第6章
その日の晩。
鈴香は神戸邸の広いリビングで、綾音とともに事件の経緯と解決の流れを改めて整理していた。窓の外には夜の静けさが広がり、庭の木々が風にそよいでいる。遠くに見える街灯が淡く付近を照らしていた。
ノートパソコンを見ながら、事件の全体像を頭の中で反芻する。美月の説明や、副部長と部員の証言、ニュース映像、それらを思い出して順序立てて整理していく作業は、心を落ち着ける役割も果たしていた。
ソファに腰かけた鈴香の母は、紅茶のカップを手に取りながら、穏やかな視線を娘に向けていた。
「鈴香さん、絢音さん、事件を解決したのね。お疲れ様でした」
鈴香はその声に顔を上げ、微笑みながらゆっくりとカップを引き寄せる。胸の奥に残ったのは、解決の達成感を上回る、まだ消えない違和感だった。鈴香の唇が小さく動き、その違和感が言葉になって漏れ出した。
「でも……わたし、これで本当に終わりなのか、どうしても腑に落ちないの」
「確かに……そんな大事件なのに、学校から何も処分が科されないなんて不自然に感じるわ」
母の言葉は静かだったが、リビングの空気は一瞬で引き締まった。鈴香は小さく息をつき、母の視線を受け止めた。
「部長さんを不問にするだけで片付けられる事件じゃないと思うの。背後に、誰かの関与や圧力があった可能性は検討したの?」
母の問いに鈴香は黙ってうなずき、香澄への聞き取りの記憶を思い出す。美月の最近の行動について説明を受けたとき、香澄がためらいながらも、美月が顧問と頻繁に相談していたことを明かしていた――その事実を、鈴香は母に伝えた。
その様子を傍らで見ていた綾音がそっと声を添える。
「そういえば……佐伯様の話だけでなく、部員の方への聞き取りでも、水沢様が顧問の先生ともよく相談していたとのお話がありました。また、顧問の先生が『大会で実績を出せ』とプレッシャーをかけていたというお話もありましたね。弦楽部の活動に、かなり山本先生の意向が反映されていたと思われます」
鈴香はうなずき、紅茶のカップを置いて静かに推理を巡らせる。
「とすると……顧問の先生が背後で美月さんを操っていたということかしら」
鈴香の母は少し顔を曇らせる。
「部長さんは部を良くするために顧問の先生と相談していたとも考えられるけど……やっぱり引っ掛かりを覚えてしまうの」
鈴香は短く息をついて綾音とうなずき合い、視線を母に向けた。
「ありがとう、お母様。今まで収集した情報からだけでも、一定の推理はできると思うので、颯太たちとも相談してみるわ」
翌日の放課後、いつものように学園のカフェテリアに集まった四人は、テーブルを囲み、静かに意見を交換し始めた。
まずは鈴香が、昨夜の母とのやりとりを報告する。
「……なので、顧問の先生が美月さんに指示を出していた可能性を検討したいの」
綾音がタブレットを前にしてうなずいた。
「佐伯様と部員の証言、顧問の先生から事件のことを口止めされたこと……これらを整理すれば、先生の関与があったとしてもおかしくないと思われます」
周平は腕を組み、彼にしては慎重に言葉を選んだ。
「でも、明確な証拠があるわけじゃないからな。学校側に気付かれず、部員に迷惑をかけない方法がいるな」
颯太が三人を見渡した。
「だとすれば、周りに気づかれずに顧問の関与があったかどうかを確認するための、具体的な計画を立てる必要があるな」
――そして翌週。
鈴香は、母のバックアップを得て、静かに新たな計画を始動させた。
それは、学校や地域の関係者を巻き込みつつ部員たちを正当に評価させる舞台であると同時に――顧問の関心を強く惹きつける仕掛けが施されたものでもあった。




