エクソシスト
〈敬老の老よはよ來い敬が待つ 涙次〉
【ⅰ】
長年フィクションの組織(カンテラ一味、「魔界壊滅プロジェクト」、株式會社貝原製作所などなど)を描いてゐると、カトリック教會のやうな實在する組織について書くのが面倒になつてくる。調べ事もしなくてはならないし、出鱈目を書けないと云ふ軛が、だうしても付き纏ふ。然も私の二千冊余りの藏書の中で、基督教の組織系統について書かれた物(基督教異端についての本なら何冊か持つてゐるのだが)は一冊二冊しかない。と云ふ譯で今回、私(作者)は思ひ切つてフィクショナルな方へ舵を切る。だうかそれを記憶して置いて貰ひたい。
【ⅱ】
エクソシスト、と云ふ人たちが、カトリック教會にはゐる。要は惡魔祓ひだ。エクソシストには司教などの役を持つてゐては成れない。平の神父(司祭)である事に、その職業に就くには、限られてゐるのである(理由を私は知らない)。また、内部告發が付き物の職掌であるから、その身はいつも組織の中で孤立してゐる。それでも惡魔退治をだうしてもしたくて、志願者は跡を絶たない。薩田祥夫もその一人だつた(前回參照)。彼はカンテラの知遇を得て、【魔】についての知識は豊富に持つてゐる。從つて、彼が日本人初のエクソシストに成れた事に不思議はない。
【ⅲ】
「カンテラさん、次なる魔界の盟主、まだ見通しは立つてゐないのですか?」‐「まだですね。だうやら【魔】として嚴格な者であるやうですが。先日も(前々回參照)所謂『夜の女』が一人、処刑された。彼女はうちの金尾にちよつかいを出して、だうやら行き過ぎた行ひをした、と魔界から三下り半を出されたやうです」‐
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〈敬はれてあればあるだけ面倒で歳を明かさぬ日々もあつたな 平手みき〉
【ⅳ】
「その女の名は?」‐「ジェイニー何某と云ふさうで」‐「その女なら、私も知つてゐる。以前、惡魔教の足拔きの相談を受けた事がある」‐「だうやら彼女にも迷ひの時期があつたやうですな」‐「私の専門外の事ですから、話は保留にしてあつたのですが」‐「ふむ」‐
【ⅴ】
「私はジェイニーの意趣返しを【魔】にせねばならぬやうです。お手傳ひ頂きたい」‐「いゝでせう。『聖水』のお禮がまだでした」
と云ふ譯で、カンテラ・じろさんが付き添つて、薩田の魔界行きが決まつた。肝腎なのは、魔界の次代盟主を間違へない事だ。薩田、それには秘策がある、と云ふ。
【ⅵ】
カンテラの先導で、一行は魔界に降りた。勿論、もぐら國王の掘つた「思念上」のトンネル傳ひに、である。
薩田の「秘策」と云ふのは、聖書の一節を(*「ギガス冩本」より)朗唱し、それで魔界次代盟主を誘ひ出す、と云ふもの。薩田が朗々と(佛教の經のやうに)それを讀み上げると、目標の【魔】、らしき者が現れた。
「五月蠅いぞ! 我が魔境を穢す者は誰だ?」‐
* 中世にヨオロッパで流布した聖書の冩本。表紙に大きく惡魔の繪が描かれてゐる事から、通稱「惡魔の書」と呼ばれる。
【ⅶ】
「さ、カンテラさんだうぞ」‐「ちと騒々しくなりますが」‐「結構ですよ」
「Turbo!! Charged by 白虎 influence!!」‐「あれは何の呪文ですか?」と薩田、じろさんに問ふ。「うちで白虎と云ふ『魔獸』を一匹飼つてをりまして、あの呪文でカンテラは彼と一體化するのです」‐「なる程!」
魔界盟主にならうと云ふ者が、ひとたまりもなく、野獸と化したカンテラの剣に斃された‐「しええええええいつ!!」
その遺骸をじろさんが輕々と抱へ上げ(安保さん製作の大型フリーザーで冷凍保存する為‐ 無論、蘇生予防の為である)、一行は魔界を後にした。
【ⅷ】
「如何でしたかな。私との初仕事は」‐カンテラ「是非うちで慾しい人材だ、と」。じろさんこれには思はず吹き出した。
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〈ぶり返す暑さ暑さの果ての秋 涙次〉
さて次期頭目を失つた魔界はだう動くか‐ 次回もお樂しみに! ぢやまた。