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赤い糸  作者: Happy Time
4/5

たどり着いた所(黒兎)

俺、佐々木恭(ささききょう)は、都内で一人暮らしをしている大学生だ。俺は霊感も無く、直感も優れて居なければ、エスパーでも無い上、目も良い方では無い。

まあ、そのせいかどうかは知らないが、これまで20年生きて来て、人知を超えたものに出会った事は無い。

しかし今日は別だった。

朝起きたら、赤い糸が体から出ていた。


正確に言えば、左手小指の先から、毛糸のような物が生えている。


小指から出た俺の赤い糸は、地面を這うように伸び、部屋の外まで続いているようだ。

どうやらこの糸は実体の無いものらしく、小指の皮膚も部屋のドアも傷一つついていない上に、ドアの向こうへすっと溶ける様に消えている。

夢かと思って頬をつねると、ヒリヒリと痛む。どうやら夢では無いらしい。


「まさかこれ……運命の赤い糸ってやつか?」


左手から伸びる糸を、右手で摘んでみた。

糸は指に挟まれて地面から少し浮かび上がった。

どうやら触る事は出来るようだ。


今度は引っ張ってみる。糸はたいした抵抗も無く、ずるずると引き寄せられた。どうやら相当な長さが有るらしく、しかもかなりヨレヨレの糸らしい。


一体誰に繋がっているのか?非常に気になる。

偶然にも今日は日曜日、幸か不幸か学校は休みなので、このまま糸を一日中でも追い続ける事が出来る。


「まあ暇だしな……」


俺は、誰に言うでもなくそう呟くと、いそいそと着替えを始めた。

余り興味の無い振りをしているが、実際は興味津々だ。


さて、適当な服に着替えを済ますと……

ん?これから運命の相手を探そうというのに、こんな格好で本当に良いのかね?……まあ、これが本当に運命の赤い糸って決まった訳でも無いし、会うだけならこんなもんだろう。


「よし。」


『ピンポーン』


出掛けようとしたその時、インターホンがなった。どうやら来客のようだ。

玄関のドアの覗き穴から外を見る。


見慣れた顔がドアの向こうに映った。


「何だよ。」


ドアを開いて客人を招き入れる。


「恭君こんにちは。」


部屋に来たのは、長い髪の女だった、美人と言えば美人なのだろうが、覇気が無く、嗅ぎ飽きた甘ったるい香水の香りと相まって、如何にも出来ないオーラを漂わせて居る。

実際、コイツの自他共に認める間抜けっぷりにはいささか閉口させられている。


彼女は隣人、鴇村遥(ときむらはるか)


ちょっと面白おかしい出会い方をした幼なじみだ。同じ大学に入った為、なし崩し的に部屋も隣同士になった。


彼女との面白おかしい出会い方……それは今から21年程前に遡る、そう、今からちょうど21年位前の事だ。


同じ病院で、殆ど同時に生まれた俺達は何の手違いか、俺は鴇村遥、彼女は佐々木恭として処理された。

つまり、感動のご対面の時、俺には有る筈のものが無くて、彼女には無い筈のものが有った訳だ。


俺の両親も、彼女の両親も、これには飛び上がる程驚いたらしく、大声で騒ぎでもしたのだろう、今でもこの時の話をすると心底恥ずかしそうにする。


とてつもなく面白おかしい出会い方だ。


それがきっかけでずるずると幼なじみをやっている、俗に言う腐れ縁というやつだ。


まあそんな事情の為か、親共は俺ら二人に何か運命的なものを感じているらしく、どうやら俺と遥をくっつけたがって居るらしい。


が、どうやら見る限りでは俺の左手小指と彼女の左手小指は繋がって無いご様子。

残念だったな親共。

まあかく言う俺もちょっと残念な訳だが……


でもコイツと付き合うのは、結構根性を必要とする。とにかく何も出来ない奴なのだ。作る料理は全て細菌兵器か、良くてゲテモノ料理と化すし、何か直そうとすれば必ず前より悪い状態になる。勉強もロクに出来なかったので彼女の親は相当気を揉んだようだ。


それに反して、俺は結構何でも出来る子供だった。料理も俺がやってやれば良かったし、遥が壊した物は俺が直した。勉強も教えてやったので、彼女はどうにか大学に居る。


だから、コイツと結ばれないというのはある意味幸せかも知れない。


「で、何か用か?俺今忙しいんだけど……」


「うん、今日はさ……うん。」


うん、じゃ分からない。まあコイツの言うことは何時も意味不明なので慣れっこだが……しかもその上


「……予定あるの?」


と聞き返してくる始末。


「別に予定は無いけど、ちょっと気になる事が有ってな。」


実際、ちょっとどころではない。


「うん。じゃあしょうがないか……恭君も忙しいもんね。」


と、言うなり彼女は帰って言った。何時も以上に意味分からん。なんだアイツ。


「おっと、忘れる所だった。」


小指に揺れる赤い糸を思い出して、俺は外へと飛び出した。




「うーん…………」


あれから半日、俺は右手で糸を手繰り寄せつつ、糸を追い続けて居た。


引けども引けども糸はゆるゆるのままで、一向に距離が縮まる気配は無い。


まあ世界中で一人の人間を探そうというのだから現実はこんなものなんだろうな、もしかしたら俺は、一生この糸がたどり着く先を知らずに生きるのかも知れない。


ええい!弱気になるな俺!絶対に見つけてやる!


と決意を新たにしたその時だ。俺のポケットから軽快な音楽が流れ始めた。この音楽は友人の圭一からのメールだ。


「ったく。なんだよ……」


着メロの鳴り止んだ携帯を取り出し、メールボックスを開く。


圭一からのメールの内容はこの様なものだった。


*****


ヤッホー!死んでない?


俺は今ハワイに居ま……居ないっつーの(爆笑)


てか誕生日おめでとーーー(ハート)


あ?誕生日プレゼント?


んなもん有るわけねーじゃん(笑)


気付いたの今だぜ今!

て訳でそんな21になった恭様に俺は(以下略)


*****


因みに(以下略)以降の内容はたちの悪い勧誘メールと化していたので、割愛させて頂いた。


「そうか、今日は誕生日だったか……」


いつものように圭一からのメールを削除しながら呟く。


「とすると、この赤い糸は神様がくれた誕生日プレゼントってとこか……」


と、次の瞬間。俺はとんでもない事に、本当にとんでもない事に気が付いてしまった。


しまった……


時々、無頓着極まりない自分に腹が立つ。

俺の誕生日という事はつまり、俺は誰かから誕生日プレゼントを貰わなくちゃいけないという事だ。

そして俺に限って言えばだが、俺には同時に誕生日プレゼントを渡す義務も発生している事になる。

なんてこった。十日も前から準備してたのに……


慌てて時計を見る。

ギリギリ、超ギリギリ。


人間、大事な事を忘れて他の事に気を取られていることに気が付くと、途端に不機嫌になるものだ。


こうなってくると、急に赤い糸が憎くなってくるから不思議だ。


ええい、こんなもの!


と、勢い良く引っ張ってみると、意外な程簡単に糸はピンと張り詰め、プツンと切れてしまった。


あらま。切れちゃったよ運命の赤い糸。

二つに別れ、力なく地面に落ちる糸を見て、俺は少し驚いた。だが不思議と、運命の人に対する未練は感じなかった。

あんなに熱心に探していたはずなのに……


けど俺は、十日も前から決めていた事があった。今日、どうしてもしたい事があった。


それは、見えるだけの運命に振り回されるより、ずっと大切な事なのだ。


やりたいことが有るなら、欲しい物は我慢だ。


俺は小指から出ている糸と離れ、地面によれよれと伸びる赤い糸を一瞥し、わずかに残った未練を断ち切る様に、我が家へと駆け出した。




人間、やればどうにかなるものだ。現在、23:30。

殆どマラソン選手の様なスピードで走った俺は、自宅であるマンションの前に立っていた。


後は俺の部屋にあるプレゼントを取って、寝ているであろう遥を無理やり起こすだけだ。

大丈夫、余裕で間に合う。


階段を駆け上がり、目標の三階にたどり着く。すると、俺の視界に妙なものが飛び込んで来た。

俺の部屋は303。因みに遥の部屋は302だ。そしてその中間に、何者かが座り込んでいる。


この甘ったるい香りは間違いない。アイツだ。


近づいて見ると、微かに寝息を立てている、どうやら寝てしまったようだ。


「こら、起きろ。風邪ひくぞ。」


頬をペチペチと叩いて起こしてやる。


「んあ。あ、恭君おはよー。」


おはよー、じゃねえよ。


「ったく。体冷え切ってるじゃんか、ほら、入れ。」


俺の部屋のドアを開け、遥を押し込んだ。




「で、何で廊下に居たわけ?」


「恭君が帰るの待ってたの。」


俺の作った紅茶をのみながら、遥はゆっくりと答えた。


「俺の部屋で待てば良いじゃん。鍵持ってただろ?」


「無くしちゃった。」


馬鹿か。


まあ良い。お陰でバレずに済んだ。俺は棚の上に置いてある箱を手にとって遥に渡した。


中身は十日前に作った、特製のテディベアである。非常に良くできた自信作だ。


「ほらよ。」


現在、0:21。

俺は何のために走ったのか、完璧にアウトである。


「え?」


「誕生日プレゼント。今日だろ?」


実際は昨日である。


「あ、ありがとう。あのね、私も、誕生日プレゼント作ってたんだけど……」


「ん?なんだよ?」


「これ。」


と、いって袋を差し出す。


受け取って開いて見ると、中から正体不明の塊が飛び出した。


「……何これ?」


「クッキー。」


嘘付け。

こりゃ黒炭だよ黒炭。デッサンでもしろってか。


仕方なく中から一枚取ってかじる。


「ど……どう?」


「いや、普通に苦い。」


俺は彼女に恨まれでもしたのだろうか?何か殺意すら感じる出来映えだ。


「ごめんなさい。」


今更だ。

謝られる間でも無く、遥の料理下手は了承済みだった。


だから代わりに俺が上手くなった。運動も、勉強も、コイツに出来ない事は全部出来る様になった。


俺はきっと、コイツの代わりをする為に生まれて来たのだろう。


これまでも、そしてこれからも。


なら……ならコイツは……


「今日な……」


気が付くと、喋り始めていた。


「何?」


「ああ、運命の人を探しに行ったんだ。赤い糸で結ばれた運命の人。」


「…………」


「でもさ、途中で面倒になってさ。糸、切って来たんだ。プツンって。」


「……そう。」


少しだけ俯きながら答える遥。

まあ落胆するのも当然と言えば当然だ。コイツはその間ずっと廊下に居たのだろうから。


そしてそれは、きっと俺と一緒に、誕生日を祝おうとして待っていてくれてたのだろうから。


コイツは、見たことも無い女を探していた俺を、ずっと待っていてくれたのだ。


俺は、立ち上がって遥に近づき、左手を掴んだ。

遥は驚いた顔をしたが、抵抗はしない。


俺は遥の小指に、俺の小指から出た糸を結びつけた。出来るだけ綺麗に、心を込めて。


俺は一生、こんな恥ずかしい台詞を二度と口に出す事は無いだろう。


俺は全身全霊の力を込めてこう言った。


「見つけた。俺の運命の人。」

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