第17話:最後の抵抗運動(後編)
再開発に向けた最終説明会の朝。
会場に入ってきた住民たちの表情は、前回よりもずっと穏やかだった。
ヒロさんはその空気を感じ取りながら、一人ひとりに小さく頭を下げていった。
壇上に立った市の担当者が制度の再説明を行い、住民たちの質問に丁寧に答えていく。
「再建後の団地には、旧住民優先の入居枠が設けられます。また、希望される方には現地に近い仮住まいが手配されます」
ヒロさんが補足する。
「皆さんが“この場所に戻ってこれる”こと。それが今回、最大限努力した部分です。戻る先に“帰る場所がある”と感じられることが、心の支えになるはずです」
宮前がうなずき、立ち上がった。
「わしら、よう考えました。このままこの建物で何か起きたら、あのとき話し合っておけばよかったって、きっと思う。
だから今回は……納得して、次の場所に向かうことにしました」
ざわついていた場内が、静かに拍手に包まれた。
ヒロさんは、静かに拳を握った。
***
数か月後。旧団地はすっかり取り壊され、仮設住宅に移った住民たちはそれぞれの新生活を始めていた。
ヒロさんが訪れたのは、仮住まいの一角。
宮前が、植木鉢に水をやっているところだった。
「ヒロさん。あんたには感謝しとるよ。わしらの“暮らし”を、ちゃんと考えてくれた」
「それが、俺の仕事ですから」
「いや、あんたは“仕事”以上のことをしてくれたよ」
ヒロさんはわずかに微笑んだ。
“土地”という名の記憶装置に宿った人の声を、きちんと引き継いでいくこと。
それが、この仕事の、本当の意味なのかもしれない。
長編『最後の抵抗運動』三部作、ここに完結です。
団地という“集団の暮らし”を描くなかで、ヒロさんが対峙したのはただの反対ではなく、そこに積み重ねられた人生と想いでした。
このエピソードを通じて、「人が住んでいた」ということの重みや、“壊す”ことの責任について、少しでも伝わっていれば幸いです。
次回からはまた、別の土地と人の物語をお届けしていきます。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。