ある側近の進言。
何も知らない殿下がかわいそうだから。
「アルス王太子、進言したいことがありますが、よろしいでしょうか?」
王立学園での昼食後、アルスは、宰相の息子のエルトから話をきり出されて嫌な顔をした。何を言われるのかはわかっているから。
「わかっている。フリージア男爵令嬢のことだな」
フリージアは男爵令嬢。かわいい感じで庇護欲をくすぐる元気な少女だ。最近知り合い、親しくなった同級生。
「そのとおりです。殿下」
眼鏡を整えながら、冷静な表情でアルスを見つめる。
「何が言いたい」
少し苛つくアルスにエルトは飄々として答えた。
「今後、彼女を、どのようにしたいのかをお聞きしたくて」
アルスは考えながら答えた。
「そうだな、話も合うし、明るい良い子だ。私の隣にふさわしい。と、思っている。冷たいあの女よりは」
「それは、マリアンヌ侯爵令嬢のことですか?」
アルスは頷く。マリアンヌ侯爵令嬢は彼の婚約者。冷たいつりあがった目を持つ美人。学園での成績も良く、礼儀作法も見事。優秀な淑女である。
「では、アルス殿下は、フリージア男爵令嬢と将来を共にしたいと言うことですか?」
「あ、ああ」
ここで暫くエルトは考え込む。そして口を開く。
「少し込み入った事を話すと思いますので、別に場所を設けたいと思います」
「そ、そうだな」
「では、いつものサロンで」
アルスは何となくホッとした。そして、話のつけ方によってはマリアンヌを廃し、フリージアを后にできるかも、と思ったのである。
時は移って放課後。エルトはノートを広げて面談する。
「因みに他の連中は?」
ここにいるのはエルトとアルスの二人きり。いや、護衛はいるが、声が届かない範囲にいる。
「呼んでません。情報漏洩を防ぐためです。騎士団長の息子は脳筋ですから隠し事とか出来ません。商人の息子は金で動くかも。侯爵令息はマリアンヌ侯爵令嬢の息子。漏洩する意志はなくともバレる可能性はあります。細かい所はともかく、全体的には私たち2人でコントロールするほうがよいかと」
で、とエルトは始める。
「まず、フリージア男爵令嬢を妻にするならば、一番いい方法は王太子を辞退。男爵令嬢の家に婿養子として入ることですね」
ここでアルスは怒る。
「おい、馬鹿な事を言うな。俺は王太子だぞ。王になるに決まっている。血筋的にも能力的にも」
「しかし、よく考えて下さい。殿下とフリージア男爵令嬢とは、先ず身分差がありすぎます。せめて伯爵令嬢ならば……まあ、たとえ身分の差をクリアできても、彼女を王子妃にするには力も能力も権力も資金も全て足りません」
「おい、はっきり言うな」
「はっきり言いますよ。あなたが王になるには新進気鋭の侯爵家の協力が必要。マリアンヌ侯爵令嬢との結婚は必然です。残念ながら、フリージア男爵令嬢、及びその家族では大きな後ろ盾にはなれません」
「し、しかし俺は王家の血筋だ。王位に一番近いだろう」
反論しようとする王太子にエルトは冷静に説明する。
「血筋的に近くとも、あなた個人としては不足しているところがあります。まずは能力的に不足です。一概には言えませんが、学園での成績をバロメーターとしましょうか。貴方は上の下の成績。フリージア男爵令嬢は何とか中くらいの成績。マリアンヌ侯爵令嬢は首席。貴方の弟のマルス殿下は上位の成績です。これでは王になるには不足。マリアンヌ侯爵令嬢とセットでどうにか、というところですね」
「それ、不敬だぞ。俺を見下してるな?」
「まあ、確かに私のほうが学園での成績は上ですからね。でも、そんなことより現実を見ないと王には成れないし、フリージア男爵令嬢との未来はありませんよ」
アルスはうっ、と言葉をのむ。
「現在でも、能力的にはマルス殿下を推す声が貴族界でも大きい。まあ、マルス殿下の婚約者が公爵令嬢なこともありますが。まあ、こちらはアルス殿下と同じくらいの成績ですから、若干こちらが上です」
「し、しかしデンジャ公爵家は今勢いを、失っていると聞く」
公爵家の悪口を言う王子。それには顔色一つ変えずに答えるエルト。
「ええ、そうです。しかしいまだに力は持ってます。マルス殿下を入婿にして公爵家の立て直しを図る。貴方の結婚を期に侯爵家を、公爵に引き上げ対立候補としての柱の一つとする。そして国力の総力を上げる。まあ、王とか国の考えはそんなものでしょう」
ですが、とエルトは机を指で叩く。
「ここで、王子妃教育を受けてない男爵令嬢が貴方のパートナーになると、能力的にはマルス殿下側がはるかに有利。しかも後ろ盾を無くしますから必然的に後継者レースから確実に外れます。もっとも王にならないなら、多くの障害がなくなります。フリージア男爵令嬢と結ばれやすくなりますね。男爵に婿いりするならば、成績はそこそこですからまあ経営できるでしょうし、」
「……王になってフリージアを、后にする方法はないか? 彼女の優しさや明るさは国母に値すると思う」
「難しいですね」
と、一刀両断。少しあきれた様子のエルト。
「まあ、フリージア男爵令嬢と婚約するとすると王子妃教育を受けなければなりません。修得には最短でも3年かかります。つまり結婚まで早くとも3年はかかるわけです。しかし、マリアンヌ侯爵令嬢、ガーベラ公爵令嬢は既に王太子妃教育を、ほぼ終えています。即結婚も可能です。ここから巻き返すのは難しい。さらに陛下の覚えも悪くなります。王家の主導の婚約を勝手に否定、いろいろな思惑や計画をぶち壊すのですからね。あと、後ろ盾としては他の貴族は弱い。フリージア男爵令嬢を他の高位貴族の養子にしてもよいのですが、そこまでの力を持っ貴族のあてがないのですよ」
アルスは、未練たらしく叫ぶ。
「し、しかし、真実の愛がある。何とか乗り越えられる」
エルトはため息をつき、うんざりしたように説明する。
「ああ、真実の愛ね。じゃあ、真実の愛のおかげで仮にフリージア男爵令嬢を、王太子妃とできたとしましょう」
「素直に想定してくれ。で、どうなる?」
「現在マリアンヌ侯爵令嬢がやってる業務がそのまま殿下に振りかかります。フリージア男爵令嬢は王子妃教育がありますから手伝い出来ません つまり殿下の仕事量は倍となります。これまでの倍、いえ、フリージア男爵令嬢の仕事も入りますから三倍ですね」
「へ?」
「そうでしょう。マリアンヌ侯爵令嬢ならば王太子妃の教育を受け、成績も首席。既に貴方の仕事をやってます」
「何? それは聞いてない」
「いえ、わたしはちょくちょく言ってます。まあ彼女の業務の簡単なものても、殿下も少しやってください。いずれやることになるんですから。いまから、そして今後、少なくとも3年間は仕事量が三倍に成りますから。耐えれたら能力的には王になれますが、ちと無理じゃないですか?まあそれは置いといて」
ここで真面目な顔でエルトはアルスを見る。
「正直に聞きます。殿下はどうしたいですか?はっきり決めて下さい。王になりたいですか?臣籍降下しますか?入婿?平民になるもよし。 それに応じてもっともよい選択になるように方針を決めます」
アルスはたじろぎながらにエルトに本音を漏らす。
「お、俺は王になりたい。しかし、フリージア男爵令嬢は、隣にいてほしい」
「わかりました。それを前提として考えましょう」
少しホッとしてエルトは話し出す。
「まず、王位に就きたいならばマリアンヌ侯爵令嬢との婚姻は必要不可欠です。まずは少しでもいいので、会って感謝の声をかけてください」
「必要なのか?それ」
少し不服そうなアルス。エルトは苦笑い。
「少なくとも王命での婚約です。これまで関係は普通でしたが、フリージア男爵令嬢の事はマリアンヌ侯爵令嬢も知っていると思えますね。それなりに機嫌は悪いでしょう。彼女の機嫌を、少しでもとっておいたほうがいい」
「しかし、いまだに苦手なんだよな。笑わないし」
「じゃあ、笑わせれば良いですよ。幸い、今の殿下は株下がり気味。でも下手しなければ上がりますよ。少しでも上げていきましょう。そして少しずつでも好感度を上げましょう。上げるためには、具体的には全部でなくてよいですが、彼女の言うことにしたがいましょう」
「しかしなあ、それは負けた気がする」
「殿下は大望を果たすために小さなことにこだわるのですか?それは王にふさわしくない。もっと大きな器を見せましょう」
「そ、そうか」
納得してしまったアルスを見てエルトは思う。こいつ、単純すぎるぞ、と。それとは別に思考も飛ぶ。マリアンヌ侯爵令嬢は実は結構美人なんだよな。笑顔は特に。殿下も気に入るとおもうのだかな。第一、顔とか性格とか好みの者を合わせているはずなのに、と。実際、最近までそこそこ仲はよかったのに。こうなるとフリージア男爵令嬢も見定めねばならないとも感じた。
「し、しかしフリージア男爵令嬢はどうすればいい」
エルトは物思いから回復して答えた。
「第二夫人とされるのが良いでしょう。しばらくは日陰の身になりますが因果を含めるべきかと」
「しかしフリージアがどう言うか。第一かわいそうだ」
「殿下は王家の者。しかも国の頭にならればいけません。フリージア男爵令嬢がその立場を理解できなければ、殿下を真実愛しているとは言えないでしょう」
「そ、そうか?」
「それに真実の愛は出会うものではなく、育むものと言いますよ。まずは王になるためにマリアンヌ侯爵令嬢との関係改善を。フリージア男爵令嬢とはよく話し合って、少し目立たないようにするべきですね。もし地位や財産めあてならば、それは真実の愛ではないでしょう。今はともかく、いずれ離れるべきです。そうでなければ王子を立ててくれるはず」
「そ、そうか」
「第一、王太子妃とか王妃とか激務ですよ。準備が出来てるならともかく、いきなりは無理ですよ。まあ、3年待ちましょう。3年後必ず娶るから、と約束すればいいでしょう」
少しうなだれるアルス。そこにダメだしするエルト。
「もう一度言いますよ。大事なことだから。マリアンヌ侯爵令嬢に、これまでの事を謝罪して、関係改善を行なって下さい」
「ホントに必要なのか?」
イライラするエルト。
「当たり前です。ちゃんと話をしないなら王になれません。彼女の一言でひっくりがえります。彼女が貴方を助けてくれるのは、王家の命令だから仕方なくですよ。しかし、ここに少しでも感謝の念を示せば変わります。貴方個人の為に動いてくれます」
「そ、そうか」
「愛想つかされてなければね。愛想つからせたら婚約解消、罪過追及、廃嫡決定、王籍削除、賠償請求、国外追放待ったなし」
「そんなことになるのか?」
「そりゃフリージア男爵令嬢とのことは浮気ですから」
「ちがう、真実の愛だ!」
「まあ、殿下からしたらそうですが、その他の国の皆が見たら不倫ですよ」
呆然とするアルス。
「だから、そんなことにならないように、まずはマリアンヌ侯爵令嬢の機嫌をとりましょう。なに、フリージア男爵令嬢とは真実の愛で結ばれているのです。多少待ってくれます。そうでなければフリージア男爵令嬢には真実の愛はないのです。殿下の片思いですね」
「あああああああ!」
「だから、王太子としての仕事をちゃんとして、マリアンヌ侯爵令嬢とフリージア男爵令嬢のご機嫌を取る。頑張ってください。王になり、フリージア男爵令嬢と真実の愛を、貫くために。貴方が選ぶ道ですよ」
「しかし、マリアンヌ侯爵令嬢に不実ではないのか。王になるために娶るのは」
「ならばマリアンヌ侯爵令嬢にも貴方の愛を捧げて下さい。美しいし、優秀な方です。王たる貴方が愛を告げても可笑しくない」
「し、真実の愛ではないぞ。二人も真実の愛は愛のではないのか?」
「おや、貴方は真実の愛を一つしか手に入れないのですか? 二つもってもおかしくないでしょう? 王なのだから」
「そ、そうか?」
「そうです。貴方は王になるのです。ならばできぬことはあるでしょうが普通よりはできることは多いでしょう。それとも、あきらめますか?」
「あきらめるものか!私は王になる!」
「その意気です。では、今後の予定ですが……」
その後、細かい予定を組んで解散した。
そして自宅に帰るエルト。その日の深夜に帰ってきた父親と面会する。
「父上、流石にお体に障ります。仕事量の調整をお願いします」
エルトが最初に言ったのは顔色が悪い父親にあきれた一言だった。
「ああ、いや、フリージア男爵令嬢のことでな大変なのだ」
エルトは興味を持った。
「なんですか?」
「うちの暗部の報告によると、あの娘、魅了魔法の使い手らしい。今はともかく長期にわたって影響があると厄介だ。お前も気をつけろ」
「そうなのですか? では、それについて報告があります」
昼間の王太子との話を報告するエルト。
「つまり、状況証拠としては、殿下はフリージア男爵令嬢の魅了魔法にかけられた可能性が高いと思われます」
宰相は頭を抱えた。
「まさか、傾国を学園内に入れていたとは」
昔、魅了魔法を身に着けた子爵令嬢が多くの高位貴族を虜にして、周辺諸国を巻き込んだ大乱を引き起こした過去がある。そのため魅了魔法をもつ女性は傾国と呼ばれるようになったのだ。
「しかし、これはチャンスかもしれません」
「何?」
エルトの言葉に鋭い目を向ける宰相。
「かの魔法は国を滅ぼすとされ、禁忌の名を受けた。しかし制御できればわが国に有利でしょう。特に対外的には。懐に入れるほうがわが国の為になります」
「しかし、どのように……そうか!殿下の第二夫人にか!」
「国の為になるなら良いでしょう。多少色狂いでも。第一、問題になってもスペアはあります。何かあったときのための王族でしょ。王は神輿。統治は家臣がいれば何とか成りますから。王家で国が良くなるとは限らないし」
「しかし、お前も酷いな。不敬罪だぞ」
「父上も同じでしょ。内心そう思っているくせに」
似たもの同士の親子は不適に笑った。
「じゃ、殿下は任せた」
「じゃ、父上は陛下だな」
こうして、国の為に彼らはひたすら働くのだった。
だから、何も知らない殿下はかわいそうなの。
なんかAI風な感じになってしまったようなきがする。




