第4章
西日に照らされた学園のカフェテリアの中で、鈴香たちが座るテーブルの周りだけ、空気がどこか緊張をはらんでいるようだった。鈴香と颯太、綾音、周平の四人がテーブルを囲んで頭を突き合わせている。
「もう一度、情報を整理しよう」
颯太は腕を組み、三人の顔を見渡しながら口火を切った。
鈴香は、言葉を選ぶように慎重に続ける。
「誰かが、限定プリンを、美術室に持って行って、食べた」
「でも、美術室はここ最近、ずっと入口が施錠されてるんだ」
いつもどおりの周平の声のトーンは、鈴香に自身の緊張を自覚させる。
そこに、綾音が新たな情報を追加した。
「職員室で先生に確認したところ、創立記念日に美術室の鍵を借りにきた生徒は一人もないとのことです。つまり――美術室の鍵については、犯人につながる情報は得られていません」
鈴香は思わず椅子から立ち上がり、テーブルに手をついた。瞳の奥に、悔しさと苛立ちが混じり合う。
「こんなに調べているのに……美術室のゴミの他には何の手がかりもないってことなの……」
テーブル席に短い沈黙が落ちた。
颯太は少し間を置いてから、鈴香に目を合わせて静かに口を開く。
「……どうしても手がかりが必要なら、お前の家の力を借りるという手もある」
鈴香は一瞬、耳を疑ったように眉をひそめた。
「え……それって、お金の力を使うということ?」
頭の中で、先ほどまでの事件解決への熱意と、父の力に頼ることへの違和感がせめぎ合う。
「そうだ……。さらに詳しい情報を手に入れるために、美術室のゴミ箱から手に入れたプリンのカップと蓋、それにスプーンを、詳しく調査してもらえないか。それで、事件を解決できる可能性が大きく広がるはずだ」
颯太の声はいつもより力強く、強い意志が感じられた。
それに対して鈴香は即座に首を振り、反射的に拒否の言葉を発する。
「だめよっ!……そんなの、わたしは自分の力で……」
颯太はわずかにため息をつき、再び鈴香の目をまっすぐに見据えた。
「わかった、決めるのはお前だ。でも、お前が拒否するなら、オレはここで降りる。情報収集も推理も、探偵活動は全部自力でやれよ。オレが手伝うのも、金の力を使うのも、同じことだろう?」
颯太の強い視線とはっきりとした物言いに、鈴香は言葉に詰まった。反発と迷いが入り混じり、視線が机の上で揺れる。
(自分の力で解決したい……! でも……自分の力だけじゃなく、颯太にも、綾音や田村くんにも協力してもらってるし……お金の力も使ってでも、事件を解決すること……それが一番大事なのかも……)
俯きながら目をさまよわせ思案していると、鈴香の指先にあたたかいものが触れる。綾音の手が、しっかりと鈴香の手を握りしめていた。思わず顔を上げると、はっきりとした声が返ってくる。
「お嬢様、私は常にお嬢様をお支えします」
綾音の目には、しっかりとした意思がこもっていた。
「俺もいるぞ!」
そこに周平の声が重なるのを聞いて、鈴香の心の迷いがゆっくりと晴れていく。
やがて、鈴香は深く息を吸い込み、目を伏せながら小さくうなずいた。
「……わかったわ。今回だけよ」
鈴香はそう告げると、意を決してスマートフォンを取り出した。
通話先を選んでいるときも、鈴香の胸の奥には、まだわずかに抵抗感が残っていた。だが颯太は、まるで鈴香の葛藤をすべて見透かしているかのように、口元にわずかな笑みを浮かべ、ゆっくりとうなずいて見せた。
「これは楽しみだ」
周平もすっかり乗り気で、横では綾音も嬉しげに微笑んでいた。
「……お願いし……」
「……ほんと、言い出したら……」
依頼の電話を終えた鈴香が振り返ると、颯太と綾音が何やら親しげに話し合っていた。
「ち、ちょっと二人とも、何をコソコソ喋っているの!」
「いや……、雑談だよ、ただの……。綾音さんと喋るのが久しぶりだったから、色々とさ……」
振り向いた颯太の顔には、どこかつかみきれない、さっきまでになかった表情が浮かんでいるように思えた。
(何を話してたんだろう……)
「そうっ……」
「お嬢様。田村様は、約束があるとのことで、先にお帰りになりました。
綾音の報告はいつもどおりで、鈴香は何だか気が抜けてしまった。
「そ、そうね、わたしたちも、今日は帰りましょう」
そう言葉にした途端、鈴香は胸の奥に小さな波紋が広がるのを感じた。何に反応しているのか、自分でもはっきりしない。ただ、先ほどの二人の笑い声が、なぜか耳から離れなかった。
翌日の放課後、校舎屋上のテラスに、再び鈴香と颯太と綾音、周平が集まっていた。
綾音が指し示しているタブレットの画面には、昨日回収したプリンのカップと蓋、スプーンの調査結果が整然と表示されている。
「見て、これ……昨日回収したプリンのカップから誰か一人の指紋が検出されたの」
鈴香が指を差すと、周平は画面に顔を近づけ、指紋の微細な模様をじっと見つめた。
「本当だ……これで、手がかりが一つ増えたな」
「はい。指紋は確実な証拠になります」
綾音も心なしか高揚しているように見える。
一方で、颯太は二人の早急さをとがめるように、冷静に指摘した。
「まだ解決には遠いぞ。次はこの指紋が誰のものかを特定する必要がある」
鈴香も綾音のタブレットの画面に目を落とし、考え込む。
「さすがに全校生徒の指紋データは手に入らないわね」
その言葉を聞いて、綾音が珍しく鈴香に意見した。
「お嬢様、旦那様の口癖をお忘れですか?」
「えっ? それって……『金で買えないものなどない』っていう……?」
鈴香は驚いて目を見開くが、父の口癖と言えばそれしか思い浮かばない。
「どのようにすれば良いのかはわかりませんが、きっと方法はあるはずです」
鈴香には、綾音が何かを確信しているように見えた。
颯太もすぐに賛成する。
「綾音さん、確かにそのとおりだ。こいつに金の力を使えと言っておきながら、オレは何をやってるんだか……」
周平もうなずきながら陽気に反応する。
「面白くなってきたな。作戦会議と行こう!」
「本当にもう……。でも、そうね。今回の事件に関しては、もうお金の力を使っちゃったんだし、1回も2回も変わらないわよね……」
なし崩し的に話が進んでいく事態に遅れまいという焦りの後押しを受けて、鈴香の気持ちも次第に固まっていく。
――そうすることが、事件解決へつながるはずなのだ。と、自分に言い聞かせながら。




