第4章
翌日、再び工芸高校を訪問し、ロボット研究部の部室の扉を開けると、副部長の佐々木が一人、散らばった図面と部品に埋もれるように座っていた。彼はこちらに気づくと、わずかに表情を強張らせ、立ち上がって軽く礼をした。
「お忙しいところ恐縮です。調査の途中経過をご報告します」
鈴香が目配せすると、綾音がタブレットの画面を操作し、これまでの調査結果を簡潔にまとめた画面を提示した。
そこには
・ロボットの完成度は低い
・プログラムは途中で開発が止まっている
・サーバに不正アクセスの痕跡なし
・SNSからは破壊に関係しそうな情報なし
といった要点が整然と表示されている。
佐々木がタブレットの情報を確認し終えるのを待って、鈴香は口を開いた。
「佐々木さん。非常に申し上げにくいですが、わたしたちは内部犯行の可能性が高いと考えています。具体的には、ロボットを破壊したのは部長の加藤さんではないかと」
佐々木は視線を画面から鈴香へと移すと、ゆっくりと息を吐いた。再度画面に表示されている情報を確認してからようやく口を開く。
「正直に言いますと……僕ももしかしたら、加藤が関与しているのではないかと感じていました」
鈴香は一瞬、胸に疑念の思いが浮き上がるのを感じた。
「確たる証拠があるわけではないんです。ただちょっと最近の加藤の様子が変で……」
鈴香は佐々木にうなずき、先を促した。
「ご存知のどおり加藤は研究の中心人物で、部の顔とも言える存在です。その加藤が僕らの努力の結晶であるロボットを破壊するなんて、動機がないんです。それに部内で争いたくなんかありません。みんな、加藤と一緒にロボットを作りたくて、ロボット研究部を立ち上げた仲間なんです!」
佐々木は、今まで胸の中に溜め込んで思いを吐露するように訴えた。
「できれば部外の者には気づかれないように穏便に解決したかったんです。部員同士で疑心暗鬼になるのは避けたくて、でも、そうすると僕たちだけでは何もわからなくて……。それで、探偵として活躍している神戸さんの噂を聞いて、同じ高校生なら僕たちの事情をわかってくれるんじゃないかって……。部内で解決すべきことなのに、本当に申し訳ない」
佐々木の声には疲労と迷いが混じっていた。彼がひとりで抱え込んできた重みが、鈴香にも伝わってくる。鈴香はしばらく考え込み、そして静かにうなずいた。
「わかりました。加藤さんがロボットを破壊した可能性が高いこと、内部の揉め事を避けたいこと、佐々木さんのお気持ちは理解しました。その上で、何が一番良い方法かを考えます」
佐々木は一瞬、小さく息を吐くと、感謝の意を示した。
「お願いします……本当にお願いします」
四人は短く会釈を交わし、部室を後にする。鈴香は校舎の廊下を歩きながら、心の中で加藤の人となりを改めて組み立て直し始めた。
その足で立ち寄ったのは、駅近くの小さなカフェだった。窓際の席に腰を下ろすと、店内に漂うコーヒーの香りが緊張をやわらげてくれる。鈴香はカップを両手で包みながら、仲間たちに視線を送った。
「さて……これからどう動くかを決めましょう」
颯太はストローを袋から取り出し、鈴香の発言に応じて、言葉を選ぶように口を開いた。
「加藤君による犯行の可能性は高い。ただ、佐々木君が言うとおり、単に加藤君を犯人扱いしても、事件の根本的な解決にはならない」
周平はパンケーキを頬張りながら、勢いよく意見を主張する。
「俺は加藤君本人に直接話を聞いてみたいな! 正面からぶつかれば、何かしら本音が出るかもしれないだろ」
「田村様は無鉄砲ですね」
珍しく綾音が笑みをこぼす。
鈴香は、思案しながらも、周平の意見に心を惹かれた。
「でも、田村君の言うとおり、直接話を聞くのも大事かもしれないわね。ただし、慎重に。何をどのように話すかを綿密に検討しましょう。下手に刺激してしまうと、事件が解決できなくなるだけじゃなく、ロボット研究部の存続が危うくなる恐れもあるわ」
周平は鈴香に賛成してもらったのが嬉しかったのか、勢い込んで畳み掛ける。
「できれば加藤君が自分からすべてを話してくれないかなあ。それが一番簡単なんだけどな」
そのとき、颯太がふと顔を上げ、少し考えるようにゆっくりと話し出した。
「……なるほど。そう考えると、見落としていた要素があるかもしれない。確実じゃないが、ひとつアイデアを思いついた」
その内容を聞いた瞬間、鈴香は勢いよく椅子から立ち上がった。
「ちょっと待って! またお金の力を使おうっていうの?」
颯太は少しも表情を崩さず反論する。
「この行き詰まった状況を打破するためだ。今のままだと、みんなが幸せになるどころか、犯人さえ見つけられないぞ」
「……っ!」
鈴香は言葉を詰まらせた。脳裏をよぎったのは前回の事件――。結局、お金の力で強引に解決してしまったこと――。確かに事件は解決した。けれど、胸の奥に拭いきれない苦いものが残ったのだ。
「前の事件のときは……それしか方法がなかったから……」
テーブルに手をつき、顔を伏せたまま声を震わせる。
「わたしは自分の力で解決したいのよ……今回も同じことをしたら、私は何のために探偵活動をするのかわからなくなってしまう……」
一瞬の沈黙が流れた。その空気を破ったのは、綾音だった。
「颯太様、あとはよろしくお願いします。田村様、さあ行きましょう」
いつもの落ち着いた声音に、鈴香を思いやる柔らかさが混じっていた。
「大丈夫! どんなやり方でも、俺は神戸さんに協力するぜ!」
周平が拳を突き上げながら鈴香を鼓舞し、緊張しかけた空気をやわらげた。
二人が退出した後、颯太は静かに、だが力を込めて言葉を重ねた。
「お前は……自分の力で事件を解決したいんだよな?」
「そうよ……」
鈴香はか細い声で答える。
「だから、金の力は使いたくない」
「……わたしは……お父様のようにお金ですべてを解決するのは嫌なの……」
その吐露には、父への複雑な感情が含まれていた。
「でも、オレや綾音さん、田村にも協力してほしい」
「そうね……」
「はっきり言うぞ。お前の考えは間違っている」
颯太の断定に、鈴香は唇を噛み締め、胸の内で葛藤する。
(事件は解決したい……でも、颯太たちの協力なしで、自分一人で……できるのかしら……)
鈴香を見つめながら颯太は続ける。
「勘違いするなよ。お前一人だけで事件を解決しろって言ってるんじゃないぞ」
鈴香には、先ほどより颯太の言葉が優しく聞こえた。
「綾音さんや田村、オレもお前を手伝っている。それはなぜか、わかるか?」
「……わたしが頼んだから? それとも、わたし一人じゃあ事件解決なんてできないだろうと思っているから?」
俯きながら問い返す鈴香の声は震えていた。
「違う! それは、お前の探偵活動に協力したいと思っているからだ! そして、オレたちが協力していることが既にお前の力なんだよ!」
「えっ?」
鈴香は思わず顔を上げた。
「お前のお父さんが大きな会社を経営できているのも、金をうまく使って、物を買ったり、サービスを使ったり、大勢の協力を得たりしているからだろう。それは金の力じゃなくてお前のお父さんの力だと思う。そして……お前にも同じ才能がある」
颯太の目には、誠実さの光が灯っていた。
「……そうなのかしら……?」
「前回の事件で分かったんだ。確かに金の力を使えと言ったのはオレだ。でも、実際に金の力を使って解決したのはお前だぞ。お前には金を使って最大の効果を得るというセンスもある」
「……そうかもしれないけど……」
「仲間を集める力、金をうまく使う力、どちらもお前の力だ。それが……お前にしかできないことなんだ」
颯太の冷静さを知る鈴香は、いつもとは正反対の力強く熱を帯びた彼の言葉に圧倒された。
「その力を使ってみんなを幸せにするのがお前のやるべきことだ!」
その瞬間、鈴香の胸の中で何かが弾けた。迷いと恐れを打ち消すように、深く息を吸い込み、顔を上げる。
「わかったわ。使えるものはすべて使って事件を解決し、みんなを幸せにする――わたしは、わたしにしかできないことをするわ!」
強い瞳で宣言した鈴香に対し、颯太は大きくうなずいた。
二人の間には緊張ではなく、不思議な静けさが流れていた。テーブルを挟んで、鈴香と颯太は自然に視線を交わす。
――その瞬間、窓の外で強い光が走った。
「えっ!?」
鈴香が視線を向けると、ガラス越しに見慣れたメイド服姿が立っていた。スマートフォンを構え、外からこちらを覗き込んでいる。綾音だ。
「ちょ、ちょっと! 綾音! やめてちょうだい!」
鈴香は椅子から慌てて身を乗り出し、制止するように手を振るが、ガラス越しの綾音には届かないのか、綾音は楽しげな笑みを浮かべてシャッターを連打する。
一方、颯太はというと――彼は表情を一切崩さず、まるで何事も起きていないかのようにストローを口に含み、ドリンクを一口すすった。
無言のまま視線を外し、まるで窓の外の綾音など存在しないかのように振る舞っている。
「そ、颯太! なんとか言ってよ!」
「……別に」
素っ気ない返答に、鈴香はさらに慌てふためく。
窓の外では、綾音がにこやかに手を振りながら、まるで「ごゆっくり」とでも言いたげに立ち去っていった。
残された鈴香はテーブルに突っ伏した。その向かいで颯太は無言でストローをくわえ続けている。
先ほどとは異なる意味での不思議な静けさが、二人の間に再び広がっていった。




