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富豪令嬢探偵  作者: 大神杏平
第五話 富豪令嬢探偵、決意
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第5章

それからしばらく経ったある日。

鈴香のスマートフォンに母から短い連絡が届いた。通知を開くと、簡潔に要件が記されていた。

『学園の美術品不正取引を受けて、自宅の美術本を棚卸・再鑑定したところ、先日落札した作品に、隠された暗号らしきものが見つかりました』

鈴香はすぐに颯太、綾音、周平とともにカフェテリアに移動し、作品の片隅に描かれた奇妙な幾何学模様と、鏡文字のように逆さに書かれた文字列が表示された画面を示す。光の加減で線が微かに揺らぎ、四人の間に張り詰めた沈黙が生まれた。

「これ……ただの文字列じゃないわね」

鈴香は指先で画面を辿りながら、小さく息を吐く。鼓動がわずかに早まった。

颯太は黙って画面を見つめている。

「規則性はあるようだが意味は分からないな」

「変な模様だな。これ、何かの合図かな?」

周平にも心当たりはないようだ。

綾音は情報が転送されたタブレットの画面を確認し、落ち着いた声で答えた。

「情報量が少ないため、通常の解析では困難です。手がかりが増えれば、可能性は広がりますが……」

「そういえば!」

一瞬の沈黙を破り、周平が綾音に視線を向ける。

「伊藤さん、あの『闇の美術商』――黒川のアトリエのこと、前に調べてなかったっけ?」

綾音は突然の周平からの質問に珍しく戸惑ったのか、一瞬まばたきをしてから口を開いた。

「はい。『闇の美術商』と呼ばれている黒川が経営していて、黄金比や鏡文字の研究もしているという情報です」

「黄金比と鏡文字……」

鈴香は画面を見つめながら、記憶を手繰り寄せる。胸の内で、ひとつの糸がつながる感覚があった。

思わず顔を上げると颯太と目が合った。颯太はうなずき、綾音に向き直る。

「綾音さん、これ、黄金比や鏡文字を使って解析できるかな?」

「はい。通常のコンピュータでは困難ですが、スーパーコンピュータで試行可能です」

綾音がどこからか取り出したノートパソコンを操作し始めると、画面に無数のコードとデータが高速で流れ、光の粒子のようにきらめいた。カフェテリアの空気がさらに張り詰め、緊張が一層増す。解析は続き、やがて綾音は小さく首をかしげ、ゆっくりと息を吐いた。

「時間がかかりすぎます。このままでは完了の目途が立ちません」

鈴香は即座に追加の指示を出した。

「わかったわ。神戸家が出資している研究所の量子コンピューターを使いましょう」

颯太は目を見開いてずっこけた。

「ま、まさか量子コンピューターまで……」

その声には驚愕だけでなく戦慄が混じっていた。

体を張った颯太のリアクションには目もくれず、綾音は次の操作に取り掛かっている。

「はい。黄金比と鏡文字のパターンをアルゴリズムに組み込みます」


数分後、解析結果が出力される。ノートパソコンの画面には、クラウドストレージのアドレスとアクセス用の認証情報が表示されていた。

「解析完了。アクセス情報も取得済みです」

綾音は淡々と報告する。だが、その指先は少しだけ緊張で震えていた。

鈴香は即座に該当のデータにアクセスし、神戸グループの専門部署に確認を依頼した。やがて、報告書が届き、四人は画面に見入る。

「ここに要点がまとめられています」

綾音が画面をスクロールしながら説明する。

「クラウドには、美術品不正取引の記録、所在不明品と金銭の流れ、関係者間のメールや隠蔽工作のログが含まれています」

周平は驚き、ぽつりと息を漏らした。

「うわ……本当に組織的だな」

画面を注視していた颯太が、ある一行を指差した。

「……オレの父さんの会社の記録がここにある」

鈴香は驚いて、眉をひそめた。

「どういうこと?」

颯太は静かに語り始めた。

「昔、父さんは運送と倉庫の会社を経営していたって言っただろう。お前のお爺さんの会社から仕事をもらえることになって、取引は順調に増えていったんだ」

鈴香は黙って耳を傾けていた。颯太の声は落ち着いているのに、その奥にはどこか痛みがにじんでいる。颯太がこれまでどんな思いでこの記憶を胸にしまってきたのかを想像すると、胸の奥が少し締めつけられた。鈴香は言葉を挟まず、ただその続きを待った。

「だが、荷物の中に不正に取引された美術品が含まれているのがわかって、取引は打ち切られてしまった。突然大口の取引先を失った父さんの会社は破綻したんだ。後になって聞いたんだけど、不正の当事者は逮捕されたんだが、その裏には黒幕がいたらしい」

周平は大きく息をつく。

「やべえ……まるで映画の世界の話だ」

鈴香はゆっくりとうなずく。

「つまり――今回の不正も、その黒幕と繋がる可能性がある、と……」

颯太の瞳に、一筋の光が差した。

「記録をたどれば黒幕に近づける。あの美術室の盗難も、きっと同じ奴が……!」

周平が立ち上がり、拳を握った。

「望むところだぜ!」

周りの盛り上がりに対し、綾音は冷静に釘を刺した。

「感傷に浸る暇はありません。この情報を分析し、決定的な証拠を揃える必要があります」

鈴香はゆっくりとうなずき、三人を見渡す。

「これで、『闇の美術商』の不正をすべて暴き──『真の黒幕』まで追い詰められるかもしれない」

そして、少しだけ柔らかく声をやわらげる。

「そうすれば颯太のお父さんも、きっと……」

「……ああ。そうだな」

颯太は短く答え、拳を握りしめた。

長時間に及んだ相談がようやく終わり、気づけば外はすでに暗くなっていた。放課後の喧騒はすっかり引いており、カフェテリア内の厨房から小さな音が響く。残るのは照明に照らされた四人だけだった。

その場に静寂が戻る。だが、四人の胸の奥には、確かな明かりが灯っていた。


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