妙なところである。彼は特別巨大な上半身を持った人間ではなく、ごく平均的な体格であった。

 しかし彼は絶望しない。下半身の操り方の一端が判明したからには、やってやれないことはないと思っているからだ。

 残る四人の男達は、再び包囲の輪を形成してじわりじわりとにじり寄ってくる。その表情は警戒感に満ちており、さっきのような突進をするのは危ぶまれる。槍を持った男がそれを前に突き出して受ければ、彼の人生はそこで終わってしまうだろう。

 彼は慎重に、かつ大胆に動いた。まごまごしていると四方から攻撃を受け、彼にはそれを防ぐ手立てがないのだ。

 彼は標的を決める。まずは剣を持った男からだ。

 ――あれは餌だ! あの男が食べたい!

 彼は触肢を振りかざして男に襲いかかった。

 

 


 

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