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富豪令嬢探偵  作者: 大神杏平
第五話 富豪令嬢探偵、決意
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第1章

放課後、学園のカフェテリアには、低く傾いた冬の夕日が差し込んでいた。外気の冷たさを和らげるように、大きな窓越しのオレンジ色の光がテーブルを温かく染め、壁に飾られた現代アートの鮮やかな色彩をいっそう際立たせる。昼間の喧騒が去り、今は別世界のように静けさに包まれていた。

神戸鈴香は、隣に座るメイド服の伊藤綾音と、向かいに腰掛ける森永颯太と共に、紅茶の湯気を眺めながら穏やかな時間を過ごしていた。大富豪の令嬢としての暮らしは何不自由なく、誰もが羨むものだ。けれども、鈴香にとって心が躍る瞬間は、その生活の外にあった。幾度かの事件を経て知ったのは、謎とその真相を追う中でこそ胸が高鳴り、己の存在を強く感じられるということ。探偵活動は、もはや退屈の埋め合わせではない、鈴香の心を確かに生かすものへと変わりつつあった。

颯太は、鈴香の声に静かに耳を傾けていた。幼いころから神戸家と関わり続けてきた彼は、言葉の奥にある鈴香の思いを、いつもさりげなく察してくれる。その穏やかな沈黙が、鈴香には不思議と心地よかった。事件を共に追うようになってから、颯太との間に、かつてのすれ違いを越えた信頼の絆が静かに築かれつつあるのをはっきりと感じた。

同じ席で紅茶を口にする綾音は、ほとんど表情を変えない。静かに姿勢を保つその様子は、そこにいるだけで場を落ち着かせる不思議な力を感じさせた。ときおり視線を上げる綾音の冷静な眼差しは、わずかに熱を帯びた颯太とのやり取りを、静かに見守っているようにも見えた。

鈴香は温かい紅茶を手に取り、ゆっくり息を吐きながらぽつりと呟いた。

「やっぱり、事件のない日常は少し退屈ね……」

颯太は軽く微笑み、短く答えた。

「お前が退屈を口にすると、決まって厄介ごとに巻き込まれる気がする」

その言葉の裏には、警戒心だけでなく、少しの期待が混じっていることを、鈴香は感じた。

「そのおかげで颯太も退屈せずにすむでしょう?」

綾音は小さく笑みを漏らす。

「おや、お嬢様と颯太様、最近ますます息が合ってきていらっしゃいますね」

鈴香は思わず俯き、紅茶のカップを持ち直した。照れの裏には、自分での中にも同じ気持ちがあることの自覚があった。

「ち、違うわよ! 別にそんな……」

颯太は気にする素振りもなく、カップを口に運ぶ。

「そ、そうそう。この絵、なかなかの値段がつくって聞いたわ」

見え見えだったが、鈴香は強引に話題を変更した。

その声に反応するように、斜め向かいの席の田村周平がスマートフォンを操作しながら反応した。

「そういえばさ、学園内でちょっとした噂があってね。応接室に飾られていた絵が、少し前から行方不明なんだって」

学園内の事情通である彼は、フットワークが軽く社交的だ。

颯太は壁の絵を横目に静かに呟いた。

「このカフェテリアの絵ですら、かなりの値がつくんだろう。なのにまさか、そんなものが……」

綾音はいつおどおり淡々した声で応じる。

「颯太様、学園にはこれ以上に価値のある美術品も多くございます。美術品の管理台帳を拝見したことがありますが、目を見張るほどの作品が揃っています」

鈴香は事件の可能性に胸を高鳴らせたが、その裏で警戒心が素早く顔を出し、次の行動を慎重に計算し始めた。

「それってもしかして、この前の、玄関に飾ってある絵画がなくなってたって件と同じじゃないの?」

鈴香の疑問を受け、周平はさらに情報を付け加えた。

「理事会の対立の話、前にしたかもしれないけどさ。寄贈された美術品の扱いで理事会が揉めてるらしいんだ。中には『不正がある』と言ってる理事もいるんだってさ。今度はえりなちゃんからの情報だから間違いないぞ」

わずかに身を乗り出した彼の姿勢と抑えた声色に、軽い噂では済まされないという真剣さが表れている。

「今度こそ本物の事件だとすると、リベンジの機会ね。退屈を吹き飛ばすには、ちょうどいいわ!」

颯太は一瞬、ため息をついたが、すぐに表情を引き締めた。頭の中では、すでに分析が始まっているようだ。

「美術品を巡る不正か……。父さんの会社の事件と同じ匂いがする……」

静かに呟くその声には、事件に向けた静かな意欲と、父の会社の事件の真相を暴こうという熱い覚悟が見え隠れしていた。

颯太の言葉に、鈴香の瞳が強く輝いた――行動は早い方がいい。

「念のため、校長先生に確認してくるわ」

鈴香は軽く息を整えると、椅子から立ち上がりテーブルを後にした。

「おい、もうツッコんでくれないのかよ……」

「素人にはボケは難しいんだ。オレはツッコミ一本で行かせてもらう……」

鈴香が振り返ると、机に突っ伏した周平を颯太がなぐさめているのが見えた。


鈴香は廊下を駆け抜けるように小走りで校長室へ向かう。

午後の光が窓から差し込み、廊下のタイルを金色に染めている。小さな足音が反響するたび、胸の高鳴りが増していく。

鈴香はドアの前で一度深呼吸し、静かにノックする。

「校長先生、応接室の絵画についてお伺いしたいのですが……」

校長は鈴香を見つめ、長いため息をついた。

「それは……応接室にはないのは事実です。ただ、誰がどこへ持ち出したのか、私にも分からないのです」

鈴香の心臓がぎゅっと締め付けられる。それと同時に胸の奥に熱い使命感が芽生えた。


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