第1話『はじまり』
星歴10017年7月7日午後16時37分、王国城下町・郊外。
王国に行くことのできる森の近くに立っているこの国では珍しい木造建築の家のチャイムを鳴らす音がした。
だが、誰もいないのか長い黒髪の少女は何回も押し、反応を待っていた。
「うーん、留守なのかな…」
だが一切の反応となく少女はその可憐で華奢な顔を傾げる。
「…まぁいいや、この荷物を玄関前に置いておけば」
と呟き背中にからっていた年季の入っているボロボロの黒いリュックから配達の荷物を取り出し玄関の前に置く。
そして少女が終わったーと呟き後ろを振り向くと
「ひぇっ」
後ろにこの家に住んでいるらしき老人が立っていた。
「どうしたんだいそんな顔して」
と言いながら老人らその手に持っていた袋と代金を少女に手渡す。
「ヤムおばちゃんいつからいたの!?」
と少女が驚きながらヤムおばちゃんと呼ばれる老人に聞く。
「あんたが『誰かいませんか〜?』とか言ってチャイムを押しまくってた辺りからだね」
と老人が答えると少女は最初からいたの、と恥ずかしそうにした。
そして少女は気を逸らそうと老人から袋と配達の料金を受け取る。
少女がその袋の中身を確認すると洗われたミニトマトにキュウリ、それと作りかけなのか温かいおにぎりが入っていた。
「ありがとうおばあちゃん!これで1週間は生きていける…!」
と少女は老人に感謝を述べリュックにしまう。
「はぁ…あんたちゃんとご飯食べないとそのうち餓死するよ…?」
老人はそう呆れながら少女に向かって言うが彼女の生活場所がスラム街である以上強くは言えなかった。
「あ、帰るね。ヤムおばちゃん」
と空が暁に染まり始めたの見て少女は慌てながらスラム街へ通じる森の中に入っていった。
⬛︎
星歴10017年7月7日午後17時01分、王国城下町・郊外の森。
「これ大丈夫かな…めちゃくちゃ暗い…」
少女はヤムおばちゃんの家を出発しスラム街にある段ボールでできた家に帰るため、森の道無き道を歩いていた。
この時間は王国の防犯ドローンが飛んでいないため山賊もしくは魔獣が出没することがあり、少女はそのことを危惧して警戒して歩いている。
まだ夕方だから大丈夫、と少女が心の中で思っていると後ろから小さいが確かに、木の枝が折れる音がした。
少女がバレない程度に後ろに目をやると三人の柄の悪い服を着た中年程の男性がこちらを見ながら歩いてきていた。
「嘘でしょ…」
少女は山賊とすぐに認識すると全力で走り始める。
それに合わせて山賊も追いかけて来ており少女は必死で逃げ切ろうとしたのだが足元の木の根に足が持ってかれてしまい、転んで倒れてしまった。
「うげぇっ」
と少女は倒れた衝撃で変な声を出す。
そして山賊の方向に顔を向けると山賊がショルダーバッグから縄を取り出していた。
それを見て少女は奴隷にされるのか、と人生を諦めた目をしているとスラム街の方角から何者かが全力疾走してくる音が聞こえその方向を確認するが誰もいなかった。
気のせいか、と少女は死んだ目をするが山賊のいたはずの方向から山賊たちの声らしきものが聞こえ驚いたのかすぐさまに振り向いた。
そこには山賊たちを座布団代わりにそこに座っている、右頭部に角を生やした灰色の髪をした少年がいた。
「大丈夫か?」
と少年が口元に手をやりながら聞いてきたので少女は「はい」と返すと少年はそうか、と微笑みこちらに歩いてくる。
そして少女に手を伸ばしこう名乗る。
「俺はアル。「竜人」のアル・Vバニシュメント・ヘイムだ」
少女はその名に何か懐かしさを感じながらアルの手を取り立ち上がる。
「お前は?」
とアルが聞いてきたので名乗るのが礼儀だよね、と少女は思い名乗り返す。
「私はルナ。えっと苗字…、はわかんないや」
「そうか」
アルはルナにそう言い、二人は王国へと戻って行った。
⬛︎
星歴10017年7月8日午前7時09分、王国城下町・スラム街。
あの後、アルとルナはスラム街に戻り少女がアルに帰らないの?、と聞くと宿の場所を忘れたと言うので段ボールで作った狭い部屋に二人で寝ることにした。
特に何もなかったようだがアルはどこか寂しそうで、悲しそうな顔をしていたのが気になったのかルナはアルの背中に抱きついて寝ていた。
その翌日である現在、ルナは段ボール部屋の近くにある路地裏の水道の蛇口で顔を洗っていた。
「ふふーんふふふーふーん」
とルナが呑気に鼻歌を歌いながらボロボロのタオルで顔を拭いていると近くからなにやら騒がしい声が聞こえ、それが気になったのか壁に隠れながらその方向を見る。
そこには昨日の山賊を引き連れた巨漢がスラム街の住民に何かの紙を見せながら聞き回っていた。
まさか、と思いながらその会話に耳を立てると
「お前、この黒い髪の女と角を生やした灰色の髪をした男を知らねぇか?」
と二枚の紙を道端で酒を飲み酔っていた男性に聞いている。
「うーん、男の方は知らねぇが…この嬢ちゃんはルナだな。このスラム街にいる女はあいつだけだぁ」
と男性は酒の影響か顔を赤らめながら答える。
「住処は?」
巨漢は男性に尋ねると私の段ボール部屋を指さした。
すると巨漢は腰から手榴弾を取り出し、投げるとまだアルが寝ている段ボール部屋に当たった瞬間に爆発した。
少女はその勢いで路地裏の端に飛ばされる。
「いたた…」
と打撲したのか強く痛む左腕を右手で抑えながら立とうとすると目の前に昨夜の山賊が歩いてきた。
「昨日はよくもやってくれたなぁ…嬢ちゃんよぉ…?」
と腹を出した山賊が縄を少女に打ち付けながら言う。
「ガタンっちょ、そんなにやったら売れなくなる、ぐふふ」
と背の低い山賊が気持ち悪い笑みを浮かべながら腹を出した山賊、ガタンに言う。
「そうだぞガタン。あとそれ気持ち悪いからな、ゴトン」
と細身の山賊がガタンと背の低い山賊、ゴトンに注意した。
「さーせん、ドカンさん」
と二人は教育係で細身の山賊、ドカンに謝ると彼は分かればいい、と返す。
そしてドカンは打ち付けられて痣だらけになった少女の髪を引っ張りながら
「さて、どのようにいじめようか?」
と痛みで叫ぶ少女の顔を見て吐き気のするような笑みで言う。
「ぁあぁああぁ」
痛い痛い、と少女の訴えは虚しく路地裏に響き渡った。
しばらく経っても誰も来ない、と少女は諦めの表情を浮かべた。
が巨漢がいた方向から、何かの音が聞こえたのに山賊たちが反応し一瞬だけ少女の髪を持った手が緩む。
それに少女が気づき勢いで手を振りほどき痣だらけのボロボロの身体で路地裏から出ようとするが山賊もすぐに追ってくる。
今度こそダメだ、と少女の体力がなくなったのか倒れ山賊が覆いかぶさろうとした時、その山賊三人全員を一人の少年が青く燃え上がる拳一発で吹っ飛ばした。
「大丈夫か!ルナ!」
アルが翼を生やしたその姿で少女の方向を向き問いかける。
「うん…、大丈夫」
少女はその痣だらけの身体を自分の両腕で隠しながら答える。
「じゃあ、行くか」
少年はそんな少女を見てニヤリ、と笑いながらそう言った。
「え?どこに…」
と少女の質問に少年は即答する。
「旅にだよ!」
旅…その単語に少女が何か懐かしさを感じていると吹っ飛ばされた山賊が立ち上がる。
「俺らの頭領ドンは!?」
ドカンが少しビビりながらアルに向かって叫ぶ。
アルはその問いかけに対してニヤリ、とギザギザした歯の生えた口で
「お前らの頭領ドンは俺が倒した」
と答えると山賊たちは怒りのあまり少年にタックルをかまそうとする。
「第一下級炎魔術『火球弾フレア・バレッツ』」
少年がそう唱えると彼の後ろに無数の火球が広がり、山賊の方へと銃弾の様に飛んでいく。
山賊はその火球の弾を避けれずに当たり、その場で倒れた。
「ふぅ…」
と両手を払うようにパンッと鳴らしたあと、少女に
「今すぐここを出よう」
と回復魔法をかけ、言う。
これ以上はここにいたら危ない。
少女は怪我が治った後にアルが言ったその一言に込めたその意味を理解できたのかコクリ、と頷き段ボール部屋に戻る。
アルが無傷だったように段ボール部屋も無傷の状態で立っており中身も無事だったのですぐにリュックと少しの着替え、少量の食糧を持ち、スラム街から街に出ることのできる方向へとアルと少女の二人は向かい始めた。




