第19話:ヒロさんの土地(中編)
ヒロさんは、その土地に関する資料を丹念に読み込んでいた。
昔の町内会の議事録、寄付記録、そして一枚の写真。
そこには、草原のような空き地にブルーシートを敷いて、子どもたちが輪になって座る姿が写っていた。
「……やっぱり、父は“人の場所”として、この土地を開いていたんだな」
その翌日。
ヒロさんは、地元の古老・前田清志を訪ねた。
かつて父・佐野康弘とともに地域活動をしていた人物だ。
「ヒロか……大きくなったなあ。お前が子どもの頃、康弘さんはよく言ってたよ。『この子にだけは、まっとうな道を歩かせたい』ってな」
「父は、この土地で何をしようとしてたんでしょうか」
「“町のための共有地”だよ。遊び場も、集会所も、炊き出しも。みんなが集まれる場所を作ろうって動いてた。けど、途中で身体を壊して……それっきりだった」
「父の意志を、俺が継いでもいいんでしょうか」
「それができるのは、お前だけやろ」
前田の言葉に、ヒロさんは静かに頭を下げた。
その足で、開発業者の元を訪れた。
「この土地は、入札を白紙に戻していただきたい」
「……今さら何を言うんですか? 法的には、こちらが取得する権利に何の問題もありませんよ」
「確かに。けど、法だけで測れない“まちの約束”がある。俺はその証拠を集めてます」
ヒロさんは、寄付者名簿、寄贈品目録、古い町報のコピーをテーブルに並べた。
「この土地は、形式上は個人名義だが、実態は“地域からの信託財産”に近い。
公共性を重視した再調査を求めます」
開発業者の担当は黙り込み、やがて深く息を吐いた。
「……分かりました。一度、会として再検討します。ただし、正式な行政判断が出るまでは保留扱いにします」
ヒロさんは静かにうなずいた。
橘がぽつりと言った。
「ヒロさん、父親が残した土地を守るって、どういう気持ちですか?」
「誇り半分、責任半分……そして、ちょっとだけ怖いよ」
ヒロさんは空を見上げた。
その空には、父と同じ色が浮かんでいた。
中編では、ヒロさんが父の遺志と真正面から向き合う姿を描きました。
"まちの共有地"という言葉には、制度だけでは測れない重みがあります。
誰かが使い、守ってきた場所には、“形のない記憶”が積もっているのです。
次回はいよいよ最終回。土地の未来、ヒロさんの決断、そしてその先に残るものを、丁寧に描いていきます。