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第12話:兄と弟の境界線(前編)

「兄貴は勝手に売るつもりかもしれませんが、俺は納得してませんよ」


ヒロさんの目の前で、ひと回り若い男が声を強めた。


今回の案件は、郊外に残された古い農家の土地。再開発の計画地に重なっており、買収交渉が始まっていた。


長男・鷹志は早期に了承。だが、弟・悠真は実家に暮らし続けており、反対の立場を崩さなかった。


「この家、まだ親父の手入れが残ってるんです。畑だって使えるし、そもそも兄貴は30年前に出てったきりじゃないですか」


ヒロさんは、静かにうなずいた。


「悠真さん、相続登記は?」


「母が亡くなったときに兄貴がやりました。一応、兄貴名義にはなってます」


「では、法的には兄の判断が有効ですが、生活実態はこちらにある、と」


「そうです。俺がこの家を守ってきたつもりです」


ヒロさんは、ふと庭の片隅に目をやった。手入れされた家庭菜園と、風に揺れる洗濯物。


「……静かに暮らしてるんですね」


「はい。都会じゃできないことを、ここでやれてます。親父が残してくれたこの家、勝手に手放されたくないんです」


数日後、ヒロさんは鷹志と面談した。


「弟が納得してない件について、どうお考えですか?」


「弟は情に流されやすいんですよ。俺たちもそろそろ金がいる歳でしょ。家を売れば、老後資金にできる。弟もそのうち分かってくれます」


ヒロさんは、その言葉に何か違和感を覚えた。


「相続の時、何か取り決めはありましたか? 口約束でも」


「いや……まあ、“住み続けるなら俺が登記する”みたいな話はしたけど……正式には残してません」


ヒロさんは、再び悠真を訪ねた。


「兄と“住み続けていい”という話をしたことは?」


「はい。母の葬儀のあと、兄貴に言われました。“登記はやっとくから、家はお前に任せる”って。でも、書類とかはないです」


「その会話、覚えてる人はいませんか?」


「……ああ。近所のばあちゃんが台所にいました。聞いてたかもしれない」


ヒロさんは小さくうなずいた。


「なら、一度、その方にも話を聞いてみましょう」


“土地”の争いは、単なる数字の問題ではない。

そこには、時間と、記憶と、約束と――言葉にできない感情が折り重なっている。


ヒロさんは、静かにその“境界線”を見極めようとしていた。



今回の話は、相続登記や生活実態、そして兄弟間の“口約束”といった、現場でしばしば見かけるテーマをもとに構成しました。


登記簿に名前がある人と、実際にその家を守っている人。法律と生活のあいだにある溝は、数字や契約だけでは埋められません。


ヒロさんはその“溝”を、ただの契約者としてではなく、一人の交渉人として埋めようとしています。


次回はこの兄弟の過去と、家にまつわるもうひとつの約束が浮かび上がります。

どうぞ後編もお楽しみにお待ちください。

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