番外編:律子、継ぐ 〜法の外にある約束〜
ある雨の日、白井律子司法書士のもとに、古びた封筒が届いた。
「佐野康弘様へ――か。……ヒロさんのお父さん宛?」
律子は封を開け、中から出てきた一枚の手紙と登記関連のメモに目を走らせた。
『律子さんへ。この書類が届いたとき、きっと康弘はもうこの世にいないでしょう。けれど、まだ約束が残っているのです』
それは、亡きヒロさんの父・康弘が依頼を受けていた未処理の土地案件だった。
***
律子は、ヒロさんに知らせることなく、静かにその土地を訪れた。
海沿いの集落にある古い家屋。その周囲には、人の気配がほとんどない。
「この家……まだ、誰か住んでる?」
ノックすると、中から現れたのは初老の女性だった。
「あなた、康弘さんの関係者?あの方とは、昔……“土地の誓約”を交わしたのよ」
話を聞くうちに、かつてこの土地には仮設の避難所が建てられていたこと、康弘が“災害時には無償で貸す”という口約束を交わしていたことが明らかになる。
「でもね、その約束……文書には残ってないの。けど、私は信じてた」
律子は静かにうなずいた。
「約束は、紙の上だけにあるものじゃない。私は、法律家としてではなく、“証人”としてここに来ました」
***
数日後。
律子は、その土地に“避難スペース兼地域倉庫”としての仮登記を申請した。
行政との協議の末、条件付きで「地域協力地」として正式登録される。
その知らせを受けた女性は、そっと手を合わせた。
「康弘さん……ありがとう。あのときの約束、ちゃんと守られましたよ」
律子はひとり、事務所の椅子に戻る。
「人の手が届かないところに、法がある。けれど、人の手でしか守れない約束も、確かにある」
雨は止み、夕日が窓を赤く染めていた。
番外編第2弾は、律子の視点から描く、“言葉にできない約束”を扱った物語でした。
ヒロさんの父が遺した未完の仕事を、律子が静かに、そして誠実に受け継ぐ姿は、交渉や法律の本質をあらためて思い出させてくれます。