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7/7

明日に想う

時刻不明―――





舞台 極道の元跡取り娘の脳内相談室―――










私には友達がいる。

史上最高の友達だ。


人はそれを、俗に親友と呼ぶ。




それはとてもちっちゃくて可愛い、人形のような友達。



今でもメールでやり取りはするし、一緒にご飯を食べに行ったりもする。



あと、こ……ここここ、恋の相談……なんかも、最近は乗って貰ってるし………。







こ、こほん。


失礼。

私とも有ろう者が、つい取り乱しちゃった。




私の名前は鳩山はとやま 明日あす



月浜学園高校1―B所属、星座は天秤座、血液型はAB、身長は168?。

(体重とスリーサイズは非公開ね)



部活はしてないけど、風紀委員に所属していて、お恥ずかしながらまだ一年なのにもう委員長だったりします。







…さて、私の紹介はここらで終わりにして、最初の方で伏線を貼った女の子との出会いを、ちょこっとだけ教えちゃいます。







――彼女に出会ったのは、つい最近。

そう……3ヶ月前。




私が極道の跡取りという運命が嫌になり、自暴自棄になっていた頃。






私は月浜学園に入学した日、新入生代表として文化会館で演説する事になった(実は頭良いんだよ私)。






…でも、私その時何考えてたんだろうね。


今考えたらただの馬鹿だなぁ馬鹿過ぎる……って自己嫌悪してしまうくらいに恥ずかしい思い出。


思わず赤面しちゃうぐらいの。




私は、化粧をして髪を青に染め、耳にピアスをして演説したんだ。


んで、その時の内容がこれ。






「…堅っ苦しい挨拶なんざ真っ平ゴメンだね。

私はこんな汚ぇ学園入ろうとも思ってなかったし。

勝手に代表に選びやがって、何様だよクソ教師共! あぁ!?

テメエらもテメエらだ!! 気持ちの悪い浮かれ顔しやがって!!

そんなにこの学園に入れた事が嬉しいか?

一つ言っといてやる。 私みたいな不良でも入れんだよ、このクズ高校は!! 自分の実力とか言って自惚れてんじゃねぇ!! テメエらは情けで入れて貰ってんだよカス共!!

……今の私の態度に腹が立ったヤツは、誰でもいい。 かかって来いよ。

いつでも相手してやる。

でも、弱いのは来んな。 私は、強いヤツだけを所望する。

私がこの学園の頂点の座に立つ為にな。

―――以上」





そう言い放った後、私は無言で文化会館を出て行った。










……………うん。

自分で思い出して恥ずかしくなってきた。

何これ。


私ただのイタい人じゃん。

みんな茫然自失な顔してたし。

文化会館無音が支配してたし。






…私が一体何をしたかったのかと言うと、特に壮大な理由は無い。



ただ、私の存在を皆の心に刻みつけてやろうと思っただけだ。


一生私の事を忘れないように………………いや、“忘れて欲しくなかった”から。



たったそれだけの理由。






――私は、私がこの世界に存在している理由が欲しかったのだ。










父・鳩山 黒兎くろとは極道『千鳩会』の長。



私はその父親の一人娘として生まれた。


母は私を産んだ後直ぐに他界したので、顔は知らない。



母がいない事を知って最初にどう思ったかなんて事も、もう忘れてしまった。



その代わりに、私は自分がヤクザの娘だという事実を否応なく認識させられた。


大して嫌ではなかった。跡取りを断る気も更々なかった。







……しかし、ヤクザの跡取りは男というのが普通らしい。


部下達は皆女である私の存在を快くは思っていなかった。






毎日浴びせられる冷たい目、目、目。





私は、何を以てして生まれて来たのだろう。


立派な跡取りになれるのだろうか。


部下達の信頼は大丈夫なのか。


どうして誰も私を認めてくれないのか。



――私なんて、いなくなればいいのではないだろうか。









…でも、そんな私を唯一支えてくれたのが、他でもなく父であった。




彼は私をとても大切にしてくれた。

きちんと私の事を認めてくれた。

私を……私自身の苦悩を、全て受け止めてくれた。






でも父は……うん、ちょっと私の事を大事にし過ぎてたかも。


やたらとセクハラ行為してきたし。




「明日ちゅわーん!!

パパと一緒にお風呂入ろ―――――!!!」 とか何とか叫んで飛びかかって来たので、蹴り飛ばして撃退した事もあった。









部下の前ではいつもキリッとしているのに、私の前ではグニャッとしている。



私はそんな父に呆れながらも、大きな信頼感を持ち、いつも尊敬の眼差しで見つめていた。





彼のおかげで落ち込んでいた私は前向きになり、次第に部下達の信頼も得るようになっていった。


『私』の存在を作り上げてくれたのは、紛れもなく私の父だ。


彼には、感謝している。



いや、感謝しても仕切れない位かもしれない。










―――しかしそんなある日、事件が起きた。



父は年に一度の組長集会に行ったっきり、帰って来なくなった。


中学年卒業を間近に控えた時であった。





…部下の者が言うには、父をあまり快く思っていなかった人物が、彼を拉致したか。


集会の途中で抗争に巻き込まれて、負傷したしまったか。




それか、殺されてしまったか。








…私は部下の口から発せられる絶望的な言葉の数々に、頭を痛めた。





お父さんが、死んだ?






勿論信じてはいなかった。

信じたくもなかった。




しかし、それから何日経っても、父が帰って来る事はなかった。


部下の者達が捜しに行くも、誰も成果を上げずに帰って来た。






私はそれを知り、多大なる絶望感を抱いた。


父がいたから私がいた。父のおかげで生きて来れた。


そんな父が今。

私の目の前から消えてしまった。


私にとっては、それは地獄に落ちる時と同じ感覚のように思えた。










―――しかし、地獄はまだ続いていた。





父の部下の中で、私が父の跡を継ぐのを快く思ってない人物が多数いた。


彼らが、私を殺そうとしてきたのだ。



組長の娘…つまり最有力候補である私を殺せば、跡取りは確かに変動する。


彼らは父がいなくなったのを良いことに、邪魔な私を消そうとしたのだ。






…そう、そこで私が思った事はただ一つ。



私が今まで積み上げてきた物は全て無駄だったのだ、と。



本当は信用なんてされてなかったのだ。

私を支えてくれる人なんて、一人もいなかったのだ。






――私はその時、本当の絶望感に苛まれた。



卒業式を迎えた、翌日の事であった。









――しかし希望は潰えていなかった。




私を信頼してくれていた人物が、たった二人だけいたのだ。


それだけでも嬉しかった。


私を少なからず信じてくれる人がいる。



それだけでも、私の折れそうな心は確かに支えられていた。






――それから彼らと共に裏切りの魔の手から逃げ、彼らと共に過ごし、彼らと共に生きた。


父を失ったという確かな悲壮感を心の中に宿しながら、私は彼らと生きた。



貧困故に満足な暮らしは出来なかったが、二人はずっと私を支えてくれていた。



二人と過ごした日々はとても楽しく、毎日があっという間に過ぎていった。






…こんな日常が、ずっと続けばいい。


彼らと、もっと一緒にいたい―――――――










―――なのに。



なのに彼らは、またもや私の目の前から消えた。



私を狙う父の部下達の追っ手から、私を守る為に。









銃で体中に風穴を空けられ血まみれになりながらも、彼らは私の前に立った。


腹を切られ肩を撃ち抜かれ頭を殴打されながらも、私の前に立った。








…そして今にも消え入りそうな声で、こう言った。






「逃げて下さい、姫」

と。










―――私は、涙が止まらなかった。


私は彼らの死に様を確認する事も無く、ただ涙を流しながら、必死に逃げた。



逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げまくった。








私の心は、もう既に限界を迎えていた。



私は、いつまでもいつまでも泣き続けた。


死んだ彼らの魂に響き渡るように。



世界中のどんな大声にも負けないくらいの大声で。






――私は澄み渡る青空に向けて、思いっ切り泣き叫んだのだ。










――それから私は、自殺をしようと考えた。


生きていても仕方がない。

私を支えてくれる人は、もういない。



それなら、この世から私の存在を消すんだ。





…でも、誰にも知られずに消えるのは嫌だった。

一人で虚しく死んでいくのは、絶対に嫌だった。



だから私は、誰の心からも決して消えないようにする事を選んだ。


沢山の人に、『私』という人間を覚えて貰うんだ。










―――そして迎えた入学式。




私は、演説をした。



『私』という存在が、皆の心に鮮明に刻みつけられるように。




私は、史上最低最悪の演説をした。










――演説が終わると、私は入学式を抜け出し、学園をさまよった。




勿論、死に場所を捜す為だ。





死に方も、出来るだけ目立つのが良かった。


皆の心に残るのなら、派手な死に方の方が良いと思えたからだ。








そして私は、飛び降り自殺を決行する事にした。


暖かな風が吹く屋上で、かなり低いフェンスをよじ登り、狭い足場に降り立つ。









――ああ、高いなあ。


今から落ちるんだよなあ。

落ちたら痛いんだろうなあ。



でも、一瞬で終わるんだろうなあ。


痛みも。 苦しみも。

私の人生も――――。







「もうすぐ逝くからね………」




私はそう呟いて、フェンスから手を離し飛び降り………


「そんな所で何してるの?」







ようとしたその時。

後ろからとても可愛いらしい声が聞こえた。



ゆっくり振り返ってみると、そこには小さな少女が立っていた。



大きなベレー帽みたいな帽子を被っていて、髪は薄い水色。



目はパチッと大きく、色素の薄い頬はピンクに染まっている。



格好を一言で示すなら、斬新奇抜。



ここの学校の制服では絶対ないと思う。


自分好みに改造したのであろうか。






……とにかく、人形みたいだった。


ちょこんとしていて、とても可愛らしい。


その可愛さの中心である少女の顔は、不思議そうに私を見つめていた。





「もう一回質問するわ。 そんな所で何してるの?」








……見て分からないかな、コレ。



どう考えても自殺でしょ。

こんな人気の無い危ない場所に立ってたら、自然に自殺だって分かるでしょ。





でも、

「あ、自分今自殺しようとしてたトコなんス。 良かったら一緒にどうスか?」

みたいな事は口が裂けても言えねーし、どうしたもんかねこの異例な状況。






「………………………」




無言。

私は無言を選びました。

良いねぇ無言。




何も言わないって、結構色々な場面で使えるよコレ。


無言サイコー。 いえー。









と、その刹那。





「ああ――――――――――――――ッ!!?」


少女がいきなり私の顔を見て叫び出した。





な、何?

無言って相手を意味も無く発狂させる力があったの?


驚愕の事実だわ。




少女は目をキラキラ光らせて、ハイテンションで話しかける。





「キミってさっきの演説の子だよねぇ!!

ねぇねぇ、どうしてあんな事言ったの!?

チョー格好良かった―――!!

ホント勇気あるよね―。

あの誰も恐れない百獣の王を彷彿とさせる堂々とした言葉の数々!!

感動したわ!

あの後お父さんがそれを批判する話ばっかりするから、ムカついて抜け出して来ちゃったくらいよ!!

……でも、まさかこんな所で出会えるなんて。

夢にも思ってなかったわ!

凄い凄い、凄すぎる―――――――!!」










……あー、うるさいうるさい。

何なんだろうこのイタい子。




いや、人の事言えないか。

入学したてであんな事言った私もどうなんだって話だしね。







でも、私はこんな変な子と同類じゃない。

そう、私は心に重たい傷をおってんの。


こんなヤツと同類なハズが………



「もう、いつまでそこにいるのよ!

早くこっちに戻って来なさい!!」








え、えー。


私の決死の覚悟が、今のコイツの言葉で丸ごと崩壊した気がした。




少女の顔を見ると、『早く! 早く! 私アナタと色々喋りたいの!!』

みたいなキラキラした眼差しで、こちらを痛いほどに見つめていた。





……いい加減にしてよ。

私だってプライドがある。


誰にも私の邪魔はさせない。

また、天国でみんなと一緒に暮らすんだ。

アンタみたいな変態に、私の邪魔をする権利なんてこれっぽっちも無い!



「行くわけねーだろバカ。

趣味わりぃカッコしやがって。

テメエの自己満に付き合ってられるほどお人好しじゃねーんだよ!

…私は、絶っっっっ対そっちに行かねーからな!!」










何故、こんな事になってしまったのだろう。





「それでさぁそれでさぁ、キナミはそこで言うワケよ。

『例え神がアナタを許しても、ワタシがアナタを許さないっ!!』って!

ね!? 格好良いでしょ!? やっぱり素敵よね〜……………」







さーて諸君、問題です。


彼女は一体何をほざいてやがるのでしょーか。








……結局フェンスの向こう側から連れ戻された私は、コイツのヒーローの美学やら何たらを聞かされ、今の現代人のあり方とか、アニメの進歩についてとか脱線に脱線を繰り返し、今現在。



『天才霊媒少女キナミ』と言うアニメの真髄について語り合っていた。





訂正。

私は語っていない。



ただコイツがチンプンカンプンな事をひたすら一方的に、それはまるでマシンガンの如くノンストップで話し続けていた。






――死ぬ前にちょっとだけ話を聞いてやろうと思ったけど、いい加減飽きてきた。




何だろ、この倦怠感。


私って、死ぬつもりじゃなかったっけ。


どうして知りもしないアニメについて語られているのだろう。






――ああ、ダメだ。

こんなんじゃダメだ。


これ以上、彼らを天国で待たせらんないよ。




早く……死ななきゃ。





私は未だに喋り続ける少女を後目に、スッと無言で立ち上がった。


その様子を見た少女が不思議そうに呟く。



「…あ、あれ?

どこいくのよ?」





……その外見と似合わず大人びた口調が、とても苛立たしい。




私は暫し葛藤した。



コイツに正直に告げてから死ぬか。

それか無言で立ち去り、別の場所で死ぬか。







数秒間無言状態が続き、私は後者を選択した。


よくよく考えれば、コイツに私の事情を話す必要なんてこれっぽっちも無いのだ。




私は少女の問い掛けにも答えず、その場から立ち去る。




屋上はもうダメだ。


違う死に場所を探すしかない。




クソッ……余計な事しやがって、この女。



私は歯噛みしながら、扉のノブに手をかける。




ドアを開くと、急に心地良く吹き付ける春風が冷たくなった気がし、優しく照りつけてくる日光が、妙に鬱陶しく感じられた。



私がドアの境界線を超えようとした瞬間、後ろからか細い声が聞こえた。









――そう、本当に小さい。


今すぐ千切れてしまいそうな、糸のように張りつめた声。










「………また死ににいくつもりなの?」






「え………?」



私は無意識の内に聞き返してしまった。



コイツ……私が自殺しようと思ってるの知ってたの?



水色に染まる少女は神妙な顔つきで、再び言葉を吐いた。





「…そう思ってるのなら、やめといた方がいい。

君はまだ死んじゃいけない」







――コイツは、一体何を言っている?


何を勝手な事を言っている?



分かるのか?

私の気持ちが分かるのか?



お前に。

何も知らないお前なんかに。



大切な人を失った私の気持ちが、お前みたいなヤツに分かるのか?






そのような言葉達のせいで、心がはちきれそうになった私が思い切り叫んでやろうとした瞬間。

彼女は、再び呟いた。





「だってさ……無理だもん」





………?


無理……だって?


何が?

一体どういう意味?


疑問が回り続ける脳の中に、また少女の言葉が紛れ込んでくる。





「…だから、無理なんだよ。

逝けるワケないもん。

自殺ってさ、もう自分にはこれ以上何も出来ないって極限にまで落ち込んで、追い詰められて………………そんな時だけに行使出来る、便利な言い訳なんだよ。

そんな都合の良い死に方、神様が許してくれると思う?

……私は思わない。

今アナタが死んだって、きっと天国には逝けないと思う」





――私は、その千切れそうな声を黙って聞く。






「アナタがどれだけ壮絶な事を経験して来たのかは知らない。

……でもね、少なくともそれ以上の苦痛や不幸を体験して、まだ『生きたい』と思ってる人だっているんだよ。

こんな言い方は失礼かもしれないけどさ、それでもアナタより辛い思いを一生背負いながら生きていく人だっているんだよ」




――私は、ただただ黙って聞く。

風が吹く音すらも全てシャットアウトして、彼女の声だけを聞く。






「…それなのに、自分から逃げたアナタが、自分の言い訳の為に神様から貰った大切な命を投げ出すなんて………。

それは立派な裏切りだよ。 恩を仇で返してるんだよ。

自分の事だけ考えてればそれでいいの?

まだまだ生きたいと思ってる人達の想いは、一体どうなるの?」





――少女は苦しそうに胸を押さえながら、尚も話し続ける。






「…私だって、死にたいと思う時はある。

誰にだって、そんな事を思う時がある。

それでも死なないのは、誰かがその人を支えてくれているから。

――もしアナタにその支えが無いのなら、私が代わりに支えてあげる。

いつだってアナタの力になって、いつだってアナタを励ましてあげる。

誰がアナタを責め立てようと、絶対に裏切ったりしない!!」





――心からの叫び。

彼女の目から、涙が零れ落ちていく。


ぐしゃぐしゃになった顔で、少女はまだ叫び続ける。







「………だから。

だから、自殺なんてやめて!!

考えないで!!

そんな事、決して私が許さない!


アナタが死ぬ事…………ううん、アナタが死にたいって思う事。

誰かが許しても、私や神様が絶っっっ対に許さないんだから!!!」










――その言葉の一つ一つの力は、とても小さく思えた。

つつけばすぐに折れてしまいそうな、少女のか細い声の塊。




私はずっと黙って聞いていた。

表情も変えず、ただただ黙って聞いていた。



…それでも、彼女がどれだけ言葉を発したところで、私の傷みきった心にそれらが届く事は無いだろう。


私が支えると言われても、信頼出来る筈がないだろう。




――そう思ってしまうほど、その少女の容姿はとても頼りなく見えた。










………でも、どうしてだろう。


どうして、あんな頼りない言葉ばかりを並べられたのに、










――私の頬には、一筋の涙が伝っているのだろう。




どうして、彼女の言葉はこれほどまでに力を秘めているのだろう。


どうして、彼女の言葉が、これほどまでに胸に響いたのだろう。




答えは、きっと私自身にあった。





私には大切な人などいない。

私には支えてくれる人などいない。

私にはもう何も無い。

私はもういなくなりたい。

私はもう消えたい。






……そんな事を考えつつも、私は誰かを求めていたのではないか。


心の最も深い部分で、知らない内に、誰かを求めていたのではないか。


私を支えてくれる人は誰もいないと思い込んで、知らず知らずの内に心を閉ざしていたのではないか。





――そのような事を考えると、私はどうしようも無いほど悲しくなった。


同時に、どうしようも無いほど嬉しくなった。







――ただ、答えを見つけた。

私が私で今ここに存在しているという意味を。


私は誰かを求めて今まで生きていたという事実を。


私はただ、それに認めずに全てから背けて逃げていたという事を。






たったそれだけ。


たったそれだけの答えを知っただけで、私は涙を流した。




悲しみ苦しみ憎しみ憐れみ……全てが体内で精製され、そして洗浄されていく。






私は、初めてこんな気持ちの良い涙を流した。



本当にどうしようもなく、私の心には桜吹雪のような綺麗な感情達が吹き荒れていた。









――涙が、次々と流れる。


何もかも、私の中身を綺麗に洗い流してくれる涙。




そんな涙が、いつまで経っても止まらない。



ただ、化粧で固めた頬の上を、川のように流れ落ちていくだけであった。










「―――泣かないで、姫」




突然少女は、私にそう呟いた。







「えっ………?」







ひ………め……?



それ、死んだ彼らが私を呼ぶ時の………。

一体どうして…………?





すると彼女は、私の呆然とした顔を見て、急に慌て始めた。







「あっ…………ご、ごめん!

アナタの泣き顔、キナミの泣き顔そっくりで…………。

キナミは仲間達から『姫』って言われてるから、つい…………」






「…………ひ、め……」




「わ、わわわっ!

やっぱり……嫌だった? ほ、ホントごめんね。気に障ったのなら、もう絶対呼ばないから…………」




少女は今にも泣きそうな顔で、しょぼんと下を向く。








――流れていた涙が、急に止まった。


春風が、とても温かくなった気がした。




もう、逃げない。

もう、迷わない。



私は、一生懸命生きてみせる。

誰かに支えられながら、精一杯生きてみせる。





それが、私のたった一つの存在理由なのだから。







「…………ううん」





――私は、呟いた。

とても、力無き声で。


それでも、彼女の耳に届く最低限の声で、呟く。










「……いいよ。

『姫』って呼んでくれて」










午前7時45分―――






舞台 1―B学生寮 明日の部屋―――








ピピピッ、ピピピッ。







―――はっ、朝……か。



私はまだまだ睡眠を所望している目をごしごしと擦り、ベッドからムクリと起き上がった。





むー……昨日ゲームし過ぎたかな。

とても眠たい。



でもやっぱり龍〇如くは面白いなー。


格好良さ過ぎだよねー、あのアクション。

特に敵を壁に叩きつけるの。






私は枕下で鳴り続ける耳障りな電子機器のスイッチを切る。









――今日から、また私の生活が始まる。





2ヶ月前、彼女に出会ったあの日から、私の生活は激変した。




勉強も運動も委員も恋も、今は全てが楽しい。


途中あのサイテー演説のせいで色々嫌な事あったけど、それはまた別の機会に。

……でも、本当に彼女に出会えて良かった。


私は、彼女にとても感謝している。

いや、感謝してもしきれない。







これでやっと顔向け出来るね、お父さん。



私は、精一杯生きてます。

毎日が、私の存在理由になると思って。



私は、精一杯愛しています。

私が生きれるこの世界を。


…そして、私自身を。










――すると、急に枕下で充電しておいた携帯が鳴った。





誰だろうこんな朝早くから………と思いながら携帯を見ると、小型液晶に『ミシキ』の文字が。









私は携帯を開いた。


受信ボックスに、一件。



私を変えた少女の名前が、そこにはあった。






『件名:起きた?

おはよう姫(^o^)/

今日も頑張ろうね!

―――end―――』







「…………ぷっ」






ホントに可愛らしいなぁ彼女は。

思わず吹き出してしまった。



私は、いそいそと返信する。






『件名:今起きたよ

おはよう(^w^)

今日はなんか良い日になるかも。

一緒に頑張ろうね♪

―――end―――』







…よし、送信っと。






さて、早くご飯食べて学校行かなきゃ。


そして、朝彼女に会ったらお礼を言おう。





いつもありがとう、って。

これからもよろしくね、って。






―――私の友達。


史上最高の、友達。










大好きな大好きな私の親友、黄桜 水色に。


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