第2章
鈴香は足早に玄関へ向かった。
校舎の窓から差し込む午後の光が鈴香の影を長く伸ばしている。普段は静かな廊下に、わずかな足音だけが響く。
玄関に続く扉を開けると、確かにその場所にあったはずの大きな絵画は消えていた。
壁には額縁の跡だけが残り、壁の白さが不自然に浮き上がっている。誰かが持ち去ったのだろうか。
――そう思った瞬間、胸の鼓動が早まった。
(今回こそ、お金の力に頼らず、推理で解決したい――!)
鈴香はすぐに踵を返すと、駆けるように廊下を進みつつ、頭の中で情報を整理する。調査の手順を思い描き、スマートフォンを取り出して颯太、綾音、周平に連絡を入れた。
「みんな、協力して。情報を集めるわ」
送信ボタンを押して数秒――最初に返事が来たのは綾音だった。
『承知しました』。几帳面な綾音らしい短文に、鈴香はうなずく。
続いて周平から『任せろ!』。力強く元気な響きに、自然と口元が緩む。
最後に颯太。『了解』。短いが、どこか冷静で頼もしさを感じる一言だった。
三者三様の反応に、鈴香は胸の奥に安心と熱意を募らせた。
――今回も、このチームで事件に挑む。そう強く心に誓いながら。
しばらくして、情報を持ち寄った四人は、教室で鈴香の机を囲んでいた。
綾音はタブレットを前に置き、画面を食い入るように見つめていた。監視カメラの映像を何度もコマ送りにし、玄関周辺を行き交う生徒たちの足取りをチェックする。
「……うーん、人が多すぎて特定は難しそうです」
淡々と呟きながらもわずかに首を傾げている。映像の再生速度やサイズを調整して隅々まで確認しても、手掛かりになりそうな映像は見当たらなかった。
その隣で周平は、小さくため息を吐いていた。
「玄関の絵についての情報は全然ないな。あるのはこの間の神戸さんのお父さんが全生徒にプレゼントしたプリンの話と、誰と誰が付き合いだして誰と誰は別れたとかぐらいで……、学園の理事会内での対立って話もあったけど、それって関係あるのかな?」
「ねえ、もしかして、誰も気づいてないだけかも……」
鈴香は机に肘をつき、身体を少し前に乗り出して、綾音の横から画面を覗き込む。
「可能性はあるな。でも、今の時点ではなんとも言えない……」
颯太の声には珍しく、少しの苛立ちが混じっていた。指先が机をトントンと叩く。焦りではなく、思考を促すリズムのようだった。
周平が立ち上がり、小走りで駆け出す。
「もう一度、情報集めてくる!」
廊下の窓から差し込む光が、その背中に影を落とした。
綾音は静かにうなずき、再びタブレットの画面に指先を走らせる。
「今は少しでも情報を集めるしかありません」
その淡々とした口調が、鈴香にとっては不思議なほど心強く響いた。
鈴香は深く息を吸い、胸の高鳴りを抑える。綾音が操作するタブレットの画面と手元のスマートフォンを交互に見ながら、名前や数字、時系列、記憶の断片を頭の中で組み合わせていく。
そのとき、ふと以前の記憶が呼び起こされた。
「美術の先生、最近休みがち……前にそんな話があったわ、個人的な創作活動をしてるって……」
脳裏にその情報が浮かび、胸の奥で小さな光が灯る。ひらめきの瞬間に心がわずかに跳ねた。
(もしかして――美術の先生が関わっている?)
鈴香は自然と背筋を伸ばし、頬に熱を感じながら颯太と綾音に視線を送る。机を押さえた手に力がこもり、気づけば拳を握りしめていた。
「わたしの推理では、美術の片桐先生が何らかの理由で絵画を持ち出した可能性が高いわ!」
その声に、周囲の空気がわずかに張り詰めた。三人の目が互いを捉え合う――そのとき。
周平が息を切らして駆け込んできた。
「神戸さん! もう一度玄関を見てきたら、絵は戻ってたよ。メンテナンスのために一時的に移動してただけなんだって」
「えっ!」
鈴香は膝に手をつき、肩を落とした。期待と緊張が音を立てて崩れ落ちるのを感じた。
「……せっかく推理できたと思ったのに……」
颯太がそっと隣に立ち、諭すように静かに語りかける。
「落ち着け。学校で事件なんて、そうそう起こるもんじゃない。今回みたいな小さな出来事でも、推理の練習と思えばいい」
鈴香は顔を上げてうなずいた。
「確かに……そうね」
だがすぐに、颯太がくすりと笑い、軽口を叩く。
「とはいえ、お前の推理は見当違いだったけどな」
鈴香は思わず颯太をにらみつけ、軽く舌打ちをする。
「お嬢様と颯太様、これはもう学園版夫婦漫才ですね」
それを見た綾音は珍しくにっこりと微笑む。鈴香もつられて小さく笑った。
静かな教室の空気が、少しだけ温かく緩んだ。




