第16話:最後の抵抗運動(中編)
説明会の当日。
集会所には、団地の住民たちが思い思いの表情で集まっていた。
ヒロさんは前に立ち、深く頭を下げた。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。皆さんの声を、行政と再開発事業者に正確に届ける場として、今日は開かせていただきました」
ざわついていた会場が、少しずつ静まり返っていく。
「反対の声があるのは当然です。生活の場を動かすというのは、ただの“引っ越し”ではありません。
ここに暮らす皆さんの歴史と想いを、無視して進めるわけにはいかないと思っています」
住民の中から、一人の女性が手を挙げた。
「言いたいことがあります。うちの夫はこの団地で倒れて、そのまま帰ってこなかった。ここで見送ったことも、ここで暮らし続ける理由の一つなんです」
ヒロさんは静かにうなずきながら、メモを取った。
「思い出のある場所を離れる不安。それを理解せずに、再開発の話だけをするのは誠実ではありません」
別の住民が言った。
「でもこのままだと、建物が崩れるかもしれんのやろ。なら、安全にしてくれるなら、考えてもええ」
会場が一気にざわつく。
ヒロさんは言った。
「可能な限り、“住み続けられる選択肢”を模索しています。仮住まいの支援だけでなく、再建後に優先的に戻ってこれる制度の調整も行政と進めています」
そのとき、自治会長の宮前が立ち上がった。
「わしら、追い出されるのが嫌なんや。ここを“終わり”にされるのが嫌なんや。
でも、形が変わっても“ここに帰ってこれる”なら……わしらも話は聞く」
ヒロさんはゆっくりと頷いた。
「ありがとうございます。必ず、“ここがここであり続ける”よう努力します」
説明会が終わったあと、橘がヒロさんの横に立った。
「……なんか、ヒロさん、今日は交渉ってより教師みたいでしたね」
「場所ってのは、ただの地図の点じゃない。人の心と時間が積み重なったものだ。交渉ってのは、それを一つずつ解きほぐすことなんだよ」
団地の空が、わずかに晴れ間を見せていた。
中編では、再開発に揺れる住民たちの想いが、少しずつ開かれていく様子を描きました。
「壊す」「出ていく」という言葉だけでは測れない、人の生活とその場所の意味。ヒロさんが聞こうとしているのは、そうした“声にならない想い”なのだと思います。
次回はいよいよ、計画の最終調整と、それぞれが選ぶ“新しい暮らし”への決断の場面です。