第2章
校長室を後にした鈴香は、カフェテリアへ戻ると、仲間たちに短く報告した。
その結果を受け、綾音はすぐにタブレットを操作する。どこからか入手した学園の美術品管理台帳のデジタルデータには、所蔵している美術品が鮮明な画像と説明文とともに記録されている。画面が滑らかに切り替わるたび、鈴香、颯太、周平の三人は目を見開いた。
「確かに素晴らしい作品が揃っているわね……でもこれを見ても、どの作品が『所在不明』かは分からないわ……」
鈴香は首をかしげながら綾音が持つタブレットの画面を覗き込んだ。心の中では、何か手がかりがないかと、すぐにでも現場に足を運んで確認したい気持ちがくすぶる。
周平は肩をすくめ、申し訳なさそうに笑った。
「ごめん、そこまで正確には分かんないんだ。噂では、応接室や会議室に飾られていたいくつかの作品が、消えているらしいんだけど……」
情報を伝える自分の役目に焦りを感じているのか、鈴香たちの反応を窺っている。
「なるほど、そうなの……」
鈴香はうなずき、慎重に画面を確認している颯太に視線を向け、微かに笑った。
「颯太、やっぱりいつも冷静ね」
颯太は無言で画面に視線を走らせているが、不審な点は見つからなかったようだ。
「手がかりなし、か」
低くつぶやく声には焦りではなく、慎重な思考がにじんでいた。
鈴香は小さく息を吐き、綾音に問いかける。
「綾音、管理台帳に不審な痕跡はなかった?」
「はい。データベースのログを調べましたが、不審なアクセスも不自然なデータもありません。改ざんの痕跡も確認できませんでした」
綾音は淡々と報告し、室内には一瞬、沈黙が広がった。皆の心に、失望と不安が静かに積もるのがわかる。
その沈黙を破るように、周平は肩をすくめ、わずかに笑みを浮かべた。
「うーん、手詰まりってやつだな。でもまあ、こういうのって、意外とワクワクするんだよな」
場の空気を軽くしようとする彼らしい気配りがありがたい。
「じゃあやる気が出るってことね」
鈴香は軽く微笑んだ後、すぐに表情を引き締め、次の手を考える。
「こうなったら、現物を確認するしかないわ。綾音、校長室や応接室に飾られている美術品、収蔵庫にあるものも含めて、現在の状態を確認できるかしら」
「かしこまりました」
綾音は小型ドローンを手のひらに乗せ、窓の外へ静かに飛ばす。その動きは正確かつ冷静で、無駄はなかった。
翌日の放課後、撮影された画像を教室で四人が丹念に確認している中、周平のスマートフォンが震える。周平はその内容を確認するなり目を丸くし、画面を鈴香たちに突き出した。
「見てくれよ。オークションマニアの友達に画像を送ったら、それにそっくりな絵が最近、海外のオークションに出てるって連絡が来た!」
画面を食い入るように覗き込んだ鈴香は思わず叫んだ。
「これって、なくなったっていう、玄関に飾ってあった絵じゃない!」
それを聞いて綾音は素早くタブレットを操作し、その画面を鈴香達に向ける。
「台帳に記録されているものと同じと思われる絵画が他に二点、同じオークションサイトに出品されています」
鈴香はタブレットの画面を注視し、瞬時に考えをまとめた。
「つまり、本物が外部に流出して、学園に残っているのはすり替えられた贋作の可能性が高いってことかしら。行方不明の応接室の絵もすり替えられたのかも……」
「それを確かめる必要があるな。この画像で鑑定できるか?」
颯太が即座に次の行動を示すと、鈴香は綾音に向き直る。
「この画像の作品が本物かどうか、今日中に鑑定するように手配してもらって」
「承知しました。奥様がお詳しいので、そのルートで依頼すれば大丈夫と思います」
綾音は微動だにせず、落ち着いた声で答える。急な指示にもかかわらず、綾音の表情には一切の動揺は見えない。まるで日常の一部であるかのように淡々と指示を受け入れてくれた。
しばらくして、綾音のタブレットが振動した。
「鑑定結果が出ました。お嬢様の推理どおり、オークションに出品されている三点の作品は、贋作にすり替えられている可能性が高いです。画像からの鑑定ですので不確かな点は残るものの、差異は明瞭に検出されたとのことです」
周平は興奮気味に身を乗り出す。
「マジか、すげえな。事件っぽくなってきた!」
鈴香の口元に確信の笑みが浮かぶ。心の中では次に何をすべきかワクワクする気持ちが抑えられなかった。
颯太は静かに口を開き、次の行動を示す。
「――これは、急いだ方がいいな。決定的な証拠を掴む必要がある」
緊張感を胸に、次の手を慎重に思案していた鈴香は、颯太の言葉に顔を上げ、目を輝かせた。
「そのために動くのね。綾音、オークションの情報を調べて。出品者やルートがわかれば手がかりになるわ」
綾音は静かにうなずき、タブレットに指を走らせる。
周平は驚きの声を漏らした。
「え、オークションに参加するのか? でも、本物が出品されているのなら――」
「落札するのよ!」
平然と言い放つ鈴香の言葉に、周平は目を丸くする。
「まさか、本気かよ? めちゃくちゃ金額いくぞ」
「ええ。やるわよ。だって――『お金の力』はわたしたちの最大の武器だもの」
鈴香は顔を上げ、いつもの自信に満ちた笑みを浮かべる。
周平は苦笑し、頭を掻いた。
「いやー、俺には想像もつかないけど、面白そうだな」
緊迫した計画の中の、気持ちを和らげる瞬間だ。
綾音は一瞬微笑み、オークションサイトの画面に視線を戻した。颯太も画面に映る出品情報をじっと見つめている。
「これで、誰が不正に関与しているのかが分かればいいんだが――この事件は、オレの父さんの会社が不正に巻き込まれた、あのときの構図に似てるんだ」
「お父さんの……?」
周平の疑問に対し、颯太は短く説明する。
「昔、父はさん運送や倉庫の仕事をしていた。あのときも、荷物だった美術品に関連する不正があって――不正には海外のオークションが使われて、それで会社が傾いたんだ」
その告白に、教室内の空気が引き締まる。鈴香は無言でうなずき、思いを新たにした。
「もし今回の不正が、その延長線上にあるなら――颯太のお父さんの事件の真相が明らかになるかもしれないわね。だから、ここで確かな証拠を掴むのよ、絶対に!」
颯太は驚いたように鈴香を見据え、力強くうなずいた。
「そうだな……わかった。父さんのためにも、この事件は絶対に解決してやる」
その静かな声には、強い意志が込められていた。
「じゃあ、オークションに参加する準備をしましょう。綾音、アカウントを用意して。田村くんも手伝ってくれるわね」
鈴香は頭の中でイメージを具体化し、テキパキと指示を飛ばす。
「了解。俺、実況係だな!」
周平が軽くガッツポーズをして場をなごませる。緊迫感に包まれた場がほんの少しやわらいだ。




