第7章
翌日の放課後。
秋の夕日が屋上の白いタイルを赤く染め、遠くの山並みまでも淡く色づいて見える。
鈴香はフェンスのそばに立ち、胸の奥にまだ残る事件解決の余韻を感じながら、静かに空を仰いだ。
今回の事件で痛感したのは、颯太の冷静な分析、綾音と周平の幅広く粘り強い情報収集――仲間それぞれの力が重なり合って初めて真実に辿り着けるということだった。
背後から足音が近づく。
振り返ると、そこには夕日に照らされて颯太が立っていた。影の中に浮かぶ彼の表情は、どこか照れを含みながらも揺るぎない。
「……お前は、自分の力が何で、それをどう使えば良いかを、しっかりと理解したんだな」
鈴香は胸が熱くなるのを感じた。事件の最中、何度も不安に押し潰されそうになった自分。だが仲間の言葉が常に自分を支え、背中を押してくれた。
「それは、颯太たちが手伝ってくれたからよ。ありがとう」
風が頬をなで、校庭の方から吹き上げてくる。屋上に差し込む光は柔らかさを増し、二人の影を長く伸ばしていく。
「覚えてるか? 玄関の絵が行方不明になったときのこと。お前が『片桐先生が関わってる』って推理したのを、オレがからかったのを」
「ええ。結局、絵はメンテナンス中で移動していただけで……わたしの勘違いだったわ」
「でも、最終的には、本当に片桐先生が事件の中心にいた。お前の直感が、最初から正しかったんだ」
鈴香は目を瞬かせ、ゆっくりと息を吐いた。胸の奥に静かな明かり灯る。
颯太は少し間を置いてから言葉を続けた。
「探偵に必要なのは、情報収集や分析、論理的な思考だけじゃない。そんなものは訓練すれば誰だってできる。でも、本当に必要なのは直感だ。お前はその『直感』を持っている」
「……そんなふうに見てくれてたのね。照れるじゃない」
鈴香は頬が上気しているのに気づき、視線をそらした。
颯太は苦笑し、肩をすくめる。
「照れていい。オレが保証する。お前はもう立派な探偵だ」
その声には、揺るぎない確信が宿っていた。
西の空がゆっくりと朱から群青へと変わり、屋上の光はやさしく沈んでいく。
「……オレは、お前の相棒だ」
短い言葉に不意を突かれ、鈴香は目を丸くする。次の瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げ、自然と笑みが弾けた。
「ありがとう、颯太。やっぱり、あなたは最高の相棒ね!」
無言のまま颯太から差し出されたその手は、強さと温かさを宿していた。
二人の手がしっかりと結ばれた。鈴香の胸に温かな安心感が広がり、これまで仲間たちと奔走してきた時間の記憶が鮮やかによみがえる。
互いを信じ合い、支え合ったからこそ真実に辿り着けた――その実感は仲間全員と共有する信頼の証であり、同時に、隣に颯太がいてくれることへの特別な安堵と喜びでもあった。
鈴香がその思いを噛み締めていると、颯太が何か言いにくそうに切り出した。
「実はお前に……一つ言うことがあるんだ……」
「え?」
普段と違う颯太の表情に、思わず鈴香の胸がざわつく。
「その……なんだ……」
颯太にしては珍しく歯切れが悪かった。
(もしかして……でも、まだ早いわ……わたし、心の準備ができていない……)
鈴香は思わず顔を伏せた。握っていた颯太の手をそっと離す。
「悪い、突然で。でも、これははっきりと伝える必要があるんだ」
鈴香が再び顔を上げると、颯太と視線が重なる。
(でも……颯太なら……)
「実は校長先生から、屋上のテラスを占有しないようにって、言われてさ……」
「え?」
「次からは場所を変えようか。校長先生からの呼び出しを綾音さんから押し付けられたんだ」
「え? え?」
鈴香は、身体中の血液が顔に集まるのを感じた。
「そ、そうね。ちょうど、次からはカフェテリアに場所を移そうかと思っていたのよ。ひ、日差しも強くなってきたし……」
――その瞬間、シャッター音が響いた。
「はい、チーズ!」
声の主を振り向くと、屋上の入口から顔を覗かせた綾音が、スマートフォンをこちらに向けていた。
「ふふっ、いいツーショットが撮れました。お嬢様と颯太様、まるで青春ドラマの最終回ですね」
にやりと笑う綾音に、鈴香は慌てて手を離した。
「ちょ、ちょっと綾音! 勝手に撮らないでよ!」
颯太はため息をつき、苦笑していた。
後日。
綾音が鈴香の部屋を訪れ、淡々とした声で報告する。
「お嬢様、今回の件にはさらに裏がありました。片桐先生からの情報提供で黒川が逮捕され、さらに調査が進められた結果、片桐先生のご家族の会社が倒産したのは、黒川信介の工作が原因だったことが判明しました。どうやら先生の才能に目をつけて、仲間に引き込む機会を伺っていたようです」
鈴香は愕然とした。唇を開きかけて、声を失う。
「もう一つ、ご報告があります。旦那様が、先生が新たな人生を歩めるように、先生が過去に描いた贋作をすべて買い取られました。先生の贋作師としての過去を消し去ったのです」
「……そうだったの……」
鈴香の胸に、複雑な思いが渦巻いた。父への驚きと感謝、そしてすべての出来事の背景が一つの円を描くように結びついたことへの不思議な納得感……。
窓の外、庭の木の葉が夕暮れの風にそっと揺らめく。
今回の事件は、単なる美術室の泥棒騒ぎではなかった。それは、過去の経緯が巡り、再び鈴香たちの前に現れた、必然とも言える出来事だったのだ。
鈴香は大きく息を吸い込み、胸の奥で静かに誓う。
――これからも仲間たちと共に、どんな真実も追い求めていく、と。
こうして、神戸鈴香の探偵活動は、過去と現在をつなぐ事件を乗り越え、仲間たちと共にさらなる謎へと挑むことになった。




