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馬鹿になれ

作者: 田中 隆

「ふぅ・・・」朝からの激務を終え、一人コーヒーを飲みながら煙草に火を点ける。この組み合わせに勝てるものはないなと思いながら白い煙をモクモクと吐き出す。大学時代から変わらないマイルドセブンの8だ。メンソールもたまには吸うが、結局これに戻ってくる。高崎和弥は大学卒業後なんとかクライネ出版社というところから内定をもらい、特に興味もない仕事ではあるが与えられた仕事を誠実にこなしてはいる。そりゃあ上司から怒られる事もしばしばあるが、説教を聞きながらも呑気にその日の夕食をぼんやりと考えている。中学時代は野球部、高校時代はハンドボール部、大学時代はテニスサークルに所属していたが、よくいえば好奇心旺盛、悪くいえば飽きっぽい性格だ。そしてこの仕事もそろそろ分岐点を迎える3年目に指しかかっていた。ネットの普及により本が売れない時代だ、そろそろこの会社でもリストラが行われるらしい。それでも高崎はなんとかなるだろう精神で特に何も考えていない。今まで実際何とかなってきた経験がある、小学校の時にうんこを漏らした事があったが、誰にもばれずにうんこマンと呼ばれる事を免れた。


コーヒーを飲み干し、煙草を灰皿に擦りつけるように消し、本日最後の予定を確認する。


「最悪だ」つい声が出てしまう。スケジュール帳には『白石大二郎へのインタビュー』と書かれている。白石はお世辞にも売れているとは言えない小説家ではあるのだが、固定ファンがついており一部の層から絶大な支持を得ている。主に短編を執筆しているが、たまにアホみたいに長い小説をダラダラと書いている。本人曰くただの嫌がらせで、暇つぶしらしい。高崎も白石の作品自体はおもしろいと思っておりほとんど読破している。それがなぜ最悪かと言うと単純に白石の人間性が苦手だった。基本的にボケているのか真面目に言っているのか分からず、少し話を合わせればだらだらとよく分からない事を言い続けるのである。そんな白石へのインタビューだ、長引くに間違いない。


「それはともかくなんで小説家にインタビューなんだ?」そうは思ったが有名人のライフスタイルなんかを紹介する雑誌の取材なんだから仕方ない。「白石さんは特に有名でもないのになあ」そう思いながら営業車に乗り込み、煙草に火を点け、白石が待ち構える事務所へと向かう。


白石の事務所は高層ビルが立ち並ぶオフィス街の一角にあるが、とても小さくてボロッちい造りになっている。その街を行き交う人はたくさんいるのだが、誰もその建物には気を留めず、せわしなく歩いている。そのひっそりとたたずんでいる建物に高崎が訪れるのは本日で5度目であった。以前は先輩社員と一緒に来ていたのだが4時間ほど拘束されてしまった。その時白石はすでに酒が回っている状態で声もうるさく、やはり何を言っているか分からなかった。先輩社員の有田さんは生気を無くしたように相槌を打っていたのが記憶に残っている。そこから有田さんは何かと理由をつけて、今日の仕事を高崎に回してきたのである。


そうこうしているうちにそのオンボロに到着してしまい、ドアの前で呼吸を整えベルを鳴らす。向こうから快活な女性の声が聞こえ、出てきたのは秘書の石井彩花だった。「いらっしゃーい」桂三枝スタイルのお出迎えだ。石井は薄化粧でパーカーにジーンズという姿ではあったが、20代後半で整った顔つきや脚線美から色気が漂っている。いつもラフでフレンドリーな彼女だがもっと女性らしい格好をすればおそらくモテるんだろう、なんでこんな人がここで秘書なんかやってるんだろうとぼんやり考えてみる。しかし彼女はそんな事は気にも留めず事務所へと手招きする。


「いやーどうもどうも。ん?誰だっけ?もしかして米兵?」白石もパーカーにジーンズ姿でいつも通りの適当なあいさつをぶつけてくる。

「先生お久しぶりです。クライネ出版の高崎です。」高崎もいつも通り白石のボケには乗らず、真面目な返答をする。

「あっそう、で今日は何?柿ピーでも食べに来たの?」

「いえ、今日は先生へのインタビュー取材をしに来ました。早速始めてもよろしいでしょうか?」

「君もせかすねぇ、とりあえず一服するからちょっと待ってて。」そう言うと白石はキャビンマイルドに火を点け、秘書の石井に高崎を応接室へと案内させた。


「僕も一服していいかな?」秘書に問いかけると

「ちょっとマッチ」と言い、石井は応接室を後にする。しばらくして灰皿とお茶を持ってきた石井は「ごめん、ごめん。先生今うんこしてるみたいだからもう少し待ってて。」いくら石井とはいえ女性の口からまさかうんこなんて言葉が出てくるとは思っていなかったので少し動揺したが「了解です。」と一言返す事ができた。


ちょうど煙草を吸い終わった頃に白石が入って来た。何故かシャツ姿で細いネクタイをしており、おまけにハットまで被っている。ツッコミを期待しているのは分かるのだが、早く終わらせたい高崎はさっさと取材を始める。

「では先生、今回のインタビューは先生のライフスタイルについていくつか質問させて頂きます。それではよろしくおねがいします。」

「OK、OK。要するに性癖を言えばいいんでしょう?余裕、余裕」

「では最初の質問ですが、先生の趣味は何ですか?」

「趣味ねぇ、あれかな、ゴマ塩をふりかける事かな。パソコンとか原稿とかにふりかけちゃってよく石井ちゃんに怒られるんだよ、あと麻雀が好き。」

最後に普通の答え言っちゃうのかよ、ボケを突き通せよと思ったがめげずに次の質問をぶつける。

「先生の好きな食べ物は何ですか?」

「そうだなあ、ルッコラのシシリア炒めセンチュリーソースパケホーダイ風かな」

「はぁ・・・先生の健康の秘訣は?」

「うーん、モスクワ郊外をベルモットとエレファントカシマシの悲しみの果てを歌いながら散歩する事かな。」

「はぁ・・・先生の好きな言葉は?」

「パップビビロッパア!」

「最後の質問になりますが、」

「え?もう最後?早すぎない?まだまだ喋り足りないんだけど。」お前ここに書き記してないだけでどんだけ喋ったと思ってるんだよ、7倍は喋ってるぞ。そんな怒りが湧きあがるも次で最後の質問だと思うと少しは気が和らいだ。

「取れ高は充分なんで。ズバリ先生にとって小説とは?」

「うんこ」

「ありがとうございました、質問は以上です。私はこれから本社に戻り、編集作業をするのでこれにて失礼します。」

「あらそう、お疲れ様。またいつでも来ればいい。」二度と来たくはないなと思うがまた来る事になるだろうと思い幻滅する。


お見送りには秘書の石井が来てくれてあいさつを交わす。

「今日は先生への取材ありがとね、またよろしくー。」

「いえ、こちらこそありがとうございました。またよろしくお願いいます」

「先生もすごい上機嫌だったみたい、先生は君がお気に入りなのかもね。先生寂しがり屋なところがあるから君が話を聞いてくれるのが嬉しくて仕方ないみたい。」まさかとは思うがもし本当にそうだとしたらもう少し誠実な態度を取るべきだったのかなと思う。考えてみればみんな子供の頃はうんこで笑ってたじゃないか、意味の分からない事も言ってたじゃないか。そう思うとほんの少し先生が純粋に見え、羨ましくも思った。


石井に別れを告げ、事務所を出て営業車に戻るところで犬の糞を踏んづけた。「うんこ」と声に出して言ってみると自分でも驚くほどに笑いが込み上げてきて恥ずかしくなった。後日先生のインタビューをそのまま記事にしたところ上司にこっぴどく怒られたが、高崎は相変わらず夕食の事を考えていた。





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