表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
富豪令嬢探偵  作者: 大神杏平
第四話 富豪令嬢探偵、奮闘
27/35

第7章

――高校生弦楽大会。

初冬の澄み渡る青空の下、港の再開発地区に最近新設されたアリーナは、観客と出場校で埋め尽くされていた。木々の葉はすでに落ち、裸木が海からの冷たい風にそよぐ。通りを吹き抜ける風はひんやりと肌を刺し、街路には枯れ葉がわずかに舞っていた。

会場全体に緊張と期待が入り混じる空気の中、総合高校の弦楽部が登場する。

チューニングの音が静まると、指揮棒が振り下ろされ、一斉に音が解き放たれた。

冒頭は繊細で澄んだ旋律。やがて全体が重なり合い、迫力あるクライマックスへと高まっていく。部員たちの呼吸は一つに揃い、楽器が共鳴するたびに観客の胸を揺さぶった。鈴香も、舞台袖から真剣な表情でその光景を見守る。

鈴香の視線は舞台の中央、水沢美月に向けられていた。美月の額には汗がにじみ、その背筋は緊張で微かに震えている。部員たちの手元にも一瞬の緊張が走るが、互いに視線を交わし、再び息を合わせた。音楽室で何度も繰り返した練習のすべてが、この一瞬に注ぎ込まれているのだ。

――そして、最後の音が消えると、会場には一瞬の静寂。次の瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が響き渡った。


「発表します。優勝は――総合高校弦楽部です!」

総合高校の優勝が告げられると、会場は喜びに包まれ、美月と香澄、そして部員たちは、互いに抱き合い涙を浮かべた。

壇上に立った顧問の山本先生は、誇らしげにマイクを握りしめる。

「皆様、ありがとうございます。今まで部員とともに努力してきた甲斐がありました……」

だが、鈴香の目には、彼の表情にわずかな歪みが見えていた。

――誇りや喜びの裏に潜む、別の影。

その後、準優勝校等が順に発表されていき、表彰式が続く。

そして、最後の賞が告げられる。審査員席から観客席へと流れる顧問の視線が、美月で止まる。その瞬間――鈴香は確信を得た。この事件の黒幕は、やはり顧問だ。

「なお、今回特別に設けられた顧問賞ですが、残念ながら該当者なしとなりました。以上で表彰者の発表を終わります」

その言葉に顧問の顔が強張った。彼は審査員席に詰め寄り、声を荒らげる。

「そんなはずはない! この成果は私の指導の賜物だ! 顧問賞は当然、私が受け取るべきだ!」

その発言に場内がざわめき、観客席の視線が壇上に注がれる。やがて場内の物音は次第に小さくなり、緊張に満ちた静寂が会場を包む。鈴香はその場の緊迫感を肌で感じ取り、唇を引き結んだ。

そこへ、大会会長である鈴香の母が一歩前に出て、柔らかな笑みを浮かべながら告げた。

「いいえ。今回の優勝は、水沢部長が神戸鈴香さんに相談したことから始まったもので、外部の支援はありましたが、成果はすべて部員たちの努力によるものです。あなたの功績は認められません」

その静かながらも断固たる声に、会場全体が息を呑んだのがわかった。

顧問の顔が青ざめ、手にしたマイクが微かに震える。壇上の彼の背後で、部員たちの顔にも困惑と動揺が広がった。その中で、美月だけは一歩前に踏み出し、その視線を鋭く顧問に向けていた。

鈴香の母が審査員席の委員長に向かい、確認を取った上で断固とした口調で告げた。

「山本先生の指導について、大会として学校に報告させていただきます。先生の行動は、顧問としての倫理規定に反するものと判断いたします」

この明確な警告が顧問を打ちのめしたように見えた。顧問は顔面蒼白になり、誇りを守ろうとする最後の抵抗として、叫ぶように声を上げた。

「顧問賞がないだと!? 違う! この優勝はすべて私の功績だ! 神戸さんに依頼したのも、すべて私が水沢に指示したからだ! 私こそが、この部の、この優勝の、立役者なんだ!」

――それは、まさに自らの罪を暴露する言葉だった。

その瞬間、会場全体が再びざわめきに包まれた。

そして。鈴香が前に進み出る。冷静な眼差しで顧問を見据え、はっきりしたと声で告げた。

「やはり、そうでしたか。ありもしないバイオリンの盗難事件をでっち上げ、神戸家の支援を引き出そうとした――すべてはあなたの指示。この事件全体の筋書きは、山本先生――あなたが描いたものです!」

鈴香の声は会場の空気を大いに震わせる。そして観客席のざわめきが落ち着き、重い沈黙が訪れた。顧問の表情は、驚愕と恐怖で引き裂かれていた。

鈴香は言葉を区切り、顧問に向けてゆっくりと歩みを進めた。顧問は言葉を失って、壇上で震えている。

それまで無言で鈴香と顧問のやり取りを注視していた美月が中央に進み出て、涙ながらに告白した。

「……山本先生に『推薦入学を取り消すぞ』と脅されて……私は、言うとおりにするしかなかったんです」

顧問は、自分が追い求めた栄誉と功績がその手からするりとこぼれ落ちたことを悟ったように、静かにマイクを手放す。その表情は虚無感に満ちていた。

観客席からは同情と非難の入り混じった声が広がった。

そのとき――突如として会場の照明が切り替わる。正面扉にスポットライトが当たり、そこに現れたのは豪奢なスーツ姿の男だ。

神戸グループ会長にして、鈴香の父である。彼は観客席に向けて手を振りながら、自らが主役だというように壇上に立つ。

「私の可愛い娘の探偵活動に金の力が必要だそうじゃないか! 部長の推薦入学は、この私が取り計らってやろう!」

突然の奇妙な男の登場に、会場は先ほどとは違ったどよめきに包まれる。

鈴香はその男に向けて声を張り上げた。

「うるさいわね! わたしの推理の邪魔をしないで!」

その横で、母が毅然とした声で言い放った。

「神戸家が責任を持ってサポートします。推薦入学は取り消されません」

その言葉に美月は再び涙を流した。

「……みんな、ごめん。私のせいで迷惑をかけてしまった」

香澄が手を差し伸べ、優しく微笑んだ。

「もう大丈夫よ。これからは一緒に、部をもっと良くしていきましょう」

部員たちも互いに目を合わせ、緊張が解けて笑顔が広がっていく。冬の陽光がアリーナに差し込み、楽譜の上に柔らかな光を落とす。

壇上の顧問は、すべてを失った者のように、静かに肩を落とした。


事件は解決した。

アリーナには、演奏の余韻とともに観客のざわめきがまだ残っていた。

顧問が肩を落としたまま壇上から退場すると、会場の視線は次第に弦楽部の部員たちに集まる。拍手が再び巻き起こり、優勝を讃える声が飛び交った。

部員たちは互いに顔を見合わせ、緊張から解き放たれたように深呼吸をした。美月も、涙を拭いながら笑顔を浮かべている。

「これで……本当に終わったのね」

その呟きに、隣の香澄がうなずき、そっと肩に手を置いた。

やがて会場の熱気は少しずつ和らぎ、人々は三々五々席を立ち始めていた。


その後、鈴香は、美月から改まって報告を受けた。

事件後、弦楽部では話し合いが開かれ、美月が改めて謝罪したこと。

顧問の山本先生は学校の調査を受けることになり、しばらく指導から外されること。

そして、美月をはじめとする部員たちが「信頼の再建」を掲げ、新たな活動へと動き出したこと――。

「信頼を取り戻すのは簡単じゃない。でも、美月さんはもう大丈夫よ」

そう仲間たちに告げる鈴香の声には、確かな光が宿っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ