児童虐待には強力な措置を講じるべき理由
児童虐待に対して、社会はあまりにも甘すぎた。
「家庭の問題」「事情があった」「母親も追い詰められていた」
そうした言葉の裏で、どれほど多くの子どもが、声を奪われ、心を壊されてきただろうか。
子どもへの虐待は、しつけでも、感情の行き違いでもない。
人生を根こそぎ破壊する犯罪だ。
自己肯定感、他者への信頼、安心して生きる感覚――それらは一度壊れれば、何十年経っても完全には戻らない。被害者は、大人になってからも苦しみ続ける。
とりわけ深刻なのが、母親が新しい男を家庭に入れ、その男が虐待を行い、母親がそれを止めない構図だ。
この場合、加害者は一人ではない。
暴力を振るう男も、見て見ぬふりをした母親も、同じく子どもを裏切った加害者である。
守る立場にある者が守らなかった。
それは同情の余地のある「失敗」ではなく、明確な責任だ。
だからこそ必要なのは、はっきりとした対応だ。
まず、加害者は刑務所に収容されるべきだ。
これは報復ではない。再発を物理的に止めるための最低条件である。
そして刑務所では、形式的な反省ではなく、人格と行動を根本から矯正する「強力な更生」を行わなければならない。
・自分が何を壊したのかを直視させる
・支配欲や暴力衝動の構造を理解させる
・再犯すれば人生が終わるという現実を叩き込む
これは救済ではない。
一生向き合わされる罰であり、社会に戻るための最低限の条件だ。
そして、母親も例外ではない。
「依存していた」「怖かった」「生活が不安だった」
その言い訳のすべては、子どもの心の傷の前では無力だ。
守れなかったのではない。守らなかったのだから。
子どもは選べない。
親も、環境も、逃げ道も。
だからこそ、大人と社会は、子どもより重い事情を持ってはいけない。
児童虐待を本気でなくすとは、
優しく語ることではない。
厳しく、確実に、二度とやらせない仕組みを作ることだ。
子どもに一生消えない傷を与えたのなら、
大人も一生、その責任から逃げられない。
それが当たり前の社会になるまで、
「強力な措置」をためらってはいけない。




