第20話:ヒロさんの土地(後編)
土地の再調査の結果が、行政から通知された。
「本件は、形式上は個人名義ながらも、地域活動の実績や住民証言を踏まえ、“準公共用地”としての扱いを優先する方向で調整中とのことです」
律子が読み上げた文書に、ヒロさんはゆっくりと息を吐いた。
「これで、父の願いは守れる」
橘がそっと問う。
「でも、ヒロさん。この先、この土地をどうするつもりなんですか?」
ヒロさんは少し間を置いてから言った。
「ここを“開かれた場所”として再整備したい。集会、学び、語らいの場として、地域に返したいんだ」
***
後日、ヒロさんは地域住民を集めて、小さな報告会を開いた。
「この土地を、父の遺志を継ぐ形で“まちの広場”として整備します。正式な運営はNPO法人に委託し、登記も“地域協同保有”の形に変更予定です」
年配の住民の一人が目を潤ませながら言った。
「康弘さん……喜んでるよ、きっと」
ヒロさんは、微笑みながら小さく頭を下げた。
「皆さんと一緒に、作っていきたいと思っています。ここを“帰れる場所”にしたいんです」
拍手が起こる。
それは静かで、けれど確かな賛同だった。
***
数ヶ月後。
かつて雑草に覆われていた土地には、芝が張られ、小さなステージと木のベンチが置かれていた。
地域の子どもたちが走り回り、若い母親たちがおしゃべりをし、ベンチの上では老人が新聞を読んでいた。
ヒロさんは、入口に掲げられた看板を見つめていた。
【佐野ひろば 〜まちの手でつくる、まちの場所〜】
ふと、肩を並べる橘が言った。
「ヒロさん。これ、もはや地上げじゃないですよね」
「そうかもな。けどな……本当に“上がった”のは、この土地じゃなくて、人の気持ちの方かもしれない」
ヒロさんは、遠くから響く子どもの笑い声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
長い交渉の旅が、ようやく静かに終わろうとしていた。
『地上げ屋ヒロさん』最終話まで、お付き合いいただきありがとうございました。
この物語は、「土地を動かすことは、人の気持ちと向き合うこと」だという思いから始まりました。
制度、契約、登記――それらの向こうにある、“暮らしの記憶”や“心のよりどころ”を丁寧に描きたかったのです。
ヒロさんの仕事は終わりましたが、きっと今日もどこかで、新しい交渉が始まっているはずです。
読んでくださったあなたの中にも、誰かの暮らしや町へのまなざしが、そっと灯ればうれしく思います。
心から、ありがとうございました。