第14話:空き家のポストに残った手紙
再開発予定地に含まれる長屋の一角。
ヒロさんは、市の担当者から「残置物確認」の依頼を受けて現地を訪れていた。
長屋はすでに取り壊しが決まっており、多くの部屋は空き家。扉には封鎖済の赤いテープが貼られている。
そんな中、一つのポストにだけ、紙の束が挟まっていた。
「……これは?」
手紙だった。風にさらされて黄ばんだ封筒。消えかけたインクにはこう書かれていた。
『お父さんへ また戻ってくると信じてます』
宛名も住所も曖昧だが、差出人は小学生のような筆跡。
「誰かが……ここで待っていたんだな」
ヒロさんは、担当職員とともに過去の入居者記録を調べ始めた。
部屋の名義人は、高山雅人という男性。10年以上前に突然失踪し、現在も行方不明扱い。
「遺留品として処分予定だったそうですが、どうしますか?」
職員の問いに、ヒロさんは少し考えてから答えた。
「市の生活支援課に連絡を取ってみてください。手紙が残っていたということは、家族がいた可能性がある。最後まで勝手に処分しない方がいい」
その晩、ヒロさんはポストの前に立ち、あらためて手紙を読んだ。
『また戻ってくると信じてます』
それは、希望なのか、それとも置き去りにされた者の祈りなのか。
翌週。
市の職員から連絡が入った。
「ヒロさん、あの手紙の件……差出人と思われる女性と連絡が取れました。今は別の市で家庭を持っていて、当時のことを話してくださいました」
「そうか……」
「本人の希望で、手紙はご本人に返送します。ただ、長屋のこと、すごく感謝しておられました。“父は戻らなかったけど、あの場所に手紙を届けた記憶が、今の私を支えてます”と」
ヒロさんは電話を切ると、少し空を見上げた。
「誰かに届くって、やっぱり大事なんだな」
ポストに残された小さな手紙は、土地の記憶となり、また一人の人生をそっと支えていた。
今回の短編は、土地と人を結ぶ“目に見えない記憶”をテーマに描きました。
空き家や再開発に関わるとき、忘れられたように見える場所にも、実は誰かの“想い”が静かに残っていることがあります。
ヒロさんの仕事は、ただ土地を動かすだけでなく、そうした記憶や感情に耳を傾けることでもあるのだと改めて感じます。
次回からは、再開発を巡って揺れる住民たちの想いが交差する長編、『最後の抵抗運動』が始まります。
どうぞお楽しみに。