第1章1話「夢のような現実」
「ふぁぁぁ」
そう声を出して体を起こした。
大島 流河はこれといった特徴はない。そう自覚している。
17歳。
黒髪の短髪で顔も普通。身長も普通。運動も勉学も普通。
家事が特別できるわけでも特技も何もない。
彼女も出来たことも無い。どこまで頑張っても、友達止まりで終わってしまう。
そんなどこにでもいるただの高校生、一般人だ。これで自分の人物像は事足りる。
普通じゃない所といえば隣で寝ている彼の兄である所と言うところか。
「おはよう、大翔」
そう言って、隣のソファーにいる弟に向かって小さく声をかけた。
大翔は本当に同じお腹から生まれてきたのかと思うほど顔が良く、また頭もよく運動神経もいい。
才徳兼備。十全十美。温厚篤実。完璧超人。超財金持。
ほめるところを上げればきりがない。
「本当、寝顔まで完璧だな」
そんな大翔は隣でタオルケットを抱いて寝ている。少しヨダレが垂れているがどう見ても可愛いとそう思われる。イケメンな一面と可愛い一面があるのが大翔の顔だ。
「ねっむ……」
ものすごくねむい。それこそ寝ぼけて自己紹介を頭の中で考えるくらいには。
何も変わらないただの日常だ。なにも起きるわけでもなく、なにかが変わるわけでもない。ただの平凡な一日。
思わずあくびが出た。
口を抑えた左手を使って、立ち上がろうと、ソファーに手を置こうとした。
できなかった。
人だ。柔らかくて暖かい感触が手に走る。まるで人間の肌みたいにすべすべで。いや脂肪のように柔らかくて。
「え?」
とても暖かい。そしてこの肉感。おそらく今まで振れたことがないであろうこの柔らかい感触。もしかして………
恐る恐る左手を見る。
美少女がいた。美少女がいる。美少女が存在している。
なぜか分からないが寝ているソファーに美少女がいるのだ。
「女の、子?」
手は胸の前にある腕を握っていた。一瞬残念な気持ちを抱くが、直ぐにそんな邪念が消えた。
目を何度も閉じて開けても、眉間を押しても頬を叩いても手を噛んでもその子はいた。
体がもぞもぞと動いた。体も温かい。生きている。本物の人間なのだ。
ただ寝顔しか見ていないがよく分からないがもう分かる。それだけは分かった。
「かっっっわ」
それにお髪は白い小麦色のような、あるいは夕焼けのような金髪で肩より下まである。その髪は風に揺らげばとても絵になるだろう。
腕はとてもすべすべしていてとても暖かい。体が勝手に感触を楽しんでいることに驚いた。
思わずつばを飲み込んだ。
そして………視線を一瞬下に下がったのだが、直ぐに上に戻す。でもやっぱりもう一度見てしまう。
その服では隠し切れない大きな膨らみが存在している。大きい。確実にdはある。
何度見ても減ることも消えることもない、確かなものがここにある。
思わず顔をそらす。今直視してしまえば自身の理性が持たない。
身体は密着していて、体内の温度が上がり、体が今から運動するんだろと言わんばかりに覚醒している。
「けど、何でここにいるんだ?」
どうしてここにいるのだろうか。そう考えるため、理性を働かせるとだんだんと不安になってきた。
流河は1度も彼女が出来たことがない。当然大翔もいるはずがない。
もしかして、窃盗なのか。それとも強盗。もし、強盗や殺人が目的ならばどうすればいいのだろうか。 この女の子を動かさず大翔を起こす手段なんてない。
この美少女の足は暖をたるためか、太ももに深く入っているのだから。
声を出すか、物を投げて大翔を起こすか。とにかく大翔を守らなければ。
「ぎゃあああああああ!!!」
その時急にその少女がこちらの腕を力強く掴んだ。その少女の手からは考えられないほどものすごく強かった。
そんな恐ろしい想像をしていた結果あほみたいに大声を出してしまった。
それが原因で
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
その瞬間強い衝撃が体に走る。今まで感じたことのない痛みだ。風が頭や背中から感じた。
「ごぼぉぉぉぉぅぅぅぅ?!?!」
―――あぁ、飛ばされた。
そう知覚した瞬間、頭に大きな衝撃が入り、世界が反転した。
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次に意識が目覚めた時、最初に見えたのは天井だった。
――ここは、どこだ?
そう思ったものも徐々に既視感が感じる、そんな天井だった。でも家の天井ではない。体を上げると、どこかで見たようなリビングだった。
記憶にない景色だ。
夢は自分の記憶を整理するために行う行為と聞くが、こんな家人生で見たことがない。
視線がいつもより低い。テーブルも違うのもあるがどう見ても脚の高さと視線が普段見ている時と合わない。
どうしてだろうと思って下を見ると、流河は電車が描かれたパジャマを来ていた。それに手が小さい。身体も小さい。
「夢なのか?」
周りを見渡す。
横には旅行用のカバンがパンパンの状態であった。旅行にでもいくのだろうか。
なにがあったのだろうか。さっきまでの出来事を思い出そうとする。
確か大翔とソファーで寝落ちして、そして起きたら横に女の子がいてそれから・・・
―――もしかして、死に戻りとか転生……
「ピギァァァァァ!!」
突然、泣き声が聞こえた。
慌てて後ろを見ると赤ちゃんが顔を赤くしてバタバタと腕や足を振って泣いている。
「赤ちゃん?」
また不可解な情報だ。さっきは美少女。今度は赤ちゃん。いったいどうなってしまったのだろうか。何が夢で、何が現実なのか分からない。
でも心が何故か赤ちゃんをあやさなければそう思ってしまった。 現状の整理も放棄してその赤ちゃんの元に行く。
だがたどり着くよりも前に赤ちゃんは何者かに取り上げられた。
「あ〜、よしよし目が覚めちゃったね」
顔を上げると、その赤ちゃんを抱き上げた女性がいた。
髪は、白金で声は透き通るように綺麗だった。
顔がなぜか曇ってよく見えないがとても綺麗なんだろうなと思うくらいの美声だった。
その女性は泣いている赤ちゃんの腰を腕で回して自分の顔に引き寄せ、背中をとんとんと叩いた。
「おはよ~。ママはここにいるよ〜」
そう言って笑いながら、その赤ちゃんの頭に口づけをした。赤ちゃんを揺らしながらあやす姿はまるで母だとそう感じた。
今実際にママだとは言ったが、心がこの白金の髪をした女性は母だとそう感じたのだ。
18歳の男が母性を感じているのは女性的には減点対象になるかもしれないがそれほどに何か神々しいとそう思ってしまった。あやされた赤ちゃんはすぐに泣き止んだ。
「あ、おはよう流河。そのボールをとってくれる?」
その女性の目線の先には音が鳴るボールがあった。なすがままそれを渡すと
「ありがとね~。ねぇ、はるちゃん。お兄ちゃんがボール取ってくれたよ~」
そういうと、そのボールを緩急をつけて色んな音を出す。
赤ちゃんはその音に食いついたのか、そのボールをとろうとした。そして一生懸命身体を動かしている姿を白金の髪をした女性はまた微笑みながら見ていた。
―――誰だ?
この人、どこかで見た気がする。
それにこの声もどこかで聞いた気もする。でもどこでだろうか。
こんな強烈なインパクトのある白金の髪の毛を覚えていないことなどありえるのだろうか。
今自分の事を流河って呼んで、この赤ちゃんのことはるちゃんって………
「流河? 早く服、着替えろよ。公園に父ちゃんと遊びにいけないぞ」
後ろから男の声が聞こえた。その瞬間身体がぞわっとした。その声に身体が一瞬硬直して、そして少しづつ頭を後ろに向けた。
なじみがあって、そして聞きたいと何年も思い続けた声だ。
もう思い出せない声なのに、似た声が聞こえるとつい追い求めてしまう声。
聞いたらすぐに思い出した声。
そこにいたのは、
「父ちゃん?」
「どうした?そんな10年振りに再開したような顔をして?」
父ちゃんが不思議そうな顔でこっちを見ている。
どうして、父ちゃんがそこにいる。父ちゃんは行方不明になったはずだ。流河が4歳の時に失踪した。
だとしたら今過去の夢でも見ているのか。
赤ちゃんの顔を見る。黒い髪に黒い目。イケメンとも可愛いともどちらともとらえられる顔。間違えない。この赤ちゃんは大翔だ。今の大翔の面影がある。
じゃあこの女性は誰なのだろうか。
それにこの部屋。カバンの中にある4歳向けと0歳向けのおもちゃ。生活感もあって、リビングと庭がある。これら全てのことを踏ませると流河達の家、なはずだ。
でもこの家も記憶にはまったくない。なのに父ちゃんを見る限り、何より小さいときの大翔を見てこの光景は鮮明で、どこか懐かしい面影をだんだん感じてくる。
「記憶……なのか?」
漫画でよくある過去の出来事を夢にする手法だ。それが実際今起きている。
でもそうだとしたら、どうして………
「父ちゃんさみしいよ。父ちゃん無視して、大翔の方に行くなんて」
父ちゃんは頭さげて、しょんぼりしている。今すぐ傍に行きたいのに状況の確認に精いっぱいでそれどころではない。
その白金の髪をした女性は苦笑して
「仕方ないわ。大翔は世界一可愛い息子だもの」
「流河だって世界一可愛いぞ」
「流河も世界一愛しい私の息子です。ねぇ、流河」
その白金の髪をした女性は片腕で流河を抱き上げ膝に乗せた。頭を撫でて顔を合わせると笑顔でこちらを見ているだろう。
これは夢なのだろうか、匂いが感じられない。顔も見えない。でも、その温もりは、彼女向けてくれる暖かな視線は
「母さん?」
自然に母さんと呼ばせるなにかがあった。
この白金の髪をした女性からは母だとそう思わせるものがあった。でもどうしてこの女性を覚えてないのだろう。
さっきの女性ではない。
ソファーで一緒に寝ていた女の子は金髪だが、この女性は白金の髪の色だ。
母ちゃんでもない。
母ちゃんは黒髪だった。それに短髪だ。幼少期に亡くなったが記憶の中でも、最後の別れの時も、アルバムの中での写真でも髪を白金にしたことも長髪をしたこともない。
じゃあこの人は誰だというのだ。
流河に母さんと言わせるこの女性の正体は。
大翔はこちらを見るや否や大声でこちらにダイビングしようとしてきた。
その白金の髪をした女性は慌てて大翔をしっかりと抱きかかえるが、なんとかして行こうと大翔は声をあげて女性から逃れようとする。
その時チャイムが鳴った。
「誰だろう、俺がいってくるよ」
父ちゃんがドアの方に向かっていく。
その時なぜか父ちゃんを行かせちゃダメだと思った。しかし、体は動かなかった。ダメだ。行っちゃダメだ。その言葉さえも出なかった。
嫌だ、見たくない。見たくない。見たくない。
その瞬間目の光景が無くなっていく。まるで夢が覚めるように。
光や風の音、爆発する音、金属と金属のぶつかる音が聞こえる。
夢が覚める気がする。
だんだん視界に何も映らず白くなっていく。もうこの夢は思い出すことが出来ないと何故か分かった。
でも後悔だけを引きずるだろうと、何故かそれも分かってしまった。
せめて最後に。
最後に何か一つだけ覚えろと、そう思って夢から覚めないようにする。
「久しぶりだな、私を殺した英雄」