番外編最終章『仮面の下に』第1話:名前を売る男(前編)
名前を売る。それが岡村靖仁の最初の“仕事”だった。
20代のころ、不動産会社の営業マンだった彼は、巧みな話術と押しの強さで数字を稼いだ。
だが、あるとき顧客との契約トラブルで訴訟沙汰となり、会社を追われる。
「誠実な仕事? 正しさ? それで誰が俺を守ってくれた?」
世の中の“建前”が信じられなくなった岡村は、次第に“裏側”へと足を踏み入れていく。
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初めて“偽名登記”の依頼を受けたとき、岡村は罪悪感よりも安堵を感じた。
「やっぱり、こっちのほうがずっと楽だ。俺みたいなやつが“正道”を歩いてたって、誰も救ってくれない」
彼が狙うのは、所有者不明土地、相続放棄地、そして空き家。
登記簿上のスキマを見抜き、法的グレーゾーンに滑り込ませる。
「どうせ誰も管理してない土地なら、俺が使ったって同じだろ」
それが彼の言い分だった。
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岡村のもとに、一人の若手がやってきた。
「この方法、マジで使えるんですね。すげえ……登記も通ってるし」
「ルールを知ってるやつが、一番強いんだよ」
だが、岡村は若手の勢いに不穏な影を感じていた。
「お前、くれぐれも“雑な仕事”はするな。この世界じゃ、“完璧”が唯一の保険だ」
若手はうなずいたが、その眼にはどこか危うさがあった。
岡村はまだ知らなかった。
自分の“手口”が、やがて“正しすぎる交渉人”とぶつかる日が来ることを。
そして、それが“最後の仮面”を剥がす戦いになることを。
番外編最終章は、これまでヒロさんの前に立ちはだかってきた“地面師”岡村の視点から描いていきます。
彼の行動に“正義”はあったのか。なぜ彼はそこまでして“仮面”をかぶり続けたのか。
次回、第2話(中編)では、ヒロさんとの直接対決、そして“正しさの限界”をめぐる物語が描かれます。