第1章
秋の冷たい風が木々の葉を揺らす午後。学園の中庭に面したカフェテリアの大きな窓からは、黄金色や朱色に染まった落ち葉が舞い散る様子がよく見えた。斜めに差し込む柔らかな日差しは、テーブルや椅子の影を長く伸ばし、空気にほんのりとした寂寥を漂わせていた。
そんな風景を背に、神戸鈴香は友人たちといつもの席に集まっていた。窓辺の席は午後の光をたっぷり浴び、カップに注がれた飲み物の表面まで淡く照らしている。温かな湯気が立ちのぼり、ほんのり甘いミルクティーの香りが鼻をくすぐる。
「今日はみんなに相談があるの」
鈴香はカップの縁に指先を添え、温もりを確かめるようにしながらスマートフォンを取り出した。
「もしかして、また新しい事件か?」
向かいに座る森永颯太は、冗談めかした笑みを浮かべ、コーヒーを一口すすった。湯気の向こうに見える彼の表情には、からかいだけでなく興味を隠しきれない色が混じっていた。
「ええ。以前、事件解決に協力した工芸高校のロボット研究部から、総合高校の弦楽部の事件を紹介されたの」
鈴香は画面を指でスクロールすると、届いたメッセージを読み上げた。
「依頼人は弦楽部部長の水沢美月さん。事件は――美月さんのバイオリンが行方不明になったこと。詳細は直接会って話したいって」
颯太の横の田村周平が、軽く目を見開きながら呟いた。
「バイオリンが行方不明って……紛失ってことはないんだろうな」
鈴香の隣に座るメイド服姿の伊藤綾音は、両手でカップを包み込み、姿勢を正して鈴香の言葉に耳を傾けている。その瞳は、一言も聞き漏らすまいとするように静かに光っていた。
「……もし盗難なら、保管場所と持ち出された経路も気になります」
「美月さんが普段使っているのは、かなり高価なものらしいわ」
鈴香は落ち着いた声で続ける。
「この連絡だけでは詳しい事情がわからないから、このあと美月さんがこちらに来ることになっているの」
「総合高校の弦楽部って……聞いた覚えがないぞ」
周平が地図アプリを覗き込みながらつぶやく。
「けど、楽器が、それもバイオリンが消えたとなると、かなりの騒ぎになりそうだ。盗難なのか、それとも別の事情か……」
颯太が顎に手を当てながら小さく唸る。
その言葉に、鈴香は大きくうなずいた。
「いずれにしても、警察沙汰にしないでわざわざわたしたちに話が回ってきたってことは、学校側にも何か事情があるんだと思うの」
鈴香は探偵としての興味を抑えきれず、スマートフォンの画面を見つめ、胸の奥に小さな期待を感じた。
――これはただの盗難事件じゃない。
そんな予感がした。
ちょうどそのとき、カフェテリアの入口に一人の女子生徒が姿を現した。制服はきちんと整えられ、背筋を伸ばした立ち姿には凛とした気配がある。髪は手入れの行き届いた光沢を放ち、身につける小物や靴にも上品さがにじむ。華美さは感じされないが、確かな存在感を放っている。
鈴香の目には、その瞳が――事件の被害者としての疲弊なのか、それとも依頼者としての緊張なのか――どこか張りつめた色を帯びて映った。
「お待たせしました。水沢美月です。依頼の件で参りました」
緊張を帯びながらも澄んだ声。鈴香には、自分の楽器を取り戻したいという強い意志が感じられた。
鈴香は立ち上がり、にこやかに微笑んで会釈を返す。
「ご足労いただいてありがとうございます。わたしが神戸鈴香です。こちらはわたしの仲間です」
颯太、周平、綾音の順に紹介していく。
「事件のご相談は、わたしたち四人でお受けします」
美月は深く一礼し、席についた。
「メッセージもお伝えしたとおり、盗まれたのは私のバイオリンです。小学生の頃から使い続けてきたもので……家族の思い出も詰まった、大切な一本なんです。それに、実はとても高価なものなのです」
美月は少し唇を噛み、視線を落とす。
「それが先週の土曜日、学校での練習の最中に忽然と消えてしまったのです。校内を探しても見つからず、部員たちも心当たりがないと……」
「そんな高価なものなのに、警察には届けなかったんですか?」
颯太がすぐに疑問を挟む。
「顧問の山本先生から、外部には公表せず、部内で解決したほうが良いと言われています」
その答えに、鈴香たちは思わず顔を見合わせた。
「なるほど……学校の体面にも関わってくるんだろうな」
周平が事件の影響を察するように呟く。
「事件当日の詳しい状況は、現場を拝見しながら確認させていただけますか?」
綾音が丁寧な口調で提案する。
「はい。ぜひお願いします」
美月は小さくうなずいた。
そのやり取りを見届けながら、鈴香は胸の奥にかすかな違和感を感じていた。
(バイオリンの行方も気になるけれど、部長自身の態度や顧問の対応も、どこか腑に落ちない……)
颯太も同じ思いを抱いているのか、小声で呟いた。
「単なる盗難事件じゃなさそうだな」
こうして、彼らは総合高校へ向かうこととなった。




